不死薬品

盛田雄介

不死薬品

全国で視聴率が一番高いと言われている報道番組「みんなのニュース」の収録が始まっている。


朝五時からの撮影にも関わらず、眠い顔も見せず、アナウンサー歴十五年の田中アナは淡々と報道を続ける。

「では、本日はあるゲストをお呼びしています。先月、発表された若返りの薬、通称『不死薬品』。この薬を飲めば、身体は若返り、元気を取り戻すとのこと。人類の夢である若返りを実現させた今注目の日本人、斎藤博士です。どうぞ」


テレビ画面には一人の男が映って来た。男は黒光りする高級スーツに身を包み、身なりを整えているが、前に突き出たお腹と猫背のせいかみすぼらしく見える。

また、目の下の隅と顔中に出来たニキビの跡、ゴムで束ねられた伸びきった髪の毛からは、清潔感を一切感じられない。

そんな斎藤博士の姿を見ても田中アナは、顔色一つ変えずに、早速質問を始めた。

「今日は、よろしくお願いします。では、最初の質問に移らせて頂きますね。斎藤博士はなぜ、若返り薬の『不死薬品』を開発しようと思ったのですか」


「これは、両親の為に造ったんです」

「なぜ、ご両親のために造ろうと思われたのですか」

「私は、対人関係を築くことが苦手で、家に籠ってました。ずっと自分の部屋に閉じこもり、親の脛をかじり続けていました」博士はグッと握りこぶしを作り、話を続ける。

「ある日、トイレに行こうと部屋を出た時にリビングで疲れ切った親父とお袋の瘦せこけた姿を見て、どうにかしないといけないと思ったのがきっかけです」


「なるほど、ご両親の身体を思ってのことだったのですね」

「二人が生きている間に造らないといけない。そう思い、それからは必死になって研究しました。そして、三年の年月をかけてようやく完成しました」

「なんとも、感動的なお話ですね。それでは、ここで斎藤栄一博士のご両親の斎藤宏さんと和江さんのお二人に登場して頂きます。どうぞ」


田中アナの紹介により舞台袖から若い二十代の男女二人が現れ、二人は斎藤博士の横座った。

「失礼ですが、本当に八十歳代のご夫婦ですか。私には若い大学生のカップルにしか見えません」

「はい。これがDNA検査の結果が書いてある証明書です」斎藤博士は用意していた証明書を出して、田中アナに見せた。


「確かに、本物ですね。では、宏さんと和江さんのお二人にお聞きします。お二人にとっての息子さんは、どのような存在ですか」

「息子は、私たちの誇りです。いつかは、何かを成し遂げると子だと信じてきました」

「私もこの子の事を信じてきて良かったですわ。この私を見てください。とても八十歳には見えないでしょ。力も沸いていきます」


元気よく語る和江の姿はやはり、八十歳には見えず、どう見ても二十代の男女である。

「説明を受けても、お二人の姿を見てとても八十歳には見えませんね。本当に信じられません。ところで若返った今、何をしたいですか」

「一番は、旅行ですね。そして、前みたいに忙しい毎日に追われる日々を取り戻したいと考えています」宏はYシャツの袖をまくり、力こぶを見せ、笑った。


「私はパソコンを覚えて世の中に出て行きたいです」

「素敵なご予定ですね。では、最後に斎藤博士より一言、よろしくお願いします」


「二人がまた生きる活力を見出してくれて僕も一安心です。今後は、この『不死薬品』を必要としている人達にも行き渡ればいいなと思います。今日はありがとうございしました」博士が一礼し、三人は手を取り合って舞台袖に姿を消して行った。



その後、斎藤博士の言葉通りに「不死薬品」は大量に生産され、世界に出回った。

薬に対し、批判も多くあったが、博士は気にしないでいた。

博士は自分と同じ考えの人間達が幸せになれば良い、批判する人間は別に使わなくても良いと考えていたからだ。


斎藤博士は今日もパソコンを睨んでいた。

「栄一。ごはんが出来たよ」ドアの向こうからは、母親の黄色い声が聞こえる。

「今、良い所やけ、ご飯はドアの前に置いといてよ」

「わかったわ」和江は鍵のかかったドアの前にオムライスを乗せたお盆を置いた。

「それと、今月のお小遣いは、まだなの?」

「そうだったわね。今月のお小遣いは、一階のテーブルに置いとくから。それじゃあ、仕事に行ってきます」


「はーい」斎藤博士は、母親が玄関から出る音を確認すると、ドアを開けて手紙付きのオムライスを手に取った。斎藤博士は手紙には目もくれず、オムライスを散らかった机の上に置いてキーボードを打ち始めた。


「いやぁ、二人が老け込んだ時は、本当に焦ったよ。俺の楽園が崩れるかと思ったぜ」斎藤博士は、画面上に映し出されたチャット内でハンドルネームの何者か達と会話をしていた。

「これも博士のおかげだよ。本当に感謝しています」

「うちの両親も稼ぐには歳を取りすぎていたから助かりました」

「皆が喜んでくれて良かったぜ。人間、本当に危機を感じると底力を出せるもんだな。二人がまた、働けるようになったから、俺も安泰だぜ。それじゃ、みんな、いつも掛け声で行くよ」

博士はイヤホン付きマイクを耳に着けてゲームのコントローラを握った。

「いつまでもあるぜ。親と金」

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不死薬品 盛田雄介 @moritayu

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