最終話

 黒い女神様は白い女神様が、幸せの宝玉を探すのは罰だと言った。

 そして黒い女神さまと、白い女神様が会えないのも罰だと言った。

 でも、そんなの悲しすぎる。

 皆を幸せにしたかった白い女神様も、皆を不幸にしたくなかった黒い女神様も、幸せになれないなんて悲しすぎる。


「黒い女神様、白い女神様と仲直りしましょう!」


 私は涙を流す黒い女神様にそう言った。

 でも、黒い女神様は首を横に振って呟く。


「私達が向き合えることはもう無いのです。白い女神もきっと私の行いを知ると怒ってしまうでしょう」

「そうかもしれません、ですがこのままじゃ何も変わらないです!」


 気付けば私は、黒い女神様を叱るようにそう言っていた。

 黒い女神様は何も言わずに俯いたままだ。

 きっと二人の女神様はずっと独りぼっちだったに違いない。

 私は黒い女神様の手を握ってもう一度言った。


「白い女神様も話せばきっとわかってくれます」

「本当にそうかしら」


 黒い女神様が躊躇う理由は、白い女神様に嫌われたくないから。

 白い女神様が、一人で幸せの宝玉を探しているのは、黒い女神様に嫌われたくないから。


 二人の女神様は本当は仲良くしたいはず!


 私はじっと黒い女神様の黒い瞳を見つめた。

 初めは目を逸らしていた黒い女神様は、少しずつ私の目を見てくれるようになった。

 そして静かに目を閉じて頷いてくれた。


「そうね、私は彼女に謝らなくてはいけない。わかりました、それでは貴女を私達の住む場所へ案内します」


 次の瞬間、体がふわっと浮いた気がした。

 瞼は重くなり私はゆっくりと目を閉じる。

 ぎゅっと黒い女神様の手を握った。

 黒い女神様は同じように私の手を握ってくれた。


「さぁ、着きましたよ」


 目を開けるとそこは虹色の世界だった。

 地面は雲のようにふかふかしていて、虹の橋が架かっている。


「ここに戻ってきたのは何百年ぶりかしら」


 黒い女神様はそう言った。

 何百年、何百年という長い時間、白い女神様は落とした幸せの宝玉を探し続けているんだ。

 早く白い女神様に会いに行かなくちゃ!


 私は黒い女神様の手を引いて、虹色の雲の上を歩いていく。

 虹の橋を渡り次の雲へ。

 目指すは空に浮かぶ一枚のドア。

 きっとあそこに白い女神様がいるんだ。


 いくつめかの雲に降り立ち、ドアの正面に立つ。

 黒い女神様は俯いたまま動こうとはしなかった。

 だから私は、思い切ってドアをノックした。


「……誰?」


 中から鈴の音のような声が聞こえてくる。

 いきなりドアを開けるのは失礼だから、私は自己紹介をした。


「私の名前はアリスティアと言います」

「アリスティア? どうして人間がこの世界に」


 ドアの向こうから聞こえる声は、私がここにいる事を不思議がった。

 どうやら声だけで私が人間だとわかるみたい。

 白い女神様はすごいと感心した。


「白い女神様に会ってほしい人がいるので、連れて来てもらいました」


 ドアの向こうで白い女神様は黙り込む。

 きっと誰が一緒なのかわかっているんだ。


「どうか、ドアを開けてくれませんか?」

「そこにいるのは、彼女ね?」


 彼女というのは黒い女神様の事だとすぐにわかった。

 黒い女神様を見ると、俯いて一歩引いている。

 私は正直に白い女神様に行った。


「はい、一緒にいるのは黒い女神様です」


 また白い女神様は黙ってしまった。

 黒い女神様も黙ったままだ。


「今日は女神様達に仲直りをしてもらう為に来ました!」


 だから、私は二人の心に響くように大きな声で言った。


「私は、黒い女神のいう事を聞かずに、自分勝手な事をしました。だからその罪を償うまでは、ここから出るつもりはありません」


 白い女神様は悲しそうな声で私達に言う。

 でも、もうそれは過ぎた事。

 二人の女神様にはその先を見つめて欲しい。


「白い女神様、貴女が探している幸せの宝玉はもう不思議の国にはないのです」

「え?」

「幸せの宝玉は、黒い女神様が壊したのです」

「どういうこと……?」


 白い女神様の声が少し震えているように感じた。

 黒い女神様はその声にまた一歩下がった。


「黒い女神様は不幸になる不思議の国を救う為に、幸せの宝玉を壊したのです」

「じゃあ私はずっと、見つからない探し物をしていたというの」


 悲しそうな声がドアの向こうから聞こえる。

 黒い女神様は涙を流し始めていた。

 私は黒い女神様の手をきゅっと握る。

 

「黒い女神様、勇気を出してください」

「……ごめんなさい、私のせいで貴女にずっと辛い思いをさせてしまって」

「白い女神様、貴女はもう探さなくても良いんです」


 きぃっと音を立ててドアが開いた。

 そこには真っ白な翼の綺麗な女神様の姿があった。


「私の罪は許されたというの……?」


 白い女神様も涙を流していた。

 私は白い女神様に向かって頷いた。


「白い女神様は今までずっと頑張ってきました。黒い女神様も一緒にいたかった白い女神様に、会えなかったのをずっと我慢してきました」


 私は二人の女神様の手を取って、その手を繋げた。


「だから、二人共笑顔で仲直りしてください」


 二人の女神様はぽろぽろと涙を零して泣き崩れた。

 お互いに何度も何度も謝りながら。


 白い女神様の罪は許されて、黒い女神様の戒めも許された。

 私は二人の女神様が抱き合って泣く姿を、ただじっと見つめた。


 幸せの宝玉が見つからないとわかったけれど、きっとこれで良いんだ!


「心優しい少女アリスティア」

「貴女のおかげで私達は再び一緒になれました」


 二人の女神様は手を繋いで私に話しかける。

 その声はどこまでも優しい声だった。


「そして私達に気付かせてくれました、幸せの宝玉が無くても人は人を幸せにすることができると」


 黒い女神様と白い女神様は、そう言うとお互いに向き合い、祈るような仕草をした。

 すると、女神様の間にぴかぴかと光る玉が現れた。


「これが、貴女の探し求めていた幸せの宝玉です」


 黒い女神様が私の手の上に、幸せの宝玉を乗せる。

 私はそのきれいな玉を見つめた。


「さぁ、それを持ってお帰りなさい」


 女神様達はそう言ってくれたけど、私はぴかぴか光るその玉を、二人の女神様の手の上に乗せて首を横に振った。


「確かに私は、幸せの宝玉を求めてこの国にやってきました。ですが、受け取れません、幸せの宝玉は女神様達の幸せの為に使ってください」


 私がはっきりそう言うと、二人の女神様は優しく笑った。

 そしてお互いの顔を見て頷き、ぴかぴか光る幸せの宝玉を割った。


「私達はもう幸せの宝玉に頼らなくても大丈夫です」

「そしてこの国の人々にも、いらないものでしょう」


 二人の女神様の決断に私は力強く頷いた。

 そう、この世界を幸せで満たすのに、幸せの宝玉なんていらないんだ。


「貴女がいつも幸せでありますように」

「ありがとう、アリスティア」


 また瞼が重くなり目を閉じる。

 体がふわっと軽くなり、気付くと周りには人々の声が聞こえていた。


 目の前には二人の女神様の石像。

 でもその手には幸せの宝玉は無かった。

 プレートを見てみる。


 そこには「幸せを司る二人の女神」と書かれていた。




 私は今、不思議の国の牧場でお手伝いをしている。

 にわとりの卵を集めるお手伝いだ。

 こんな事で誰かが幸せになるのかと思うかもしれない。

 でも、牧場主さんは笑顔で喜んでくれている。


 幸せは、すぐ近くにある。

 幸せは、誰にだってすぐ手に入る。

 幸せは、誰にだって与えられる。


 私はこの国に来て本当に良かったと思った。

 故郷に帰ったら、パパやママ、それに友達皆を幸せにしようと改めて子事に誓う。


 女神様達は今も不思議の国を見守ってくれているだろう。

 だから、この国の人達は皆幸せでいられるはずだ。


 空はどこまでも青く、白い雲がぷかぷかと浮かんでいた。

 私はただそれだけのことで、幸せを感じる事が出来た。

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不思議の国のアリスティア つづく。 @tuduku

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