第39話 最終話はダイエットの回

 一週間後。


 星降る館の会議室にフェリックス、ソフィア、クリスティナ、クリストフが集まった。

 会議室の扉がノックされる。フェリックス達の視線が扉に集中する。扉をあけて、一週間前と変わらない体型のエファが入ってきた。


「冗談は程々にしておけ」

 フェリックスが怖い形相でエファに化けたチョーさんを睨みつける。

「おっと、早くもばれちまったか。幽霊界の変装王と言われた俺っちも形無しだぜ」

 チョーさんがエファの姿から元の姿に戻る。不定形のチョーさんは体の形を自在に変化できる。カラーリングも完璧なので上半身だけならエファそのものだった。だが、下半身はソフトクリームを逆にした形のままなので一瞬で見破られてしまった。


「では真打の登場でござるよ」

 会議室に入ってきたコリュウとユーディットが扉の左右に立ち、幕を持ち上げて扉を隠す。

「エファ様のおな~り~」

 チョーさんが空中を飛びまわりラッパを鳴らす。

「普通に登場できないのか」

 この騒ぎに苛ついてきたのかフェリックスが不満顔で呟く。


 コリュウとユーディットがしゃがみ、幕を下ろす。幕の裏にいたエファが姿を現す。

 フェリックス、ソフィア、クリスティナ、クリストフが言葉を失う。

 ダイエット効果でスラリと痩せたエファは、フェリックスが持っていた写真に写っていた女の子そっくりだった。

 エファは新調のメイド服を着ていた。昔の仮想パーティで着ていた、あのメイド服だ。

 エファは微笑を浮かべ、フェリックスに近づき、手を取って椅子から立たせる。

「どうですか、フェリックス様。私は、あなたの記憶の女の子に少しは近づけましたか」

「近づくどころか…… そのものだ。いや、幼少のころより、美しくなられた」

 お上手ですこと、とエファは上品に笑う。一週間前に、あーははは、と高笑いしていた人物とは思えない気品あふれる仕草だった。


「長い年月、一途に想い続けてくれたこと、大変嬉しゅうこざいます」

 エファは瞳を少し潤ませ、きらきら輝くようにして、背の高いフェリックスを見つめる。背景が書かれるなら、バラが咲き乱れ光が煌めき、浪漫感溢れるものになっただろう。

「で、では、俺とお付き合いしてくれるか」

 上気した面持ちでフェリックスは長年心に秘めてきた想いを言葉にした。

「私でよければ喜んで……」

 フェリックスの端正な顔が歓喜一色に染まる。エファの平手がフェリックスの頬を盛大に叩いたのはその時だった。バチーン、と、いっそう気持ちいい音が響いた。

「なんて言うわけないでしょ。このエロぼんぼん。誰かあんたなんかと付き合うか。あんたは単に見た目にが気に入った女を探してただけでしょ。人間性も性格も全部無視してさ。そんな奴、百億フローナ積まれようとも、お断りよ」

 痩せた姿以外、声も台詞も、今までのエファに戻っていた。

 フェリックスは叩かれた頬をおさえ、立ち尽くす。初恋の、それも、ずっと想いつづけてきた女性に完全に振られた傷はかなり大きようだ。

「あー すっきりした。みんな帰るわよ」

 エファは満足げに会議室を出て行った。ユーディットも一緒に出て行く。


「なぜ…… 性格と体型が変わってしまったのだ」

 フェリックスはぐったりと椅子に座りこみ、うなだれる。その肩をコリュウが叩く。

「元気出すでござる。おデブもおヤセも人のうち、でござるよ」

「意味わからーん」

 チョーさんがハリセンでコリュウの頭を叩く。


「結局、こうなるのね」

 ソフィアは机に頬杖ついて、呆れる。

「エファさんらしいと言えばらしいですね。一週間前にこの結末は予想すべきでした」

 クリスティナが少しずれた眼鏡を直しながら、冷静に分析する。

「痩せた時の見た目はともかく、あの性格だ。振られて逆によかったんじゃないか」

 クリストフはうなだれるフェリックスを元気づける。


 エファ達はフローナ女子学院に帰ってきた。

「ねえ、エファちゃん。ケーキ食べに行こうよ。昨日からシェフの新作スイーツがでてるんだよ。みんな美味しかったて言ってるんだよ」

「そうね、ここんとこダイエットで甘い物食べてなかったし、今日は三つくらい食べよう」

 凄いことを言いながらエファはユーディットと食堂に向かう。


「エファ殿。ダイエット直後に沢山食べるとリバウンドと言う現象で、より太るでござる」

「別にいいよ。こんなに痩せてたら冬山で遭難したときに真っ先に死んじゃうよ」

 冬山の遭難に備える必要は全くないのだが、エファはとにかくケーキが食べたいらしい。

「それともう一つ」

「なによ、まだあるの」

 食堂に向かっていたエファは面倒くさそうに立ち止る。

「ユーディットととチョーは先に行って、席取ってなさい」

「うん、じゃあ、先に行ってるよ」

 ユーディットとチョーさんが食堂に向かう。


「それで何?」

「先週の星降る館での戦い、エファ殿はどこまで計画していたでござるか」

「どこまでって?」

 エファはわざとらしくとぼける。

「あの戦いで、エファ殿は一億フローナを得たでござる」


 星降る館での戦いの最中、資産没収を使っていた時、エファは強奪したお金の一部で、叔父からの借金を返していた。そのほかにもガゼルト男子学院の学生から借りていたお金も返していた。借金を返した後には、チョーさんに持たせていた多機能携帯魔機スマホに強奪したお金の一部を送り、チョーさんに宝石を買わせていた。


 ユーディットの愛と平和のパストラーレで、エファの持っていたお金は全員に配分された。しかし、唯一あの場でヴァルキリーシステムの支配を受けていなかったチョーさんには愛と平和のパストラーレは作用せず、エファが買わせた宝石は残っていたのだった。つまり、エファはまんまと、一億フローナ相当の宝石を獲得していたのだ。


 終戦後。全員の資産を元に戻すに当たり、ソフィアとフェリックス達の話し合いで、損分はガゼルト男子学院の生徒会が負担することになった。エファがチョーさんに買わせた宝石の分も、不足金としてガゼルト男子学院の生徒会が知らず知らずに負担していた。


「もし、あの戦いでエファ殿が両学院を完全に制覇していたら、その場では一億フローナ以上のお金を手にしたでござろう。しかし、ソフィア殿やフェリックス殿が先生に働きかけ、エファ殿が獲得したお金を没収しようとしたと想像されるでござる。そうなったらエファ殿の取り分は零だったでござろう。あの、夏祭りのカジノの時のように」

「ふーん。それで」

「ユーディット殿に愛と平和のパストラーレを使わせる為、エファ殿はユーディット殿を攻撃しなかった。引き分けになれば、ソフィア殿もフェリックス殿も先生達を頼ることも無く、自分達で処理しようとするでござる。結果として、エファ殿は最も儲けたでござる」

「そこまで私が考えていた、と言いたいわけね。何か証拠でもある」

「エファ殿はユーディット殿のご母堂が愛と平和のパストラーレを使っていたことを知っていたでござる。愛と平和のパストラーレをユーディット殿が引き継いだと予測もできたはずでござる。エファ殿が本当に両学院制覇を目指すならば、真っ先にユーディット殿を攻撃すべきでござった。しかし、エファ殿はしなかった」

「そこまで考えていたなら、私ってすごいじゃない。相手に恨みを抱かせず、しっかり利を得る。完璧な勝利じゃない。夏祭りのカジノのときとは、大違いね」

 エファは肯定とも否定とも取れる曖昧な返事をする。


「実は、拙者が本当に知りたいのはここからでござる。戦いを引き分けに持ち込んだユーディット殿は功労者としてクラスの皆に見直されたでござる。今では誰もユーディット殿をいじめようとはしないでござる。これは、エファ殿が自分の利益の為に働いた結果ついて来た偶然の産物でござろうか。あるいは、ランドグスの件の埋め合わせとして、ユーディット殿がクラスで認められるようにする為に仕組んだエファ殿の策でござろうか」

「さあて、どっちかしらね。真実は神様が知っているんじゃない」

 エファは踵を返して足早に食堂に向かう。その仕草はどこか照れを隠すようであった。

「拙者は、エファ殿がユーディット殿の為にやったと考えているでござるよ」

 その考えが正しいかどうかは分からない。しかし、コリュウは正しいと感じていた。

 先に行っていたユーディット達に追いついたエファを見ながら、コリュウは呟いた。

「拙者はしたたかでおもしろい、良い主人に仕えたでござるよ」


 おしまい

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