第38話 ラスボスは破れ、学院に平和が戻った回

 戦い終結後。午後に予定されていたピクニックは中止となり、学生達は星降る館からフローナ女子学院とガゼルト男子学院に戻った。


 生徒会長と副生徒会長のソフィア、フェリックス、クリスティナ、クリストフと、危険人物のエファは星降る館にもう一泊し、翌日、会議室で終戦処理について話し合った。


 ユーディットの、愛と平和のパストラーレで全員に等配分された資金については元の状態に戻すことになった。フローナとガゼルトの為替の変動等で出た損についてはガゼルト男子学院の生徒会費から補填することになった。


「これで、処理は終わりですね」

 紅茶を一口飲み、ソフィアが小さく吐息を漏らす。

「ご迷惑をかけたこと、重ね重ねお詫びする」 

 騒ぎを起こした中心人物でありながらもフェリックスもクリストフも、自分達の行為が非難を避けられないことだと認識しているのか、終始、謙虚な態度を取っていた。


「やっと終わったの。早く帰ろうよ」

 危険人物として、いわば星降る館に軟禁されているエファは暇を持て余していた。今も、ソフィア達が話し合っている傍らで、ソファで横になり、うたた寝していた。


「一つ教えて欲しいことがあります」

 ティーカップを置き、ソフィアがフェリックスに質問する。

「フローナ女子学院に攻撃をしかけてきた、本当の理由を教えてくださいませんか」

 この問いの答えには興味があったのかエファは寝ていた体を起こす。


「両学院の制覇、この理由に嘘はない……」

 フェリックスは多機能携帯魔機スマホを取り出して画面に一枚の写真を映した。

「これを、見て欲しい」

 写真には六、七歳の男女が並んで写っていた。男の子は豪奢な金髪の持ち主だ。女の子は長い黒髪の持ち主で、人形のように可愛い子だった。 

 男の子は魔法使いの衣装を着ている。女の子は古風なメイド服の衣装を着ている。

「可愛い子ですね」

 写真に写っている女の子を見てソフィアが呟く。

「このメイド服、昨日の戦いで使われたメイド服です」

 クリスティナがそのことに気づいた。


「六歳の時、両親に連れられ参加した仮想パーティで撮った写真だ。写真の男の子は俺だ」

 フェリックスが写真の男の子を指さす。豪奢な金髪と言い、端正な顔立ちと言い、今のフェリックスとよく似ているのでソフィア達は納得する。

「女の子はフローナ女子学院初等部にいるはずだ」

 ややぶっきらぼうにそう言うとフェリックスは黙ってしまった。ソフィア達は、フェリックスが何を言いたかったのか、よく分からず、お互いに顔を見合わせる。


「フェリックスはその女の子に一目惚れしたんだ。しかし、仮想パーティだったが故に、女の子の素性は分からずじまいだった。分かったのは同じ年ということだけだ」

 照れて黙ってしまったフェリックスに変わり、クリストフが説明する。

「フェリックスはあらゆる手を尽くしてその女の子を探したが、子供の行動には限界があった。結局、今日に至るまでフェリックスはその女の子を見つけられなかった」

「無能ねぇ」

 エファが言わなくてもいい感想を述べる。


「フェリックスからこの話を聞いた俺や男子学院の仲間はフェリックスに協力することにした。この仮想パーティは財界の名士だけが集まる、ごく内輪のものだった。その女の子も集まった名士の子女と考えられる。ならば、ほぼ確実にフローナ女子学院に入学している。俺達はフローナ女子学院初等部の学生を調べた。夏祭りでも、一人一人顔を見て回った。しかし、どうしてもその女の子は見つけられなかった」

「顔立ちや雰囲気が変わってしまって、今見ても分からなかったのかもしれませんね」

 ソフィアが妥当な意見を述べる。

「俺達もそう考えた。そこで少しでも当時の面影を見つける為、この写真と同じ状態にしてフェリックスに観察させる、という手を考えた」

「ヴァルキリーシステムで私達を攻撃して戦闘衣を消滅させ、代わりにそのメイド服を着せる。メイド服を着た私達をフェリックスさんが見る。これが本当の目的だったんですね」


 クリスティナの確認に、フェリックスがやや曖昧に頷いた。

「本当の目的、と言われると語弊がある。俺たちの目的はあくまで両学院の制覇だった。この女の子を探すというのは両学院制覇と両立できる第二の目的、ということだ」

「あ、そうか。髪の色が黒じゃない人を三日月の離れに監禁したのね。単純ね」

 得心したエファは胸の前でポンと手を叩いた。

「その女の子の捜索なら、言ってもらえれば協力しましたのに」

 ソフィアが何気なく言った言葉に、フェリックスとクリストフが敏感に反応する。

「そんなこと、恥ずかしくて言えるわけががあるまい。それに探索となれば、どんなに戒厳令を敷いてもどこかで情報は洩れる。俺の恋を、フローナ女子学院中の噂にしたいのか」

「そうだ。ソフィア女史は男の繊細な心が分かっていない。長年想いつづけた女性との再会は二人っきりで、というのが男の浪漫だ。それをぶち壊す気か」

「そ、そいうわけでは……」

「でもさ、ここで白状したってことは、ソフィアに捜索をお願いする気なんでしょ」

 エファがまた、横から口を挟む。


「……そういうことになる。昨日、フローナ女子学院全員のメイド服姿を見ても、その女の子と思われる人物は分からなかった。もう、ソフィア殿に協力を頼むしか道は無い」

「分かりましたわ。その女の子の捜索は私が責任を持って行います。無論、秘密も厳守します。ここにいる、私、クリスティナさん、それと、エファの三人だけの秘密にします」

「別に捜索なんてする必要ないでしょ。まあ、秘密にはしておいた方がいいかもだけどね」

「何を言うのかしら、エファ。私はちゃんとこの女の子を見つけ出します」

「だから、そんな必要ないよ。だって、この写真の子は私だもん」


 会議室が凍りつく。

 ソフィアやフェリックス達四人は写真の女の子とエファを何回も見比べる。その間、沈黙の独り舞台が続いた。


「あのねエファ、今は冗談を言う場ではないわよ」

 最初に沈黙に退場を促したのはソフィアだった。

「そうだ。ふざけて良いことと悪いことがある」

 初恋の相手を穢されたと思ったのか、フェリックスは憤懣やるかたない様子だ。

 写真の女の子のすらりとした体形とエファの小太りの体型が結びつかず、ソフィアもフェリックスも、エファの冗談だと本気で思っていた。

「なによ、私は大真面目に話してるのに、何で冗談で片づけるのよ」

 親切心から告白したのに冗談扱いされエファも腹を立てる。

「冗談でなければ、嫌がらせか」

 エファと写真の女の子がどうしても結びつかないのか、あるいは結び付けたくないのか、フェリックスが激しい口調になる。

「まず、髪の色が違う。それにこの女の子は天使のように清らかな性格の持ち主だった。悪魔の親戚のような貴様とは大違いだ」

「仮想パーティだから髪は染めてただけよ。性格なんていくらでも変わるもんでしょ。小さいころの私は世間知らずお馬鹿だったけど、それから色々学んで知恵を付けたのよ」

「な、ならば、体型はどうだ。この女の子は貴様のようなデブではない」

 勢い余ってフェリックスは言ってはいけないことを口にしてしまった。

「私はデブなんじゃない。ぽっちゃりなんだ!」

 怒り心頭のエファは、平手でフェリックスの頬を、バチーン、と叩く。


「エファ、暴力はやめなさい」

 止めに入るソフィアだが、フェリックスを見る視線は冷たい。

「しかし、デブ、という蔑称の言葉は看過できません。エファに謝ってください」

「す…… すまない。紳士にあるまじき発言だった。この通りだ」

 フェリックスも自分の失言に気づいたのか、エファに頭を下げる。しかし、その程度ではエファの怒りは収まらない。

「もう頭きたわ。一週間待ってなさい。ダイエットして、あんたに目に物見せてやる」

 エファは制服のポケットから多機能携帯魔機スマホを取り出し、一足先にフローナ女子学院に戻っているコリュウに電話を掛ける。

「あ、コリュウ。一週間でダイエットすることにしたから。前に言っていた忍者の秘術を使ったダイエットプログラムを組んでおきなさい」

 そう言うとエファは通話を切る。そして、フェリックスに人差し指を突きつける。

「一週間後もう一度ここに来なさい。その時、目に物をみせてやるんだから」

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