エピローグ
8月18日(日)
「やあ、またせたね」
八月のお盆明け。世間の学生はまだ夏休みを謳歌しているが、俺たち社会人は当然ながら仕事がある。ましてや、刑事なんていう職業では、休みなんていつになるかはわからない。
とは言っても、つい最近の忙しさに比べれば、今の仕事なんてものは楽なもんだ。なにせこの間まで、この町で起こった連続自殺事件の後始末でてんやわんやだったのだ。
連続自殺事件。捜査五課の担当であり、俺はそことのパイプ役をしていた。いうなれば、スパイと言っても過言ではない。警察本部が調査した情報を捜査五課へ渡し、捜査五課はその情報を基に捜査する。この関係を維持するのに、俺みたいな人間が重要になってくる。
事件は、結局ただの自殺事件で決着がついた。斑鳩刑事が自殺する前に、瑠々島という容疑者の存在を報告していたからだ。結局瑠々島は自殺し、事件は終了した。警察は、その後の斑鳩の自殺は事件性のないものとし、斑鳩の死は捜査しなかった。
ふざけるなとは思うが、しかし俺たちにはどうしようもない。あるいは捜査五課の他の面々ならばどうにかできるかもしれないが、しかし捜査五課は調査に乗り出さなかった。
あるいは、すでに犯人を特定しているのかもしれない。捜査五課とはそういう連中だ。なにせ超能力者の集まりで、人智を超えた連中だ。何をしていてもおかしくはない。
そんなわけで、今はそんなに忙しくもなく、そのおかげでこうやって人と待ち合わせもできる。平日の昼間に喫茶店で待ち合わせなど、普段ではなかなか許されない行為だが、しかしそれには理由もしっかりある。
その理由は、待ち合わせをしている相手の方にある。
「いえ、大丈夫です烏丸さん。僕もさっき来ましたんで。こちらこそ、わざわざ来ていただいて申し訳ないです」
「いや、気にしなくていいよ、市民の要望に応えるのが警察だ。それに、サボる口実にもなる」
今俺の目の前にいるのは、先日の連続自殺事件の証言者であり関係者、そして協力者でもあった、賀上涼汰君だ。
学校はまだ始まっていないのか、私服でテーブルに座っている。
…………気丈だな、と思う。あの事件で、彼も心に多大なダメージを負ったはずだ。にも関わらず、表面上は平静であるように見える。最も、内面がどうかというのは、まだわからないが。
「…………どうだい、調子の程は」
「僕は大丈夫ですよ。結構夏バテしやすい体質なんですけど、今年は冷夏ですし、体調はばっちりでした」
「…………そうか。まあ体調のいい事は大事ではある、うん」
俺はコーヒーを頼んでから、改めて賀上君に向き合う。
ウェイトレスが注文を聞き、厨房の方へ戻るのを確認してから、賀上君は用事を切り出した。
「それで烏丸さん、さっそくで悪いんですけど、今日お呼びしたのは理由がありまして…………」
「…………斑鳩の事かい?」
賀上君が俺を呼んだとき、俺には大体どんな用事かは予想がついていた。というより、わざわざ俺に連絡をするんだ、他の用事というのは逆に考え付かない。
「突き放すようで悪いが、俺も斑鳩の死について知っている事はないんだ、警察もそこまで調査はできていなくて…………」
「あ、いえ、その事ではないです。今日来ていただいたのは他の用事でして」
「ほんとかい?」
正直、その言葉は意外だった。斑鳩の事以外では、俺と彼にはこれと言った接点はない。
では一体、彼は何の用事で俺を呼んだんだろう。
「…………君は、気にならないのかい? 斑鳩の死について、犯人を捜しあてたいとは思わないのかい?」
「大丈夫です」
「…………そうか」
なんというか、本当に彼は変わった。俺がこの間あったときは、いたって普通の高校生という感じだったが、今ではもっと強い意思を、彼の眼からは感じる。何かの試練を乗り越えた、男の眼をしていた。
「それで、本題なんですけど。烏丸さんに相談したい事がありまして…………」
「ああ、そうだったね。なんでも言ってみなさい、できるだけの協力はしよう」
「ありがとうございます。それで、相談なんですけど…………」
そして彼の続けた言葉は、俺の想像を超える言葉だった。
「斑鳩さんの所属していた捜査五課を紹介してほしいんです」
「…………捜査五課がどのような場所か、知らない君ではないだろう?」
「ええ、知っています。超能力者による警察の暗部ですよね」
「じゃあなんで…………」
「超能力者なら、問題ないんですよね」
「僕、超能力に目覚めたんですよ」
…………さっきから、彼は僕の想像を超える発言ばかりするな。
「…………ちなみに、どんな超能力なんだい?」
「斑鳩さんと同じ、嘘を見抜く超能力です。まあ僕自身、把握しきれてないんですけどね。なんだか最近頭痛がするなと思ったら、どうやらそれが超能力に目覚めるサインだったみたいで」
確かに、超能力が後天的に目覚める人間は多いと、斑鳩からは聞いた。そして超能力に目覚める人間は、頭痛のような症状がするとも。
そして後天的な超能力は、発現した時の環境にも左右されると聞いた。つまり彼の超能力は、斑鳩の影響という事になる。
勿論、彼が本当に目覚めていればの話だが。
「それを証明する方法があるかい?」
「テストします? 簡単な質問をしてみて、その答えがあっているかを判定しますよ」
「…………いや、それでは証明にはならないよ。コールドリーディングやホットリーディング、何も超能力じゃなくても、当てられる事はできる」
「あれ、そうですか。斑鳩さんはこの方法で証明してたんですけどね…………」
俺は少し考えてから、簡単なテストをすることにした。
「じゃあ賀上君。これからテストをしようか。勿論このテストは、君の超能力を百パーセント証明するものではない。あくまでも俺が、君の超能力を信じるための儀式のようなものだ」
「はぁ…………それで、そのテストというのは」
「何、簡単だよ。これから君には、俺の書いた絵を当ててもらいたいのさ」
「絵?」
「そうだ」
俺は来ているスーツのポケットから手帳を取り出して、紙を破く。手帳に挟まっているペンも取り出して、これで準備は万端だ。
「俺は今から、この紙に絵を描く。特にヒントは出さない。絵かもしれないし、あるいは文字かもしれない。文字の起源も、絵のようなものだしね」
このテストのルールを説明しながら、俺は手元の紙に絵を描く。勿論テーブルに置いて、賀上君から見えてしまうようなミスは犯さない。テーブルと垂直に、手で壁を作るようにして、その手に紙を押し付けて絵を描く。手を下敷きにするので、正直書きにくい事この上ないが、それでも何とか書き上げる。
……………………よし、なんとかかけた。まああまり凝ったものにはしていないしな。
「それで、この紙を俺はポケットに入れる」
俺は、自分で書いた紙を四つ折りにして、ズボンのポケットに入れる。
「あとは君が、俺に質問をしてくれ。俺はいいえとしか言わないから、そこから俺の書いた絵が何なのか当てるんだ」
「…………なるほど、推理しろってことですか」
「いや推理って程の事ではないんだけどね」
それにしても推理とは、まるで斑鳩みたいなことを言うな。
「…………さあ賀上君。なんでも質問をしてくれよ。なんだったら、最初から答えをあててもいいんだぜ」
最も、それは不可能に近いが。
兎に角、賀上君はテストのルールに納得したのか、続々と質問をしてくる。そして俺は、それにただいいえと答え続ける。
「では最初の質問です。それは今あなたの視界に入っているものですか」
「いいえ」
「有機物ですか?」
「いいえ」
「お金で買えるものですか?」
「いいえ」
「それは今、僕の視界に入っているものですか?」
「いいえ」
「なるほど、眼ですか。それも僕の眼だ」
「…………よくわかったじゃないか」
正直、いくら嘘が分かると言っても、これだけの質問では分からないと思うが。
「最初の質問の時、烏丸さんは視界をあまり動かなかったです。なので、結構わかりやすいものなのかなと思いまして。僕の方にあって、有機物なら、僕の体にあるパーツかなと思ったんです」
なるほど、彼は推理したんだ。
ただ俺の答えから真実を探すのではなく、その場の状況や俺の行動という情報から、真実にいち早くたどり着こうとしているのだ。
「お金で買えないのなら、おそらく人体で間違いない。それで僕の視界に入っているかどうかを聞いたんです」
「確かに眼なら、君からは見えないな。でも、その質問は眼かどうかしか判別できないじゃないか。君はその時点で、眼だと思っていたのかい?」
「ええ、まあ。烏丸さんはずっと僕の眼を見てたんで。それにあの体勢じゃあ、複雑なものは書けないですよね? 眼なら、ある程度ぐちゃぐちゃでもわかりやすいですし」
…………本当に、大した推理力だ。彼は本当に、この間よりも成長している。男子三日会わずんば刮目して見よとは言うが、しかしこれほど成長するものだろうか。
あるいはあの日々が、彼にとって余りにも重大で、つらく悲しいあの事件が、彼を無理やりにでも成長させたのかな。
成長ではなく、適応かもしれない。
「…………君の能力はわかったよ。間違いなく本物だと、僕はそう思っているよ」
「じゃあ…………」
「ああ。捜査五課に君の事を紹介しよう。ただし紹介しかできない。そこに入れるかどうかは、君次第だよ。まあさっきまでの推理力を見ると、その心配はないとは思うが」
「本当ですか!」
紹介すると言っただけだが、賀上君は笑顔で喜んだ。その笑顔は、身近な人を亡くした人間の反応とは違うように見えて。
俺は少しだけ、薄気味悪かった。
「じゃあさっそく、取り次いでおくよ。君も署の方に来て、書類の準備をしよう。時間あるかい?」
「はい、大丈夫です」
そして俺は、いつの間にか来ていたコーヒーを、一気に飲み込む。猫舌には大分きつい温度だったが、しかし飲まないのももったいない。俺は我慢して、全部飲み込む。
「しかし、そうか。君が捜査五課に配属になったら、刑事になる訳か。じゃあこれからは、刑事仲間になるのかな」
「いえ、僕は刑事にはなりませんよ」
そして賀上君は、先ほどとは違い軽く微笑んだ。その笑みは、人を軽く馬鹿にするような、世の中に絶望しているような、あるいは自分自身を嫌っているような。一言で表現するならばそう。
斑鳩藍のような笑みだった。
「僕は探偵になります」
PSIchedelicEYE -サイケデリックアイ- 西宮樹 @seikyuuki
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