第41話 朧温泉宿

 庭に骸骨くんがバーベキューセットを運んでくれて、炭へ火を入れてくれている。骸骨くんは朧温泉宿の雑事のほとんどをこなすというスーパー裏方なのだ。

 力持ちだし、二十四時間戦える。朧温泉宿の屋台骨とはまさに骸骨くんたちなんだよな。

 彼らはいつも甲斐甲斐しくカタカタと体を鳴らして動き続けている。それに加え食べ物を口にしないし、一体どんなエネルギーで動いているんだろうなあ。ダンジョンの不思議パワーなのか、それとも空気中から魔力を吸い上げているのか。

 

 そうそう、魔力で思い出したけど地球上にも魔力は存在する。どういうエネルギーの循環をしているとかは分からないけど、俺が持つ魔力を集めるお札は魔力を使ったらすぐに空気中から魔力を集めているからな。

 

 もちろん、骸骨くんだけが動いているわけではないぞ。

 俺はといえば、親父さんから預かった赤牛や巨大鶏なんかの食材を庭に運び込むお手伝いをしている。咲さんやアイも俺と同じように食器やらを運んでくれているんだ。


「ゆうちゃんー、これかなー?」


 ちょうど庭に設置したテーブルへ赤牛の肉を置いた時、浴衣姿のマリーが大きな段ボール箱を手のひらに乗せて歩いて来た。

 箱には俺の字で「花火」とサインペンで大きく書かれていた。そうそう、これだこれ。

 

「ありがとう、マリー。燃えると不味いので少し離れたところに置いておいてくれないか?」

「うんー」

 

 三十分ほどで準備が完了して、親父さんと俺の男連中も女性陣も全て浴衣に着替えも済ませた。残念だけど、骸骨くんたちだけは服が落ちちゃっていつもの標本スタイルになってしまった……。

 親父さんに乾杯の音頭を取ってもらおうとお願いしたら、ぜひ俺にということなのでテーブルを囲んでみんなが座る中、グラスを片手に立ち上がる。

 

「朧温泉宿がここまでこれたのはみんなで頑張ったからだと思う。新しく手伝ってくれているアイもすっかり朧温泉宿になじんでくれたし、これからもみんなで頑張ろう!」


 俺の言葉に全員が両手を叩き、歓迎してくれた。

 俺はゆっくりとみんなの顔を見渡してからグラスを高く掲げる。

 

「じゃあ、乾杯ー!」

「乾杯―」


 俺の声にみんなの声が重なり、コップを掲げて生ビールを少し口につける。あー、うめええ。

 親父さんはウィスキーの水割り、マリーたちはみんなオレンジジュースを手に持っていた。

 

 「んー、オレンジジュースだとお腹が膨れないよー、ゆうちゃんー」


 マリーは頬を膨らませてブーブー行った後、キッチンに戻るとコップに真っ赤な液体を注いで戻ってきた。

 聞きたくないけど……あれはそうだよな。

 

「マリー、それは?」

「これはねー、にわとりさんの血だよー」


 やっぱりか! 「人間の血だよー」じゃなくて良かった……

 

「さ、どんどん焼いていこうじゃないか」


 俺はマリーがコップに口をつけそうなところで目を逸らし、立ち上がる。

 咲さんとユミが焼くのを手伝ってくれて、猫耳少女のクロはその様子をじーっと見つめている。

 

「あ、クロ、生肉の方がよいならそのまま食べても大丈夫だぞ」

「吾輩……猫ではありません故、焼いた方が好みでござる」

「そ、そうか……」


 肉を焼いて食べる文化があるなら、服も着て欲しいよほんと。さっき浴衣を着せるのにどんだけ苦労したかあ。ああああ、思い出すとピンクな妄想が頭をもたげ……い、いかんいかん。

 でも、小麦色の肌に明るい色の浴衣がとてもよく似合っているんだ。頑張った甲斐はあったと思う。

 

「可愛いですと……ゆうちゃん殿が吾輩のことを……ハアハア」


 口に出してないのに何で分かるんだよ。あー、頬を赤らめて妄想モードに入ってしまった。これはしばらくほおっておくしかないな。

 猫耳少女のクロとそんなやり取りをしている間にも肉が焼けてきていい匂いが漂ってくる。

 

 俺は焼けた分を紙の皿に乗せて、テーブルの上に乗せる。その間にも次を焼きながら、焼けた肉をつまむ。

 

「あー、やっぱりおいしいよな。赤牛の肉」

「うん!」


 隣に座っていた咲さんが艶めかしいうなじを見せながら、頷きを返してくれた。

 次に焼けた肉を皿に乗せて、少し離れたところでダンディに腰かける親父さんへ手渡しに行く。

 

「親父さん、食べてますか?」

「おお、勇人くん、私はこれがあれば構わないよ」


 親父さんはウイスキーグラスをクイッと掲げた。うーん、これだけで様になるよなあ。

 耳に刺した競馬用の赤ペンが無ければ……惜しい。

 

 その後、俺がお腹一杯になるまで肉や魚介を食べたころ、マリーが持ってきてくれた花火が大量に入った段ボール箱を開封する。

 

「好きなものをとって楽しんでくれ」


 俺の言葉にマリーが「ほおおい」と答えたかと思うと両手に火花が飛ぶタイプの手持ち花火を持つと、火をつけた。


「あははー、ゆうちゃんー、たーのしー」

「こらああ、走り回るんじゃねえ。当たる当たるって」

 

 危うくやけどしそうになりながらもみんなでやる花火はとても楽しい。

 意外なことにアイもマリーと一緒になってはしゃいでいた。ああいう子供っぽい姿は普段見ないから新鮮で微笑ましいなあ。

 一方、親父さんと骸骨くんは俺たちが花火をする様子を楽しそうに眺めている。ええと、若干一名、ハアハアしたままの猫耳がいるが、それは些細な問題だ。

 

 俺がみんなの様子を眺めていたら、咲さんが手持ち花火を指さして俺に尋ねてくる。

 

「勇人くんはどの花火が好きなの?」

「んー、手持ち花火だとやっぱり『線香花火』だな」

「どれだろう?」

「これこれ」


 俺は線香花火を二本拾い上げると、一本を咲さんに手渡す。咲さんは開いた方の手で俺の手を握ると、線香花火に目をやる。

 

「勇人くん、一緒にやろう?」

「うん、線香花火は少し暗いところの方がいいかな」

「じゃあ、こっちで」


 咲さんは俺の手を引き、数十歩進んだところで足を止める。そこで彼女はしゃがむと、後ろを振り返り俺を見上げてくる。

 神秘的な緑の瞳に少し垂れた目、鼻筋がすっと通った顔は何度見ても慣れないほどやっぱり可愛いんだよなあ。首が取れたり冷たかったりするけど、見た目は誰が見ても可愛い女の子。

 そんなことを考えながら、少しドキッとしながらも隣にしゃがんだ俺は、二本の線香花火に火をつける。

 

 すると、すぐに線香花火からパチパチと小さな火花が出始める。


「綺麗だね。勇人くん」

「うん」


 咲さんはニコリと俺に微笑み、俺と線香花火を交互に見つめている。その仕草と笑顔が可愛くて、俺は思わず彼女に肩を寄せると、彼女は俺の肩に頭を乗せてくる。

 それと同時に彼女の首の動きに合わせてアップにした髪が揺れ、彼女の髪からただよういい香りが俺の鼻孔をくすぐる。

 

「咲さん……」

「勇人くん……」


 俺達はお互いの名前を呼び合うと、自然と見つめ合う。そのまま顔を寄せ……

 しかし、その時後ろからまばゆいばかりの光が差し込んできた。

 

 何事かと思って後ろを振り返ると、マリーが光に包まれているじゃないか。

 

「ゆうちゃんー、全部燃えちゃったー!」


 その様子に俺は笑い声をあげると、咲さんも口に手をあてクスクスと声をあげて笑う。

 いろいろトラブルや怖い事もあったけど、この温泉宿を手伝うことができて本当に良かった。抱きつかれたり、キスされたりとドギマギすることも多いけどこれからも温泉宿を手伝っていこうと思う。

 きっと楽しい毎日がこれからも続いていくはずだ。

 

 俺は咲さんと手を繋いで立ち上がると、マリーの元へと歩いて行く。

 

 おしまい

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格安温泉宿を立て直そうとしたらハーレム状態になったんだけど全員人外なんだ うみ @Umi12345

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