第40話 新戦力
食堂に行ってみると……どこかで見たことのある下着に近い姿をした茶色い髪の若い女の子……一見すると人間に見えるんだけど、紫色の瞳が彼女は人間ではないということを主張している。
あ、あいつはあ。そのまま回れ右をしようとした俺へちょこんと椅子に腰かけていた女の子が立ち上がって、呼び止めてきた。
「勇!」
ほ、ほっといてくれええ。もうアーハーはこりごりなんだよお。
今ここにはクロもいないから、バフもかけてもらえない。といっても咲さんがそばにいるから何とかしてくれると思う。
「さ、咲さん、この娘は……?」
「勇人くん、この子はアイといって私の妹なの」
そういえば、この女の子――アイは最初「姉様」とか言ってたな。
そっかあ、咲さんの妹だったのか。言われてみると、咲さんとアイの顔立ちは似ている気がする。咲さんが少し垂れ目で、アイが釣り目がちだけどそれ以外はそっくりと言ってもいいかもしれないぞ。
魔界でアイに会った時はすぐに襲い掛かられたから彼女の顔をちゃんと見てなかったんだよな。
咲さんに負けず劣らず顔は下手なアイドルより美しい……
なるほど。咲さんの歯切れが悪かったのは、自分の妹だったからなのかあ。まあ、突然アーハーになるような女の子だしな……。
「勇、そんなに見つめられると少し照れるよ」
ポッと頬を赤らめて頬に手をやるアイ。
い、いやそんなつもりじゃあなかったんだけど。
俺はいつアーハーモードになるかビクビクしながらも、口を開く。
「ええと、アイはここで働きたいのかな?」
「うん! 勇と一緒にいたいの」
「それって……」
「だって、あたし、勇の嫁になるって言ったでしょ!」
えええ、いやだああ。待ってくれえ。人生初めて女の子から求愛されたが、よりによってこいつなのかよお。
いや、見た目はもうこれ以上ない。咲さんより少しだけおっぱいが小さいくらいで、彼女と体格もほぼ同じ。顔も抜群だ。
だけどな、人間、見た目だけじゃねえんだ。
ん、横から何やら黒いオーラを感じる。
「勇人くん? どういうことなのかな?」
ギギギっと首を横に向けると、咲さんが胸のあたりで腕を組んでにこやかに俺を見つめているではないか。
笑顔が怖いですう。咲さん。
「いや、咲さん、俺にもどういうことなのかまるで分らないんだ」
「勇、あたしじゃなくてやっぱり姉様がいいの?」
だあああ、ここで会話に割り込んでくるんじゃねえ。全くどいつもこいつもタイミングってのを考えねえから困る。
俺はしどろもどろになりながら、咲さんへアイとのファーストコンタクトの様子を説明すると彼女は「うんうん」と何度も頷いて俺の話を聞いてくれた。
全て話終える頃には、咲さんの雰囲気はいつものおっとりしたものへとなっていたので誤解が解けたようで少し安心する。
「そういうことだったのね、勇人くん。勇人くんの魔法でアイの『誓い』に触れたんだね」
「なんでそうなったのか全く分からないんだけど……」
「魔族の『誓い』だから、勇人くんには関係ないことよ。勇人くんの好きにしたらいいよ!」
そう言われましてもお。
咲さんとアイに両側から潤んだ瞳で見つめられて俺にどうしろって言うんだ。
「ええと、アイはここで働きたいってことでいいのかな?」
「うん!」
「朧温泉宿のお客さんはみんな人間だけど、大丈夫?」
「もちろん。あたしは人間でも魔族でも気にしないよ!」
ふむ。人間が平気で、見た目が人間とそっくりなら問題はない。
あ、でも……。
「咲さん、アイもその……」
俺は咲さんの耳元でアイに聞こえないように尋ねる。
「ううん、アイは妹だけどデュラハンじゃないの」
「じゃ、じゃあ、違うところがポロリするの?」
「ううん、髪の毛と目の色が変わって性格が一変するんだよ」
「そ、それが特性かあ……」
あの二重人格は種族特性だったようだ。
通常モードのアイは話が通じるけど、アーハーモードの時はどうなんだろう?
「アイ、そ、そのだな、ええと金髪になった時って……」
「その時は、勇が戻し、て」
アイは恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして顔を伏せる。
え、何々? そこ、顔を赤らめるところなの?
「勇人くん、感情が相当高まらない限り金髪にはならないのよ」
「そうなんだ。戻す時って?」
「こうするのよ」
咲さんはアイの肩に手を置くと。
――チューしたあ。
ぬああ、美女同士の……ゴクリ。
「んっ、んん。姉様……」
くぐもった声がアイの口から漏れてくるうう。
「さ、咲さん、分かったから、もう見せなくて大丈夫だよ」
俺の言葉へ咲さんはアイから顔を離して……糸引いてますがな。うわあうわあ。
ごちそうさまです。
「勇人くん、どうして手なんて合わせてるの?」
「い、いや、つい」
咲さんの突っ込みに少し冷静になった俺は、さきほどのアイと咲さんのけしからん様子から改めて考える。
ええと、アーハーモードになったとき、俺にチューしろってこと?
「アイ、今みたいに咲さんにしてもらえばいいんじゃない?」
「姉様も素敵だけど、勇にもしてほしいの!」
口元を拭いながらアイが頬を膨らまして抗議してきた。
う、うう。あまりにもストレートな好意表現にこっちが赤面してしまう。
「わ、分かった。咲さんがいないときは俺が」
そんなこんなで、アイに朧温泉宿で働いてもらうことになった。
接客指導は咲さんと俺が三日ほど行ってから、実戦投入することになった。もちろん、しばらくは俺か咲さんの目の届くところで接客してもらう。
◆◆◆
――四週間後
アイが働き始めて四週間がたった。この間にもますます朧温泉宿の予約は増えてきて、彼女がいなければとてもじゃないがお客さんを回しきれなかったと思う。
人外からなのか、アイだからなのかは分からないけど、彼女は一度見ただけで全て完璧に作業をこなしてくれたんだ。だから、当初三日かかるかなと思っていた研修は僅か一日で終わってしまい、すぐに客先に出てもらうことになった。
心配しながらアイの接客を見ていたけど、全く問題なくて三日たつ頃にはもう完全な戦力となっていたほどだ。
ダンジョン産の食材が噂を呼び、いまや激戦区飛騨高山でもトップクラスの温泉宿にまで成長した。
「ありがとうございました! またのご来館お待ちしております」
俺は咲さんと並んで、本日最後のお客さんをお帰しする。
今晩は久しぶりに宿泊客がなく、アイの歓迎会を兼ねた打ち上げパーティーをやろうってことになっていたのだ。
「勇人くん、今晩は何をするの?」
「うん、親父さんに相談して庭でバーベキューをしようかなと。その後は花火でも」
「楽しそう!」
「あ、咲さんたちに浴衣を用意したんだ。よかったら着てくれないかな?」
「嬉しい! ありがとう、勇人くん!」
花火だったら、みんなの浴衣姿を見たいなーと思って、コッソリと買ってきたんだよね。
二部式着物の時にみんなのサイズは分かっていたから、サイズもバッチリだ。アイは咲さんと同じサイズだから、サイズに悩むこともなかった。
「じゃあ、準備をしに一旦部屋に戻ろう」
「うん、マリーにも言っておくね」
「浴衣はロビーの裏にある棚に名前を書いた札を乗せて置いてあるから持って行って」
「はあい」
「クロのは俺の部屋にあるから」
「うん!」
さあて、俺も浴衣に着替えるとしようか。楽しみになってきたぞお。
みんなの浴衣姿はさぞ可愛いことだろうし、ヒャッハー。
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