第39話 アーハー
どうする、避けるだけなら今のところ何とかなっているけど……クロの魔法?の効果が切れたらそこでアウトだ。
「クロ、俺へのバフはどのくらいもつんだ?」
「バフって何です?」
ぬああ。ゲーム用語は分からないのか。さっきパーフェクトリーとか呟いていたから分かると思っていたんだが……
そんなことを言っている間にも次の
紙一重でそれを凌いだ俺は、再びクロへ問いかける。
「クロ、さっきの魔法はあとどれくらいで効果が無くなる?」
「十五分くらいかと」
ううむ。何とかしてアイの気をそらし、エレベーターに逃げ込めばこの場を逃れることができるはずだ。
咲さんたちには悪いけど朧温泉宿まで退避するしかねえな。
さて、どうするか……。
「クロ、咲さんたちの気配はするかな?」
「いえ、まだ戻ってきそうにないです」
「うーん、何とかしてアイをしばらく止められないかなあ」
「良い手がありますぞ!」
「おおおお! まじかあ!」
「こうするのです!」
おおおおい、何するんだあ。このバカ猫ぉお!
俺はクロに腰を掴まれたかと思うと、空中に投げ出される。向かう先は――
――アイの方向だああ。
あまりの突拍子もない俺の動きにアイは一瞬固まってしまう。そのままそこへ飛び込み、くんずほづれつになる俺とアイ。
「あ、ごめん……」
「ちょっとあんた、あたしといいことしようっての?」
「ぬあああ、太ももで顔を挟まないでええ」
「そのまま天国に行かせてあげるわ」
ま、待てえ、閉まる閉まるうう。ふにゅんふにゅんでぷにぷにだあ。
し、幸せ。
はっ! そんな場合じゃねえ。首が締まる前になんとかせねば、何とか……。
こ、これしかねえ。俺は煩悩と戦いながらも、意識を集中させ目に魔力を巡らせる。
行くぜ!
「毟りそして禿げ散らかせ!」
俺の力ある言葉と共に、ビリビリという衣が裂ける音が鳴り響いた!
彼女の黒のブラジャーが真っ二つに裂け、続いてスカートもパンツも裂ける。
が、何故かニーハイソックスだけはそのまま残った。
「な、なんてことを……でも、ニーハイソックスがあれば、あたしはまだ戦える! アーハー」
全く動じてないよお。この人おお。
アイは俺を蹴り飛ばし転がすと、脚を再びあげる。や、やべえ。この距離だとかわせない。
しかし、突如彼女の逆立った髪が元に戻ると、色も元の色に変色する。
そのまま放心したように左右を見渡したアイは、散乱したハイヒールに目をとめ首を振った。
「あ、あたし。また、あれになっていたのね……」
ガクリと頭を垂れる彼女だったが、二―ハイソックス以外は何も着ていないことを忘れてないだろうか。
目のやり場に困るうう。
俺がもう欲望のままにアイをねめつけるような視線で見つめてやろうと思った時、彼女と目が合った。
「え? あなた。私の服を?」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 見てないです、まだ見てませんからあ」
土下座する勢いで俺は頭を下げたのだが、脇腹の辺りにむにゅんと。
むにゅん?
なんとアイが横から俺に抱き着いてきていたのだ!
意味が分からない。何がどうなってる? し、しかしだな……。
「あ、当たってるうう。生、生やでええ、奥さん」
「あなた、名前は?」
混乱して訳の分からないことを叫ぶ俺へアイが問いかけてきた。
「筒木勇人ですが……」
「そう、勇っていうのね。勇! あたし、あんたの嫁になるわ!」
何言ってんだよお。この痴女があああ。
全くついていけねえぞ。裸にむかれて、なんでそうなるんだよ。意味不明すぎて変な笑いが出てきたぞ。
しかし、あまりのことに何も言えない俺をよそに彼女は言葉を続ける。
「マッドソックスは言ったわ。あたしの服を破く者こそ運命の人と」
もうやめてえええ。俺の脳みそのライフはゼロよおお。
どんな精神構造しているんだよ、この人おおお。でもたわわの感触は一級品だ。うむ。一流鑑定士の俺が言うのだから間違いない。
「ゆうちゃん殿は吾輩と!」
いつの間にか背中に抱き着いてきたクロが待ったをかける。
ここで入ってくるんじゃねえ。ますますややこしくなるだろうが!
「とりあえず、落ち着け、落ち着いてくれ!」
俺はアイの肩に手を置き、そっと座らせると彼女へジャージの上着をかけてやる。
すると彼女は俺のジャージへ優しく手をやり、愛おしそうに撫でた。
ここだ、このタイミングしかねえ。
俺は忍び足で彼女から離れると、クロを背中に張り付かせたままエレベーターに乗り込む。
こうして俺は魔界から一歩出たところでトンボ帰りをすることになったのだった。もうやだ、魔界……。
◆◆◆
戻ったらキッチンでパイプ椅子に腰かけて競馬新聞を読んでいた親父さんに挨拶だけして、フラフラしながらもなんとか自室までたどり着く。
咲さんたちを置いてきちゃったけど、あの場はああするしかなかった。放っておくとまたアイが「アーハー」に変わっちゃってヒールが飛んできそうだったから。
「んーむ、入り口からあんなのがいるようじゃあ、従業員計画は困難そうだなあ……」
「そうなのですかあ」
俺は黒猫に戻ったクロを膝の上に乗せ、思案する。
ん、俺は彼女の背中を撫でながらあることに気が付いてしまった。
「クロ、接客してみない?」
「吾輩がですか?」
「尻尾は服の下に隠れるからいいとして……耳はほら、当たり前のようにいけば分からないかも……?」
ピコピコ動く猫耳少女形態のクロの猫耳を想像し、やはり無理だと思いなおす。
だってえ、クロの猫耳って感情に合わせて本当によく動くんだよ。毛を逆立てたりまでするんだから、そんなリアルな猫耳グッズとかありえないよ。
「すまん、クロ、やっぱり君にはマスコットをやってもらいたい」
「そうでござるか」
「あ、でも、制服を一度着てみても……いや、何でもない」
クロが二部式着物を着た姿を想像して、思わず可愛いと思ってしまった。
ダメだ、ダメですぞ。俺。エロ猫へ口に出してそんなことを言ってみろ。どうなるかもう……すぐ分かるだろ。
ぶんぶんと首を振った時、扉を叩く音が響く。
「勇人くん、帰ってきているかな?」
「あ、咲さん、ごめん、先に帰っちゃって」
扉を開けて咲さんが部屋の中に入ってくると、突然感極まったように俺へ抱き着いてきたあ。
密着、密着ぅううう。あああああ。
「無事でよかった。勇人くん!」
「そのままエレベーターの中で待っておけばよかったんだけど、外に出ちゃって……ごめん、咲さん」
「ううん。勇人くんが無事でよかったよお」
「心配させてごめん、咲さん」俺は心の中で再度彼女へ謝罪すると、さらさらの彼女の髪を撫でる。
「勇人くん、一人働きたいって子を連れて来たんだけど……どうかな」
咲さんはそう言うものの、なんだか歯切れが悪い。どうしたんだろう?
あれだけ張り切っていた彼女の表情が優れないとは。少し問題のある人なんだろうか。
「咲さん、あまり気が進まないんだったら、やめておいてもいいんだけど。咲さんたちが気持ちよく働けるのが一番だし」
「ううん、そういうわけじゃないの。食堂で待たせてるから、会ってみてくれないかな?」
「うん」
俺は咲さんへ頷いたものの、彼女の様子を見ながら雇い入れるか決めようと思ったんだ。
咲さんは温泉宿のことを大切に考えていることは、これまでの彼女の行動から俺は十分承知していた。
だから、彼女が苦手な人物であっても、温泉宿のためならと自分の気持ちを押し殺す可能性が高いだろう。それじゃあ、意味がないんだよなあ。
俺は今いる従業員が楽しくやってくれることが、一番だと考えているから。
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