第38話 姉様

――チーンという電子レンジの出来上がりのような音がして百階に到着する。

 さて、どんな世界が待っているのか。ダンジョンは階層ごとにまるで違う景色だから、初めてくる階にはワクワク感があるんだけど……出口にモンスターが待ち構えている場合もあるからなあ。

 行ったことのある階層だったら、牧場なら一人でぶらりと訪れたい場所だった。あののんびりとした牧歌的な空間は癒されるぞ。

 

「ゆうちゃんー、先に見てくるねー」


 マリーがなんちゃって敬礼ポーズをとってから骸骨くんと共にエレベーターの外へと出て行く。

 咲さんも彼女らに続いた。

 

「ん、クロ、待っておけばいいのかな?」

「そうですな。しばし待ちますか」


 俺は肩に乗っているクロと顔を見合わせ、彼女らの帰りを待つことにした。

 外が安全ならいいんだけど……。

 でも、この先は魔界で彼女らの出身地だ。モンスターと違って血みどろの争いになっていることはまずないと思うんだけど。

 

 ん、んん。

 

「ゆうちゃん殿と密室で二人きり……ハアハア」


 待てこいつうう。こんなところで発情モードになるんじゃねえ。

 俺は慌てて黒猫の首根っこを掴んで、正気に戻すよう試みる。

 

「クロ、目を覚ませ。この先は(俺にとって)危険地帯なんだぞ」

「魔族は突然襲い掛かってくるような連中じゃあないです」

「人間でも?」

「問答無用で来ることはないと思うのですが……人間が魔界に来ることなんてめったにないです故……」


 ふう、会話が通じているから大丈夫になったかな。

 しっかし、このままここにいるとまたエロ猫の妄想が始まってしまいそうだ。長くは持たねえぞ、こいつ。

 咲さんたちはまだかなあ。

 

――三十分経過


「はうううう」


 だ、ダメだ。もう無理だ。こいつの妄想を俺にはこれ以上押しとどめることは不可能だああああ。

 危険かもしれないけど、外に出るしかあるまい。

 

「クロ、準備はいいか?」

裸だから問題ないですレディ・パーフェクトリー

「だから、そのネタはやめろって言ってんだうがあああ!」


 危険球を放り込みすぎだよ、このエロ猫……。

 

「じゃあ、外へ出ようか。頼んだぞ、クロ」

「任せてくださいです。吾輩、ゆうちゃん殿をハアハア」


 も、ものすごく不安になってきたが、行くと言った以上行くしかねえ。

 

 エレベーターの「開く」ボタンを押すと、外へ続く扉が開く。

 さあ、外だ!

 

 ◆◆◆

 

 一歩踏み出すと、外は地上と別世界だった。

 空には赤色の月が二つ。荒涼とした岩肌がむき出しになった大地に不気味な炭のような樹木。遠目にカラスのような黒い鳥が空を飛んでいるのが見える。

 魔界ってこんな風景なのかあ。魔界というより、これって地獄じゃねえの? ま、まあいい、咲さんたちの姿は見えないな。どこまで行ったんだろう。

 

「クロ、誰か来る!」


 むむ、あれは若い女の子だな。

 黒いブラジャーの上に直接黒の革のジャケットを羽織り、超ミニの黒の革のスカートに黒のニーハイソックス。

 全身黒色で統一された装いだが、髪の毛は明るい茶色で肩口辺りで切りそろえている。目の色が最も特徴的で、紫色だった。

 彼女は戸惑う俺をよそにズカズカと大股でこちらに歩いてきて、俺を睨む口を開く。

 

「あなた! 姉さまに何をしたの?」


 誰だよ。この人! 姉さまって誰だよおおおお。


「ク、クロ、この人誰?」


 ふと肩に乗ったクロに目をやると、ブルブル震えてるじゃないか。これはあかん相手じゃないのか?

 クロおおお、さっきまでの「はいです!」の勢いはどこにいったんだよ! 人外相手だと俺じゃあ髪の毛ほどの役にも立たんぞ。


「どちら様?」


 俺の問いかけに彼女は怒りを隠そうともせず吐き捨てる。


「あたしはアイ。あなた、姉さまに何したの! ああ、あたしの大事な姉さま!」

「え? 姉さまって誰?」

「咲姉さまに決まってるでしょ! 黒髪の人間の男の子って言ってたからあなたのことに違いないわ!」


 ま、まあ、ここに来る人間と言えば俺くらいだろうから……し、しかし。


「ええええええ! 咲さんの妹さん?」


 俺はあまりの出来事に力一杯叫んでしまう。

 新事実、なんと咲さんの妹登場! 彼女も首が取れちゃうんだろうか?


「ク、クロ。俺は大丈夫なの?」

ガナビーオーケー妹は危険


 猫クロは震えを止めず、ヤバいネタを絞り出すような声で呟いた。無理してしゃべって、ヤバいネタとかこいつ何考えてんだよ!

 こんなネタ振りができるくらいだから、実は余裕あるんじゃねえか? こいつ。


「クロ、どうする? 咲さんはまだ戻ってこないみたいだし」


 俺の言葉にクロは肩から飛び降りて、白い煙を立て始めた。

 少女形態に変化して、魔法を使うのかな? でも、クロ……ちゅーする魔法以外使えるんだっけ……。

 クロと俺だけってところで既に詰んでるんじゃないの?

 

 って、むちゅーってするなああ。こんなところでええ。

 だが、横目にアイの鬼気迫る表情が映る、わなわなと肩まで震わせているじゃあないか。


「あ、あなた……姉様だけでなく、そこのバカ猫とまで……」


 バカ猫! 思わず笑いそうになったが、あいにく口が塞がれているのだ。


「終わったです。ゆうちゃん殿、吾輩たちと同じくらい動けるようになっているはずです!」

「な、なんだとお。今のちゅーって身体能力強化とか何か?」

「そうです!」


 クロはバフ魔法までつかえるのか。こいつは予想外だぜ。人外並みに動けるなら、何とかここを乗り切れそうだぜ。

 喜ぶ俺をよそにアイの雰囲気が一変し、髪の毛の色が茶色から金色へと変色し、髪の毛が逆立つ! こ、これは何だか……ヤバミだぞおお。

 

「覚悟はいいわね!? アーハー」


 うあああ。突然ファンキーで好戦的な感じに変わっちまったああ。

 彼女が脚を振り上げたかと思うと、俺は空気の流れを感じ取った。

 

 流れを避けるように首を右に傾けると、何かが俺の頬に触れるほどのところを突き抜けて行く。

 後ろのエレベーターの扉にぶつかり、カランと甲高い音を立てて何かが落ちた。

 

 それは――


――赤いハイヒールだった。


「あんたやるわね! オーケー。あんたの為に後で泣いてあげるわ! あんたが死んだ後にね!」


 怖えよ! 切れてるよ! 完全にできあがっちゃってるよお。


「クロおおおおお。やばいって。まじヤバいって!」

「大丈夫です。さっきと同じように避けるのです!」


 そ、そうだな。さっきは何が飛んできたかまで確認できなかったけど、動きを感じ取ることはできた。

 やるしかねえ!

 目を見開き集中すると、赤いハイヒールが飛んでくるのが分かる! 俺は右に一歩踏み出し、それを避けることができた。

 しっかし、脚を上げたままで、素足なのにどこから飛んでくるんだよ!


「あたしの脚、味わいなさい!」


 アイが脚を振り下ろすと、凄まじい衝撃波が俺達に飛んでくる。もう無茶苦茶だああああ!

 ここは伏せるしかねえ。

 何とかやり過ごしたかと思うと、またアイの声が聞こえた。


「BINGO!」


 アイの言葉と共にまたしても衝撃波が飛んでくるう。

 俺は伏せたままゴロゴロと転がってそれをやり過ごす。間一髪の連続で頭がどうにかなりそうだあ。

 

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