第37話 人手不足

 あれから三週間ほど過ぎる頃には、取材の効果と疲労回復のお風呂、美容にいい桃の口コミが広がって、週末ともなると予約がいっぱいでお断りをするほどまでに人気が出てきたのだ!

 朧温泉宿は人気温泉宿が立ち並ぶ、ここ飛騨高山においても存在感を示すようになってきた。

 

 朧温泉宿にお客さんをたくさん呼び込むという目的は、一応達成したんじゃないかと思う。でも、俺の力でこうなったというよりは、朧温泉宿が元から持っていたポテンシャルを出すことができたというのが事実に近いだろう。

 しかし、嬉しい悲鳴と共に問題も出てきてしまう。

 

 それは、酷く当たり前のことだった。

 そう、接客する従業員の数が足らないってことなんだよ!

 

 恐ろしいことに、食事については親父さん一人で回りきるし、掃除や雑事に関してはマリーと骸骨くんで全てこなせてしまう。

 しかし、お客さんと接する関係上、どうしても咲さんと俺、それに手が空いた時にマリーの三人だけでは手が足りないのだ。

 

 うーん、どうしたもんかなあ。

 自室で考えていても仕方ないと気持ちを切り替えた俺は、咲さんか親父さんに会おうと思い部屋を出る。

 

 ちょうどロビーに咲さんがいたので、彼女に相談してみることにした。

 

「咲さん、少し相談があるんだけど……」

「なあに? 勇人くん。お客様のことかな?」

「ううん、咲さんもマリーも接客がとても上手になってもう心配することは全くないよ」

「そう! ありがとう勇人くん!」


 咲さんは俺の両手を掴んで、吸い込まれそうな笑顔を見せた。

 あああ、このまま吸い付きてえという衝動に一瞬駆られてしまうが、いかんいかんと首を振る。

 

「さ、咲さん、週末だけでも誰か雇えないかなあと思っているんだよ」

「勇人くんのおかげでお客様がいっぱいになったものね! 確かにお待たせさせてしまうことがあるわよね」

「うん、でも……従業員を雇おうにも……どうしたらいいのか悩んでいるんだ」


 人間の従業員なら週末だけアルバイトなりパートなりで来てもらえる人は、すぐ見つかると思う。

 し、しかし、普通の人間だと朧温泉宿は刺激が強すぎるからなあ……。俺が思いつく限り、叶くんくらいしか対応できそうな人はいない。

 もっとも、叶くんをここに呼ぶことはお断りだああああ! それに、彼はアイドルの仕事があるしね。

 

「どんな人を雇いたいのかな? 勇人くん、可愛い子?」


 咲さんは少しだけ不安そうな顔で俺に訪ねてくる。「可愛い子はもう足りているじゃないか」とかキザなセリフを言えない俺は、普通に彼女へ言葉を返す。

 

「ええと、できれば魔族に何とも思わないような人がいいなあと思ってるんだ」

「私たちのことを考えてくれてるのね! 勇人くん!」

「そうなると、なかなか難しいかなあって」

「じゃあ、勇人くん、魔族を雇ったらどうかな?」


 魔族、魔族かあ……朧温泉宿にいる人外こと魔族以外の人たちって……二人いるけどろくなもんじゃねえ。


「咲さん、誰かいい人を知っているの?」

「えっと、あのおっぱいだけの」

「あれはダメだ! あんなのを雇うくらいなら誰も雇わない方がましだ!」


 ふもふもと鼻歌を歌いながら、バカ面をさらすあのホルスタインの顔が思い浮かび首を振る俺。

 あれに働いてもらうくらいなら、骸骨くんに前へ出てもらった方が遥かによいって。

 骸骨くんがお客さんの前に出ると、とんでもないことになるのは分かった上でだ。それくらい、あのうしはダメだ!

 

「じゃあ、勇人くん、『魔界』へスカウトに行ってみる?」

「『魔界』……またすごいのが出て来たな……」


 咲さんが言うに、「魔界」とは人外こと魔族たちが元々住んでいる場所だそうだ。

 「魔界」はダンジョンの地下百階と繋がっていて、咲さんたちはあのうるさいエレベーターに乗ってここまでやってきたという。

 そんなわけで、朧温泉宿の従業員はみんな「魔界」出身であり、人間界が好きで地上に出てきた人たちになる。トミー元さんも同じような感じで、日本にも俺たち人間が知らないだけで他にも魔族は生息しているらしい。

 ん、でもさ、そうなると……少し疑問が。

 

「咲さん、魔界にはどれくらいの魔族が住んでるの?」

「四千万くらい数がいたと思うわ。土地の広さも……地上で言うところの南北アメリカ大陸くらいの広さはあるわよ」

「そ、それは思った以上の規模だなあ」


 俺の疑問がますます深まる。

 

「咲さん、そんなに魔族がいたら地上にはもっとたくさんの魔族がいてもおかしくないんじゃ?」

「そんなことないわよ。勇人くん、私はどれくらいいるのか分からないけど、日本国内だと百体もいないはずよ」

「それは、思ったより少ないなあ。何か理由があるのかな?」

「ええと、朧温泉宿にあるようなダンジョンは世界にいくつかあるの。でも、地上に出て来られるのは、人間が好きな魔族だけなの」

「なんだかうまくできているんだなあ、ダンジョン」


 なるほど、俺の疑問は解消したけど、待てよ……逆に言えば魔界には人間が好きじゃない魔族がわんさかいるってことじゃないの?

 俺が従業員スカウトに行っても大丈夫かなあ。

 

 眉をしかめる俺へ咲さんが上目遣いで見つめながら、呟く。

 

「勇人くん、大丈夫。私たちってなかなか強いんだから! 勇人くんをちゃんと守るからね!」

「う、うん」


 こ、この流れは今すぐにでも魔界へゴーな雰囲気じゃねえか。

 心の準備がああ。相手は知性の無いリポップするモンスターと違って、人間ではないとはいえ会話も成立する魔族たちだよ。

 そんな人たちと咲さんたちがいくら俺を護るといっても傷つけあって欲しくない。

 

「咲さん、もし何かあっても相手を怪我させないようにってのは欲張りなお願いかな?」

「ううん、勇人くん、優しいんだね!」


 ◆◆◆

 

 マリーやクロたちも誘い、さっそく魔界へスカウトへ向かうことになったので俺は自室に戻り準備に勤しんでいた。

 朧温泉宿やお客さんが来る様子なんかを撮影した写真に、ビデオカメラに収めた動画……あとは壊れるかもしれないけど、いろんな写真を収めたスマートフォンもあれば便利か。

 服装は朧温泉宿の従業員服である作務衣さむえに草履で行きたいんだけど、激しい運動をする可能性があるからジャージにしておくかあ。

 

 よっし、俺の準備はこれで完了だ。

 むむ、黒猫はさっきからずっと座布団の上で丸まったままじゃねえか。

 

「クロ、準備は何もしなくていいの?」

レディ・パーフェクトリー裸だから問題ないでござる

「そのセリフはいろいろやばいからやめろおおお」


 なんちゅう事を言うんだこいつはあ。

 しかし、クロがいつもの様子だから少しだけ落ち着いたことも確かだ。彼女が自然体だから、そんなに危険視する場所でもないんじゃないかなあと思ってしまう。

 

「じゃあ、キッチンへ行くか、クロ」

「はいです!」


 俺はリュックをしょってから、黒猫を抱え上げキッチンへと向かう。

 

 キッチンにつくと、みんな集合していて俺たちは親父さんに挨拶をしてからダンジョンへと降り立った。

 いつものごとく、マリーが巨大鶏やらを仕留めうるさいエレベーターに到着。

 

「ゆうちゃんー、じゃあ、ボタンを押すよー」

「おう!」


 マリーが血の池に浮かんできた百と書かれたボタンを押し込む。

 

 「うおおおおおおお」とエレベーターが叫び始め、百階へと降りて行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る