第36話 天敵
「え、ええとですね、桃を」
「桃ですか、そこにたわわに実った桃があるじゃないですか」
店員さんは咲さんの胸へ目を向ける。い、いや。そうじゃなくううてえ。
「勇人くん、桃はカバンの中だよね?」
店員さんの目線を感じた咲さんが俺の耳元で囁く。
ちなみに、肩に桃がもにゅんと触れて、い、むむ、視線を感じるぞ。
店員さんんんん、そのニヤニヤした顔で見るのをやめてもらえますかああ。
「そ、そうなんです。持ってきた桃を試食していただけないかと」
「えー、私は女の子とそういうことをする趣味はありませんよお。でも、彼女さん……アイドルも真っ青なくらい可愛いですね」
あくまでそっちに持っていこうとする店員さんへ埒が明かないと思った俺は、無言でカバンから包みに入った仙桃を取り出す。
「これなんですよ」
「うーん、甘い香りが漂ってますね。これを試食するんですか?」
「ええ、一口だけでも食べてもらってどんな感じか教えてくれないかなあと」
「なんだか、怪しい感じがするんですけど……ひょっとして私まで毒牙にかけようなんて……」
待て待てええ。キャーとか言いながら両手を頬に当ててイヤンイヤンするんじゃねえ。
他のお客さんが来たら勘違いされるってえ。
「店員さん、勇人くんだとその桃の美白効果が分からないみたいなの。だから、効果を確かめて欲しいって」
見かねた?咲さんが補足してくれると、店員さんの目の色が変わる。
「それならそうと先に言ってくださいよ。勇人さん」
「お、俺の名前をいつの間に……」
「さっき、そこの彼女さんが勇人さんって言ってましたよ」
「そ、そうだった……」
咲さんのおかげで店員さんが仙桃を食べてくれることになってよかったよかった。
一時間後に休憩らしいので、その時に試食すると店員さんが約束してくれる。
せっかくだから、何か買い物していこうと咲さんと店内を見て回ると……彼女は雑誌コーナーで足を止める。
「さ、咲さん、それは……いけない本だ」
「いけない? 本? ダメな本?」
まるで分ってらっしゃらない。どう説明すべきか……こんな時は他の事で誤魔化すのが一番だ。
「さ、咲さん、本を開いてないで食べ物でも見ようよ。最近、レジ前の揚げ物が人気なんだって」
「うん!」
どうにか咲さんの注目をそらした俺は、コロッケとから揚げを一つづつ購入して、コンビニの外で咲さんと半分こして食べてみる。
お、コンビニの揚げ物ってこんなおいしかったのか。外はサクサク、中はジューシーなから揚げ、コロッケはホクホクしているぞ。
ちょうど待ち時間もあるから、みんなの分も買って一旦温泉宿に戻ることにした。
◆◆◆
再びコンビニに戻ると、またしても店内には俺たちと例の店員さんだけ。もう一人店員さんがいるはずなんだけど……休憩中かな?
「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
「勇人さん、あの桃、すごいですよ!」
俺の顔を見るなり、店員さんはレジカウンターから乗り出してくる勢いで喜色をあげる。
「おお、効果がありましたか?」
「あるなんてものじゃないですよ! これほど目に見えた効果がすぐ現れるものなんて他にないですって!」
「おおおお。それは良かった! それなら『売り』になるかなあ」
「勇人さん、これ、どこで採れるんです?」
そう言われても困るよなあ……「朧温泉宿にあるダンジョンです」と言ったとしよう。
ダンジョンの存在が外に漏れることも問題だけど、店員さんがダンジョンについてきて怪我でもしたら大ごとだよ!
あのダンジョンは人間にとっては危険なんて言葉じゃ生ぬるいからな……。
「宿で育ててるの。一本しか木がないから、秘密にしてね」
咲さん、何て気が利いたことを!
いつも天然なのか、そうじゃないのか分からないけど、彼女はぼーっとしていることが多い。
思わぬ咲さんの援護射撃に俺は感動に打ちひしがれる。
「そうだったんですかあ」
「またおすそ分けに来ますよ」
残念といった風な店員さんに俺が言葉を続けると、彼女は「お願いしますね! ちゃんとお金も払いますから!」とすごい勢いで食いついてきた。
なるほど、彼女がここまでになるくらいだ。これは期待できそうだぞ!
「勇人くん、この前買ったような本は買わないの?」
「さ、咲さん、何持ってきてるんですかああ!」
「お買い上げありがとうございます。4280円になります」
か、買うの? 誰が? 俺? やっぱり俺なのおお。
笑顔でいけない本を胸に抱える咲さんに俺は何も言えず、ポケットに入れた財布に手を伸ばす。
ち、ちくしょおおおお。買っても見る隙がないんだよおお。ずーっとお預けなんだぞ。
――その日の晩のことでした。
自室で黒猫と戯れていると扉を叩く音がして誰かと思ったら、咲さんだった!
彼女は裾の短いセーラー服姿で足には黒色の膝上までのソックスを履いている。
「咲さん、どうしたの? その恰好」
パジャマと言うには……違うだろこれ。
「勇人くんが嬉しいか分からないけど、いつも頑張ってる勇人くんにお礼と思って」
「いやいや、俺だってここで働くことができて嬉しいんだ。お互い様だよ」
なんてやり取りをしていると、咲さんは布団の上にペタンと座る。釣られて俺もあぐらをかいて猫を膝の上に乗せた。
何だろうと、咲さんの様子を伺っていると……何といううらやまけしからんことをおおお、するんだああう。
「さ、咲さん、そ、そのもにゅもにゅさせてどうしたの?」
激しく動揺した俺は言葉がちゃんと出てこない。
しかし、咲さんは不思議そうに首を傾けて、その動きを続ける。
「ぬ、ぬあああ。咲さんんん」
「んー、私じゃあ、嬉しくならなかったかな? それともあの本が勇人くんの好みじゃなかった?」
「え、いえ、もう眼福過ぎてなんて言ったらいいのか……い、いやそんなことじゃない! 突然どうしたの? 咲さん!」
もにゅもにゅをお、自分でもにゅんもにゅんしているんだぞ。
これなんてエロゲ? チラッと見ただけで目が釘付けになる俺を見て、彼女はどう思っているんだろうか……。
我ながら分かりやす過ぎて恥ずかしい……。
「むむ。ゆうちゃん殿、げん」
「それは言うんじゃねええ!」
卑猥なことを呟こうとした猫の声をかき消し、ハアハアと息が荒くなる俺。全く、このエロ猫がああ。
「ひょっとしたら、こっちかな。勇人くん」
「だあああ、手が手があああ、桃にいい」
「そのまま、動いていいよ?」
む、無理ですうう。そこにエロ猫があ。もうアップを始めて今にも猫耳少女形態に変化しそうなんです!
彼女が変化したら、一目散に飛び掛かってくることは火を見るよりも明らかだ。
で、でも、少しくらいなら……動いてもいいのかな。
「さ、咲さん、一体どこでこんなことを?」
「お昼にコンビニで見た本だよ、勇人くんが買った中に入ってるよ」
な、なるほど。そういうことか。
「男性向け雑誌」コーナーにあった本で、レジ前に持っていったら俺が購入した。だから、俺がこういうのが好きに違いない。
なるほど、なるほど。って納得するわけねえだろおお。
コンビニはダメだ。鬼門過ぎる。
結局この後、理性が飛ぶ寸前で咲さんにキスをしてもらい、なんとか乗り切ったのだった。
※いよいよ早いところでは明日に書籍版格安温泉宿が発売となります。
表紙からすごくおっぱいな感じになってますー。お暇な方はぜひ一度おっぱいを見てきてくださいな。
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