第35話 狂乱のお風呂(棒)
風呂に入ると、ダンジョンに行った疲れが目に見えて取れていくのがハッキリと分かるほど、効果を実感できた。こいつはすげえぞ。
コップ一杯のヤシ酒を檜風呂に注ぎ込めば、一日の疲れがたちまち抜けていくなんて……まるで回復魔法でも受けたかのようだ。
まさにこれは人間界にはない夢のアイテムと言えるだろう。
「マリー、これが噂になればとんでもない集客効果を生むかもしれ、って大丈夫か!?」
俺がウキウキとマリーにヤシ酒の効果を語ろうとしていたら、マリーの様子がなんだかおかしいことに気が付いた。
彼女の白磁のような顔がほんのりとピンク色に染まって、目がトロンと眠たげになっている。
「んー、大丈夫だよー」
「なんか顔が赤くなっているような気がするんだけど……」
マリーの額に手を当ててみるが……俺の体温とあまり変わらないように思える。
んー、熱は無さそうなんだけど……って待て待て。「俺と同じくらいの体温」だと彼女にしては異常な体温だぞ。
「マリー、君にしては異常な体温になってるみたいだぞ!」
「んー、でもクラクラしたりはしないよー」
「吸血鬼でも風邪を引いたりするのかなあ……」
「でもー、ゆうちゃんの手が気持ちいいーなんだか、体が熱いよー」
「うん、体温が高くなってると思うんだよ。無理しない方がいい」
マリーは立ち上がろうとしたが、よろけてしまい座っている俺へともたれかかる。
おいおい、大丈夫じゃねえよこれ。
「マリー、休んだ方が……だあああ、そのまま抱きついて来るなあ。当たってるううあう」
「ゆうちゃんー、なんだか体がー」
「だから、やす、ぬはあ。すりつけるんじゃねえ!」
「んー、ゆうちゃんにこうするともっと熱くなるのー」
何だかいつもと違うぞ! 密着していたら、興奮して血が吸いたくなってくるのがマリーだ。
しかし……今は俺の首筋に目を向けず頭をちょこんと俺の肩に預けている。
「だああ、上に乗っかるなあ。そ、そこに座ったら駄目だ!」
「ゆうちゃんの上がいいのー」
「だ、だか、座る俺の上に乗るのはだあああ、首筋に舌をおお」
「大丈夫だよー、ちゅーしたくはなってないからー。ちょっと違うのー」
や、やはりおかしい。なんだか、マリーがクロみたいになってるような気がする。
ひょっとしたら、触ると……。
「はうううー、ゆうちゃんー」
「クロかよ!」
つ、つい背中をナデナデしてしまったら、色っぽい声を出すから驚いてしまった。
そして、そんなマリーに少し興奮してきた俺がいる。さすがにマリー相手はダメだろお。事案だぞ事案。俺はまだお縄になりたくねえ。
「ゆうちゃんー、もっと触ってー」
頬を俺の頬にスリスリしてくるマリーの頭を撫でる俺。
ま、マズい。このままでは、マリーにその気があるのか無いのか分からないが、俺の理性がぶっ飛んでしまう。
「こ、これってやっぱり世界樹の酒のせいなのか?」
「さあー、ゆうちゃんー、そんなことよりー」
「フジュンイセイコウユウ、オレマダオソトニイタイ」
天使と悪魔の泥沼の戦争の結果、俺の頭の中はかつてないほど大混乱に陥ってしまい、謎のカタコトが口をついで出た。
ど、どうする、どうなる俺!
その時、都合のいいことに大浴場の扉がガラリと開く。
姿を現したのは、すっぽんぽんの猫耳だった!
これで俺はヤシの酒こと世界樹の酒の人外に及ぼす効果を悟る。
この酒を入れて入浴すると、人間には即効力のある疲労回復効果を及ぼし、人外にはエロい気持ちにさせる媚薬のような効果があるに違いない。
だからさっきからマリーの様子がおかしかったんだ。
「ゆうちゃん殿ぉ、吾輩もお。おおお、マリー殿が!」
「あー、クロー、わたしー、なんだか体が熱いのー、でもいい気持ちなのー」
「ハアハア、マリー殿がすでに……ゆうちゃん殿! 吾輩も交じりたいでござるううう」
うん、やはり思った通りだ。
ここで俺が取る手段は一つ。
「じゃあ、クロ、後はよろしく!」
そう、逃げの一手だろ!
あばよおお。とっつあん! 俺は心の中でそう叫び、一目散に大浴場から出たのだった。
◆◆◆
服を着て脱衣場から出たら、咲さんとエンカウントした。
「あ、勇人くん、もう出ちゃったの?」
「あ、うん」
「勇人くんが効果を試すって言ってたから、一緒に入ろうと思ったんだけどな」
「ごめんね、咲さん」
「ううん、今度一緒に入ろうね、勇人くん」
「あ、う、うん」
咲さんは世界樹の酒の効果を知らなさそうだ。しかし、あれを檜風呂に入れて咲さんと一緒に入ったら……ムフフ、ムッハーな展開になる……。
一瞬、おいし過ぎる展開に顔をにやけさせた俺だったけど、こういうのはダメだ。
薬で気持ちを変えて迫るようなもんだよ。咲さんのように人を疑うことを微塵も考えない子にやっちゃあいけない。
つい彼女の桃に惹かれて邪な考えが浮かんでしまった……反省せねば。
「咲さん、世界樹の酒を入れたお風呂に人外が入ると、あまり良くないみたいだったよ」
「そうなんだあ。勇人くんは平気なの?」
「うん、人間にとっては抜群の疲労回復効果があったから、お客さん用に使うにはとてもいいと思う」
「それだったら良かったね! 勇人くん!」
咲さんはぱああと顔を輝かせて、俺の両手を握りしめた。
「あ、咲さん、明日行きたいところがあるんだけど、一緒に行かない?」
「嬉しい! ありがとう、勇人くん、誘ってくれて」
「そんなにたいしたところでもないんだけど……仙桃の効果を確かめたくてさ」
「親父さんが確か……お肌がとか言ってたわよね? 私はよくわからなかったな」
俺も咲さんにどのような変化があったかなんてまるで分らん! 彼女はプルプルの唇に、スベスベの白磁のようなお肌をしているように見える。
けど、それっていつもそうなんだよな。メイクをしていてもしてなくても変わらない。言葉どおり人並外れた麗しいお肌をしているからなあ。
既に完璧なところへ美肌効果を足しても変わらないってことだと俺は思っている。
咲さんを誘ったのは、先ほどの後ろめたい気持ちからなんだけど……一人であの場所へ行くのはなかなか俺の精神力がキツイので、むしろこっちがありがたいんだよな。
◆◆◆
――翌日
親父さんから仙桃を預かり、とある人に試食のお願いをすべく咲さんと軽トラックへ乗り込む。
運転すること十五分ほどでだだっ広い駐車場が見えてきた。
そうここは……飛騨高山でも一番広い駐車場を持つという噂のコンビニだ。もう分かると思うけど、俺が武装した男と遭遇したコンビニである。
あの時買った4280円さんは、自室の押し入れの中でそっと使われる時を待っているのだ。
軽トラックを駐車場に停めると、コンビニの入り口へ咲さんと手をつないで向かう。
「いらっしゃいませー」
おおお。この前、宿泊しに来てくれた例の店員さんがレジから挨拶をしてくれた。
他に店員さんもお客さんもいないようで、店内には俺たちだけだ。
「こんにちは、少しお願いがありまして」
「はい、何でしょうか? 4280円分、ちゃんと入荷してますよ?」
「……そ、その話はもう……」
やめてえ、俺のライフはもうゼロよおおお。
最初から激しいボディブローを喰らった俺はよろけながらも、本題に入ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます