第34話 蛇肉
おお、マリーすげえな! 俺が一口で完璧に出来上がってしまうような強烈な酒だ。それを蛇の奴は壺一つ丸まる飲み込んだんだから、ただでは済まないと思うぞ。
ワクワクしながら様子を見ていると、蛇の頭の上に移動する骸骨くんの姿を確認した。
ん、骸骨くんがこっちを見て、腕をクロスさせているじゃないか。ええと、ダメだってこと?
俺は了解という意味で親指と人差し指で丸を作ると、骸骨くんは静かに頷きを返した。ここからじゃあ聞こえないけど、たぶんカタカタといういつもの音を鳴らしているんだろう。
え? ちょっと、骸骨くん!
驚く俺をよそに、骸骨くんが拳を振り上げて蛇の頭へ思いっきり打ちつける。
「うおおお! 蛇が落ちてくる!」
骸骨くんの小さな拳は巨大な蛇をノックアウトしたみたいで、巨大な蛇が地面に打ち付けられたのだ!
「酒は要らなかったみたいだな……」
俺が乾いた笑い声をあげると、咲さんが俺の肩を叩く。
「そんなことないわよ。勇人くん。蛇がお酒を呑んだら、動きが止まったもの」
「そ、そうなのか。少しは役に立ってるなら嬉しいよ」
咲さんは俺に気を使ってくれてるんだなあ……その気持ちこそ嬉しいぜ。
「ゆうちゃんー、ただいまー」
マリーが両手をブンブン振りながら地面に着地する。
「マリー、お疲れ様」
「うんー、褒めてー」
マリーが頭を俺に向けて差し出して来た。俺はそんな彼女の頭をナデナデすると、彼女は「えへへー」と嬉しそうな声をあげる。
「骸骨くんもお疲れ様」
続いてやって来た骸骨くんへ声をかけると、彼は肩をすくめてカタカタと体を揺らす。
「蛇もやっつけたし、神酒と仙桃を採って帰ろうか!」
「ほおい」
「あ、勇人くん、蛇はどうするの?」
咲さんの問いかけに俺は完全に動かなくなった巨大蛇に目を向けた。
蛇肉って確か……鶏肉に似ておいしいとか聞いたことがあるな。
「咲さん、試しに持って帰って試食してみたいな」
「うん!」
「全部は無理だろうから一部だけ持ってこれたらいいんだけど」
俺の言葉に反応した骸骨くんが、任せろと言わんばかりに自身の空虚な胸を叩くのだった。
◆◆◆
あの神秘的な泉が全て神酒だったみたいで、巨大な
蛇はエレベーターに入るサイズギリギリだけ切り取ってきたから、もし食事として提供可能なら軽く百人以上に提供できるほどだぞ。
さっそく親父さんが蛇を調理してくれて、俺たちは全員集まって食事タイムとなる。
「ほうほう、勇人君のアイデアで蛇に世界樹の酒を呑ませたのかね!」
親父さんは咲さんから聞いた俺の作戦に上機嫌な様子で神酒を口に含む。
「でも余り必要なかった様子でした。マリーと骸骨くんが大活躍でしたよ!」
俺が口を挟むと、親父さんは首を左右に振って応じた。
「いやいや、その発想が素晴らしいと思うのだよ! サウナや物産展、君のおかげで朧温泉宿は繁盛しているじゃないか!」
「失敗もありましたけど……世界樹の酒? でしたっけ」
あれは危険物に過ぎる! 一口飲めば天国に行くお酒なんて間違って出した日には目も当てられないぞ。
「あれは飲むものじゃないのだよ。勇人君」
「え?」
「世界樹の酒はね、湯船に混ぜて入浴すると疲労回復の効果があるのだよ!」
なんだってえええ! そういうことは先に言ってくれよ!
しかし、左右を見渡すと咲さんもクロも感心したように頷いているではないか。みんな知らなかったんだな……。
「えっと、世界樹の酒は魔族の方が飲む分には大丈夫なんでしょうか?」
「そうだね。私やマリー、咲さんら、ここの従業員は普通の酒を飲むのと変わらないね」
「なるほど……ありがとうございます! さっそく今晩試してみますね」
親父さんに聞いておけばよかった。そうしたらあの惨事は起こらずに済んだのだ……。
「お、勇人君、焼けたようだね」
キッチンから骸骨くんたちが皿に乗った蛇肉を持ってきてくれる。蛇肉はこんがりローストされて湯気を立てていた。
おお、見た目はとてもおいしそうだぞ。
「いただきまーす」
手を合わせ、さっそく一口。
うん! おいしい! 味そのものは鳥のささ身に近くとてもあっさりした味わいだな。
親父さんが大根おろしを持ってきてくれたので、ポン酢と混ぜて蛇肉にかけてみる。
おお、これは絶品だ!
「おいしいです。親父さん」
「そうかね、それは良かった」
むむ。リップを塗らなきゃと思っていた唇が潤ってきてる。これって蛇肉の効果かな?
コラーゲンたっぷりで「お肌に張りと潤いを」という効果があるのかもしれない。これは……男だと分かり辛いなあ。
誰か女性に食べてもらいたいが……当てが一人しか思いつかない。もちろん、叶くんじゃあない!
この後、仙桃も食べてみたけどこちらも蛇肉と似た効果があるような気がする。うーん、やっぱりあの人に頼もうかなあ。
自分から進んで会いたいって人じゃないけど……。
◆◆◆
ヤシ酒こと世界樹の酒をコップ一杯分ほど持った俺は、ハンドタオル一枚を腰に巻いた姿で大浴場への扉を開く。
「おー、ゆうちゃんー、待ってたよー」
「マ、マリー! 見えてる全部見えてるうう。立つなあ」
「えー、体洗ってあげるよー」
「じ、自分で洗うから、薬草風呂にでも入っててくれ!」
「ぶー」
マリーは洗い場から薬草風呂へと向かって行ってくれた。あそこに入っている限りは見えないから……薬草風呂は湯が濁ってるからな。
あ、マリーが出るまで待っておけばよかったぜ。
しかし、今更どうこう言うのもあれだと思って、汗を流した後、檜風呂の前まで歩く。
「ゆうちゃんー、お食事のとき聞いてたんだよー。それで待ってたのー」
「そういうことかあ! 世界樹の酒を入れた風呂をマリーも試したいってこと?」
「んー、ゆうちゃんとー入りたいのー」
「そ、そうか……」
グッとくるセリフをのたまうマリーだけど、彼女はものすごく子供っぽいところがあるから愛とかそんなんじゃなさそうだ。
「よおし、じゃあ、世界樹の酒を投入だあ」
「わーい」
「ちょ、待て、マリー。押すなあ! 全部入っちゃったじゃないか」
「えー、せっかく持って来たんだから使わないとー」
うん、確かに持ってきた入浴剤を少しだけ垂らすとか無いよな。それは十分理解できる。
だがな、世界樹の酒を一口飲んでひどい目にあった俺からしてみると、こいつは効果が出過ぎると思うのだ。
入浴剤として使えばそんなことはないかもしれないけど、慎重に事に当たろうと思っていたのに……
ま、いいか。疲労回復効果だって言ってたし。
考え方を変えよう。じっくり浸かるのではなく、少しだけ風呂に入ってすぐに出ながら様子を確認していこう。これなら大丈夫だろ。
「じゃあ、入るかあ」
「うんー」
マリーが俺の腕に手を回す。あ、当たるってええ。いけないところがああ。
なんて呑気なことを考えていたのはここまでだった……俺はもっと警戒すべきだったのだ……。
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