第33話 混ぜるな危険

 大浴場の改築、食事、そして取材の相乗効果で朧温泉宿は週末になると数組の予約が入るまでになった。

 平日もお客さんが来ない日が二日ほどとようやく温泉宿としての体裁が成り立ってきたのだ。次は朧温泉宿を人気宿にすべくどうすればいいのか考察してみると……俺は二つの手段があるんじゃないかなあと結論を出す。


「ゆうちゃん殿、難しい顔をしてどうしたのです?」


 縁側の椅子で物思いにふけっていたら、黒猫が膝の上に乗っかってきた。

 モフモフするのが大好きな俺は、そのまま黒猫の喉をなでると彼女はゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうに目を細める。

 

「ん、お客さんが来るようになったんだけど、人気温泉宿にまでもっていきたいと思ってね」

「既に人がたくさん訪れておりますぞ!」

「ここまで来たから、週末ともなると予約でいっぱいになるくらいまでいけるよ。きっと!」

「さすがゆうちゃん殿です。飽くなき向上心……素敵です。吾輩、興奮してきたでござるうう」


 相変わらずだな……このエロ猫は……。

 なんて思いながらも俺はモフる手を休めない。

 

 んー、ええと、何を考えていたんだっけか。

 そうそう。二つの手段だ。

 

「ゆうちゃん殿、尻尾はあああ。はううう」


 一つ目は知名度を爆上げするような何かを行えないだろうかってこと。既に施設や食事については一流温泉宿と比べても遜色ないと思う。

 劣るとすれば、従業員の接客くらいだろう。これも数をこなしてきた今となっては、かなり改善してきた。

 

「付け根はダメですうううう」


 もう一つは、ダンジョン由来のエンチャント効果のある食材があるんじゃないかと思ってるんだ。あ、クロに聞けばいいのか……今は無理そうだけど。

 例えば、お肌がスベスベ(文字通り)になったり、体力が回復したりするような入浴剤とか。怪我が完治するくらいまで強力だと逆に不味いから、ちょうどいい効果が期待できるものがいい。

 他温泉宿にない、ありえない効果を持ったダンジョン産の何かがあれば口コミで人気が出ること間違いなしだ!

 

「ここだ、ここがいいんだろおお」

「はうううう」


 黒猫が悶えてうるさいので、モフモフするのを加速させた俺のモフテクによって彼女は大の字になって倒れ伏した。

 咲さんか親父さんに聞いてみるかあ。

 

 ◆◆◆

 

 部屋を出てロビーに向かうと、ちょうど咲さんに会うことができたから食材のことを聞いてみる。

 

「咲さん、ダンジョンにある食材のことを聞きたいんだけど」

「うん、どうしたの、勇人くん? 桃が欲しいの?」


 咲さんは可愛らしく小首をかしげるが、そのことは早く忘れてくれないかなあ……。

 あ、あれは酒が悪いんだあ。俺じゃあない、あれは俺じゃないんだよお。

 

「あ、いや、桃ってダンジョンにあるの?」


 心と裏腹に焦った俺はこんな質問をしてしまった。こ、これだと誤解を加速させるじゃねえかよ。

 

「うん、ダンジョンには仙桃という桃があるわよ」

「またすごそうなのが出て来たな……それってどんな桃なの?」

「ええと、疲労回復、病気の治療? だったかな」

「風邪くらいなら完治しちゃうとか」

「人間のことがよくわからないから、何とも言えないけど……たぶん?」


 すげえな、おい。

 仙桃とは、古代中国に伝わる伝説上の食べ物になる。確か……封神演義の誰かの好物だったはず。

 

「それ採りにいけないかな」

「うん、仙桃を守っているモンスターがいるから注意しないとだよ」

「どんなモンスターなんだろ」

「大きな蛇よ」

「蛇なんだ……」


 蛇はリンゴを護っていて欲しかったところだけど……先日の世界樹の例もあるしなあ……俺のイメージとダンジョンの現実は違うってことだ。

 

「蝙蝠みたいな翼が生えていて、お酒が大好きなの」

「混ぜすぎだろお!」

「どうしたの勇人くん?」

「あ、いや、何でもないよ」

「それでね、仙桃の成る木は神酒の泉のそばにあるの」


 さらに混ぜて来たな……もはや元が分からないくらい……深く考えない方がよさそうだよな。


「じゃあさ、咲さん。この前採ってきたヤシのお酒で釣ってみたらどうだろう?」

「いいと思う! すごいね、勇人くん!」


 神酒ってやつも期待できる効果がありそうだし、行ってみるかあ。

 都合のいいことに、本日はお客さんの予約が無いからな。

 

 ◆◆◆

 

 親父さん以外の従業員がついてきてくれることになったので、ダンジョンへ入りうるさいエレベーターへ乗り込む。

 

「今度は何階なんだろ?」

「六十二階だよー」

「おお、マリーも詳しいんだな!」

「えへへー」


 よしよしとマリーの頭を撫でると彼女は俺の腰へだきーっと腕を回してきた。

 こういう子供っぽいところは可愛いんだよなあ。油断するとちゅーされるがな。

 

――チーン! 電子レンジのような音が鳴って六十二階へ到着したことを告げる。

 準備はっと……クロは俺の肩に既に乗っかっているし。マリーと骸骨くんたちは前衛に。咲さんは俺の横。

 今回は咲さんと相談して、例のヤシの実から酒を取り出し壺に入れて来たんだ。これを蛇とやらに飲ませれば……酔っぱらった蛇が寝てしまうという計画なんだけど、うまくいくといいなあ。

 

「ゆうちゃんー、その壺をちょうだいー」

「あ、ん?」

「勇人くん、ここはエレベーターを出たらすぐに蛇がいるのよ」


 マリーの突然の申し出に戸惑う俺へ咲さんが補足してくれた。なるほど。そういうことかあ。

 広さも階層によって違うんだな。

 言われてみると、ビーチはエレベーターを出たら目の前にあったな! 世界樹の時のことが頭にあって、てっきり三十分は歩くとばかり思っていた。

 

「マリー、俺も一緒に出てもいいかな?」

「うんー、じゃあー、わたしと骸骨くんが出たらすぐきてー」


 俺はマリーへお酒の入った壺を手渡すと、咲さんへと振り向くと彼女は軽く頷きを返してくれる。

 

 マリーと骸骨くんに続いて咲さんと共におっかなびっくり外に出てみると……

 

――神秘的な湖のほとりだった!

 この風景はまさに、俺が世界樹のときに抱いていたイメージに近い。太い幹の木が並び、絨毯のように生い茂った草の中にはところどころに花の姿が見える。

 薄い霧が立ち込め、さざ波一つ立てない湖が奥に広がっていた。

 

 ええと、マリーと骸骨くんはどこに行ったんだ?

 俺が首を回していると、クロが前脚で右上を指し示した。

 

 ん? 上?

 

「でえええ、巨大な蛇が空を飛んでるううう! 何じゃこらああ!」

「蛇は空を飛ぶのですぞ?」

「蝙蝠のような翼があるって聞いてたけど……で、でもさ、骸骨くんとマリーが空を!」

「ゆうちゃん殿は見えないでござるか?」


 うん、確かにどうなっているのか分からん。こういうこともあろうかと双眼鏡を持ってきていたのだ。

 俺はリュックサックから双眼鏡を取り出すと、上空に浮かぶ巨大な蛇へと向ける。

 

 おお、よく見えるぞおお。

 骸骨くんの姿が見えないな。どこにいるんだろう。

 マリーは……おおお、なんかカッコいい姿になってるぞ。彼女の背からは蝙蝠のような翼が生えていて、空を飛んでいた。

 

「すげええ、マリー!」


 俺が歓声をあげている間にもマリーは蛇の口元へ寄って行って……ダメだ、マリー! 君を飲み込もうと蛇が巨大な口を開けている!


「危ない、マリー!」


 俺は声をあげたがマリーは蛇の口元へさらに近寄っていき壺を口の中へ投げ込むと、自身は口を閉じようとした蛇の口元からするりと抜けて距離をとった。

 

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