≪神々≫

十八 循環

 黒い狩衣をまとった神は、今は瞬間移動するのではなく、少女二人と並んで歩いていた。


 神がその腕に抱えている少年は、どう見ても痩せすぎに見えるとはいえ、背はかなり高く見える。しかしこの男神おがみは少しも負荷を感じていそうになかった。少女二人は、自分たちでは連れて行くことは困難だったかもしれないと思い至って、感謝の言葉を口にして礼をとる。



「ご助力感謝いたします、神よ」



 ずっとそう平身低頭丁重に扱われているので、猫の神は苦笑した。



「あまり畏まらないで。私は自分でも疑問でね。有名な思考実験だとはいえ、神格を得ているのは何か分野が違うような違和感を覚える」



 その感覚は生まれたばかりのせいではないだろうか、と、何故か共存の少女はぼんやり思った。また、同時にねこわらしのことを思い出してしまい、小さくうつむいた。



「か、神に対してかしこまらないなど無理がありすぎます……」



 神代かみよの少女がそう言って身を縮める。その様子にまた神は苦笑する。



「そもそも彼がこうなっているのは、私のせいでもある。そして私を神として祀ってくれたうえに、この少年を助けようとした君たちには、恩義さえあるんだ。だからもう少しでいいから、気楽にしていてほしい」



 シュレーディンガーの猫の神は、そう言って柔らかく微笑む。


 神話に出てくるような神ではない神様。だとしても、最初からいた水色の彼女とは違って、およそ現実的とはいえない方法で降臨、あるいは顕現した様を考えると、超越した存在であることが際立って分かってしまう。


 ……いったいどう接するのが正解なのかを自分なりにさえつかめず、少女二人はおろおろするばかりであった。


 そんな様子で近くまで帰ってきた四人を、水色の彼女は優しい微笑みで迎えた。猫の神が、離別の少年をゆっくりと地面に横たえる。彼はすでにだいぶ落ち着いているように見えたが、目を覚ましそうな様子はなかった。



「私が言ってしまうと傲慢な気もするが……ありがとう」



 そう言って頭を下げる彼女にも、少女二人はうろたえた。黒い狩衣を纏う神へと感じる畏怖を思い、あらためてこのも『神様』であることを考えてしまって、頭の中で軽くパニックを起こしている。


 その様子を見て、水色の彼女も苦笑した。



「……そうだな、を恐らくお前たちは過大評価しているだろう」



 少女二人はきょとんとそれを聞く。



「鶏が先か卵が先か、という問いを聞いたことがあるか?」


「えっと……はい、ありますね!」



 共存の少女は即答する。だがその答えは分野によって様々な答えが出るような、ある意味正解のない問いだというのも知っている。それが何に関わってくるのだろうと首を傾げた。


 他方、神代かみよの少女にはこう聞えた。



 ──稲が先か、種が先か。



 そして完全にその問いにはまってしまい、水色の彼女に返答することができなくなる。米のおかげでひとの暮らしは豊かになった。そしてその米を教えてくれたのは、大陸から海を越えてやってきた、国を追われた人たちだったと聞いている。


 その時に持ち込まれたのは、≪種≫の方だという。とすればこの国にとっては、【種が先】になるのだろうと、そこまで考えてから思考の沼に足を取られた。



(……だとしても、大陸の人たちにとってのお米はどちらなのでしょうか……?)



 しばらくぐるぐると考え込む。答えが定まる気がまったくしない。……だが、ふと思い至る。



(いえ、やはり【種が先】になるのでしょうね。先程、たしか、他国にも神の世界があると仰っていた。とするならやはり『』【種が先】のはずです)



 そしてふと目線をあげると水色の彼女とばっちり目が合ってしまった。ということは見つめられていたということな訳で、萎縮してしまう。



「も、申し訳ございません、お時間をいただいてしまい……」


「いや、お前の時代にはこうしたことわざ的なものはあまりたくさん成立していないだろうから、伝えられる自信がなかったのだが……どうやらその様子からすると、自分なりに解決してしまったようだな」



 そう言うみずいろ様は感嘆の目をしていて、神代かみよの少女はどうしていいのかわからずおろおろする。その微笑ましい様子に水色の彼女はまた微笑む。だが少しは楽にしていてほしくもあり、この先どうしたものかと頭の端で考え始めながら、話を続ける。



「≪神≫は人より先に生じ、土地や人を作ったという神話が多く、この国での天地開闢も似たように語られている。そしてこの国の≪起源≫としてうやまわれる。すべての民の親、と言えば崇めねばという気もしてくるだろう。だが、


「違……う……?」



 少女二人は更に思い悩む。ではこの国に伝わる神話が、間違っているということなのだろうか。



を、もしそういった親というイメージで、鶏と仮定したとして、人々を卵とした場合……【卵】の方が先なのだよ」



 何故鶏と卵の問いが例として出てきたのだろうと、そもそもそこから不思議に思っていた少女たちは、その科白せりふを呑み込めずただ固まった。


 どういうことになるのか、を、考え始めるのに数瞬を要する。



「で、でも……もしそうだとしたって、神様が偉いのに変わりはない、ですよね……?」



 恐る恐るといった様子で、共存の少女がそう口を開いた。



「……偉いかどうかは、お前たちが決めてくれ。我々は、人間がその存在を作り出し、崇拝することで生じた、謂わば≪想い≫の固まりだ。実際に国土を作りだしたり更なる神を生んだり、人や動植物を作ったりしたモノではない」



 水色の彼女は目を伏せて言う。



「つまり、少なくとも、創造主や祖先への敬意、というものは必要ない。もし敬ってもらうとすれば≪害なるモノ≫を排除してきた仕事ぶりへの感謝を、ほんの少しもらえたら嬉しいくらいなものだ」



 そんな優しい声音で言われても、少女二人は『神とは【超越者】である』というイメージをそうそうぬぐえる気はしなかった。

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アンサング・クロニクル 千里亭希遊 @syl8pb313

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