十七 笑顔

 共存、と言われた自分を、少女はむずがゆく感じていた。


 少女は、神なんて存在を信じていなかったからだ。その思想に嫌悪感すら抱いていた。


 常日頃空気を読むことが何よりも大事な気がしていたから、今もなんとなく話を合わせてきたが、未だにこれはただの夢だと思わなくもない。しかし少女は、水色の彼女に対してはある程度好印象を抱いていた。だから、彼女の言葉は信じたいと思い始めている。


 なによりこの身に実際に起こっているとしか思えない【現実】から、もう目なんて逸らせない。


 そして。



(あの子も、こうだったのかな)



 何とかしたい、と思った瞬間、自分が呑み込んだ『ナニカ』が、なんとなく分かった気がした。そして、自分にできそうなことがありそうなことを感じ取った。


 神代かみよの少女も、何ができるのかを神に教えられたわけでもないのに、迅速に行動に移っていた。だからこの今の自分の状態を、不思議にも不安にも思わず受け入れられる。



(きっと同じだね)



 だったら、自分も自分にできることがしたい。もう帰らないと決めたのだから。


 共存の少女は、決意新たに、離別の少年から少し離れた位置で足を止める。


 右手でシャンシャンと涼やかな音を立てていた神楽鈴かぐらすずが、身構えた際にひとつ長い音を響かせる。本来は『神迎え』の神事で使うこの鈴が、今は何に使うことができるのかがぼんやりと頭に浮かぶ。


 舞など要らない。ただ、辟易していた祓言葉はらえことばを口にする。これが本当に必要なのかは分からないが、先程ひふみの神言かむごとが使われていたのだから、少しは意味がありそうな気がした。


 自分個人のイメージを固めることが大事なのかもしれない。だからこそ、目に見える『カタチアルモノ』として、神楽鈴かぐらすずが自分の道具になったのだろう。



「──掛けまくもかしこき……」



 そこで少しはっとする。ここに居るのはシュレーディンガの猫の神と、正体不明だが『女性』にしか見えない神だ。伊弉諾大神いざなぎのおおかみに祈っても、何にもならなかったら……。



「続けろ、大丈夫だ」



 そのみずいろの神の声は凛と澄んでいて、すっと共存の少女の不安を吹き飛ばした。少し離れているのに、そして叫んでいる様子でもないのに、その声は綺麗に届いて、身体の隅々までを清められたような気さえする。


 少女は頼もしい手に背を支えられているような感覚に促され、すらすらと祓言葉はらえことばを暗唱した。



「──かしこかしこみもまおす!」



 最後まで唱えて、少女はシャーンと神楽鈴かぐらすずを構えなおした。そしてありったけの声を張り上げる。



「お願い! あなたまでどうにかなってしまわないで!」



 瞬間、猫の神が調伏された時と同じ、シャーンという澄んだ音が響き渡った。それは、少女の握る神楽鈴かぐらすずとは違う、どこで何が鳴っているのか分からない、とても神々しい大きな音だった。


 言葉にならない叫び声をあげながら地面を殴り続けていた少年の動きが止まり、彼の周りに発生していた黒い靄がじわじわと霧散していく。その靄が消えた頃には、彼は地面に倒れ込んでしまっていた。


 共存の少女ははっとして少年に近寄る。


 意識が無く、呼吸も荒く表情も険しいままではあったが、何かダメージを被ったような様子はない。少女は安心して、その場にへたりこんでしまった。安全な方法だったかどうかは少女には予想できていなかったのだろう。


 そんな少女の肩に優しく触れる手があった。見上げるとそこには神代かみよの少女の優しそうな笑顔がある。



「びっくりしました、私と違ってとても平和的で、素敵です」



 そう言って眩しそうに目を細める。共存の少女は自分が褒められていることにあたふたする。



「あなただってすごかったよ!! めっちゃかっこよかったし、あなたがいなかったら、どうなってたかわかんないよ……!」



 それは本当のことだった。神代かみよの少女の『できること』が平和的ではないことが、イコール劣っているとは思えないし、思いたくもない。それを聞いて、神代の少女もそわそわし始める。ただ、「ありがとう」と小さく言った。


 二人の少女は、お互いに打ち解けた笑顔を向けた。



「……彼を、あちらに連れて行ってあげましょう。みずいろ様は、動けませんしね」



 そう言って水色の彼女の方を見遣る神代かみよの少女の目は、少し心苦しそうだった。



「それは、私に任せてくれないかい?」



 瞬間移動するように突然現れたシュレーディンガーの猫の神が、そう言って彼を支えるようにして抱え上げた。


 いきなり姿と声が現れたのにかなりびっくりした少女二人だったが、ここは≪幽世かくりよ≫であるし相手は神なのだから、そういうこともあるのだろうと納得する。そのうちどんなことが起きてもこう考えて片づけるようになりそうだ。


 二人の少女は、また笑顔を向け合った。

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