十六 暗雲

 ──それから彼は、荒れに荒れた。


 まるで獣の咆哮のような絶叫を上げて地面を殴り続けている。


 ただ、二柱ふたりの神と二人の少女がいた場所からはだいぶ走って離れていた。


 衝動の赴くままに走ったのもあるようだが、それは他の者たちを彼の怒りに巻き込みたくなかったからだった。



(そんな理性が残っている程度かよ、俺は──!!!!)



 あの少年を亡くしたことに、完全に狂うこともできていないのが嫌だった。


 あの少年が、自分のために身を挺したのは……自分のせいなのに。


 もう何もかもが嫌だった。



(俺の名前なんて……なにかの拍子で呼んでしまってもまったく構わなかった!!!)



 暗い気分で叫び続け、力任せに地面を殴り続ける。


 けれどどういうわけか彼は怪我ひとつ負っていない。それどころか地面の方が衝撃で荒れていく。地鳴りすら響かせながら。


 その異常さに彼は気付いていなかった。



(いっそこの場で自分の名前を叫びたい)



 そこまで思って、さらに彼は暗い気持ちに陥る。



(──……俺が名前を明かしたら、誰かがねこわらしの二の舞になるかもしれないだろうが……!!!!)



 自分の命を他人任せにしかけた自分にますます怒りが爆発する。


 そして──じわじわと彼の周りで、黒いもやが染み出すように広がり始めた。


 はらはらと心配しながら見ていた少女二人が青ざめる。どう見ても良いことが起こっているようには思えない。



「みずいろ様っ……なにかできることはないのでしょうか……!」



 神代かみよの少女は必死の様相で水色の彼女に答えを乞う。


 しかし彼女は沈痛な面持ちで彼を見ているだけだった。その様子に手立てはないのだと理解し、少女は同様の表情で彼に視線を送る。


 己の無力さを嘆くということ。神代かみよの少女は、ギリと、奥歯を噛みしめる。



(もう、誰にも──)



 居ても立っても居られなくなり駆けだそうとした時、少女の前髪を『風』がさらった。それは一瞬先に走り出した共存の少女の疾走によって動かされたものだった。少女が後に続くか戸惑っているところに、水色の彼女が声をかけてくる。



「……どうやら、何か策があるらしい」



 そう言って再び共存の少女の方に視線を向けた水色の彼女にならうと、少女が右手に、何か鈍い金色をしたものを握っていることに気づいた。


 神代かみよの少女は自分の手に勝手に使い慣れた槍が何本も出てきたことを思い出す。幽世かくりよなどという神の世界では何が起こっても不思議ではないとあっさり受け入れていたが、あの現象が共存の少女にも現れたのだとすると、あれは何かの道具なのだろうと思う。ただ神代かみよの少女が使ったような武器の類には見えない。走り行く彼女からはシャンシャンと澄んだ音が聞こえていた。あれは楽器なのではないだろうかと、神代かみよの少女はぼんやり思う。



「お前たちは、私が思っていた以上に、優秀そうだ、な……」



 水色の彼女は、共存の少女の背中を、目を細めた穏やかな顔で見つめながら呟いた。

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