アジア好き必読の作品。
中華風、中でも西方のシルクロードを思わせる地域を舞台としたヒロイックファンタジーです。
主人公の琥琅は人虎と呼ばれる娘。ひとでありながらひとでない、獣のように野性的で粗野な女性です。彼女は死んだ養母の親族と暮らしているのですが、ある時その家の養い子である青年・雷禅が商談の旅に出るというので、護衛としてついていくことにしました。その旅先で琥琅と雷禅は事件に巻き込まれていきます。
ひとつひとつの事件が中盤で多数派の民族である清民族と少数派の民族である吐蘇族の争いに集約されていきます。理不尽に虐げられた吐蘇族の怨嗟の声が大きな亀裂になっていく。吐蘇族自体はけして悪ではないんです。でも、憎むことをやめることができない。新たな悲劇、惨劇を呼びます。琥琅と雷禅はその渦に翻弄されます。
さまざまな民族、さまざまな役職のひとびとの生きざま、混じり合う文化……練り込まれた世界観に魅了されました。
でもけして難しいお話ではありません。お見事としか言い様のない読みやすい文章でひとつひとつの物事が丁寧に描写されているので、「これ何だっけ?」ということは発生しません。
琥琅がとにかく魅力的です。
山奥で人間を敵視して育った彼女は、未分化の感情、動物的な考え方をしますが、その単純な価値観・世界観がかっこいい。
本能のままに戦う。敵には容赦しない。強いです。この作品最強だったのでは? アクションがすごくいい。
でも可愛いんです。
彼女は雷禅が大好きなんです。
彼女の世界には愛や恋といった甘いものはありません。でもその感情はいつかそういう甘やかなものに育つのではないでしょうか。いや育たなくてもいい、今のままでも充分なんだ、その特別な気持ちをそんなものにあえて分類する必要はないかもしれない。けど、だけど、大好きなんだよね……?
琥琅には、正義とか倫理とか、そんなはりぼてのことはよく分かりません。琥琅はただただ大事な雷禅のために、そして愛してくれた養母のために戦います。その姿が潔くてかっこよく、また、健気で可愛いんです。
一方ヒーローの雷禅。
ほんといいやつ。こいつはほんとにいいやつ。とても真面目で優しくて、どうか彼が認められていつか大成しますように、と祈らざるをえません。
途中囚われのお姫様状態になった時や琥琅が助けに来たのを知って安心した時はヒロインかな?と思ってちょっと笑ってしまったのですが、琥琅がとにかく勇ましいのでバランスがとれているということなのだと思います。
細やかなところは全部雷禅がフォローしてくれます。そういう意味ではとても頼りになる男。
早く……早く琥琅にその感情の名前を教えるんだ……。
琥琅と雷禅にはずっとこのままでいてもらいたい気もするし結ばれてほしい気もするし、とにかく見守りたいという気持ちにさせられる二人です。
琥琅と雷禅だけではありません。
登場キャラクター(人物だけでなく鳥獣も含めて)みんなが血肉を持った生き物なんだと感じさせられます。丁寧な描写で描かれていて、その動きが目に浮かぶかのようです。
すべてのキャラクターが素敵なのですが、強いて琥琅と雷禅以外の好きなキャラを挙げるとしたら秀瑛です。いい男です。彼がこの地の未来を築いていくんだ!ということがよく分かります。
最後に、ここに天華の名言をひとつ書いておきます。
雄は雌に勝てぬ。
琥琅と雷禅の冒険の旅、楽しませていただきました。
素敵な作品をありがとうございました。
乾いた風が砂を運ぶ、褐色の風景が広がる中国西域のシルクロード。
そのロマン溢れる広大な地を舞台に悠然と、そして清冽に描かれた一大ファンタジーです。
「虎姫」と異名を持つ琥琅は、人里離れた森で暮らす人外の養母に育てられた少女。
とある使命を全うして命を奪われた養母の遺言により、彗華という西域の商業都市で商売を営む家に身を寄せ、そこの養子である雷禅という少年を慕って護衛の役を務めている。
ところが、商談を終えて彗華に戻る帰路で彼らは妖魔や幽鬼に襲われ、さらには神獣・白虎と出会うのだが、それらは全て時を超えて宿敵と対峙する彼らの運命として定められたものだった──。
王道とも言えるストーリー展開ですが、勢いがありながらも乱れることのない端正な筆致によって、闘いの迫力にどんどん飲み込まれてしまいます。
淡い恋心を抱いているようで、どこか飼い主と従順な犬(虎?)のような二人の関係も微笑ましい。
鷹の姿をした化生である天華さまは、私の中ではなぜか美輪明宏さんのイメージです(笑)
中国西域の雄大で神秘的な雰囲気の中で繰り広げられるストーリーをぜひご堪能ください!