第23話

 帰りの電車に揺られる中で見晴らしの良い草原を見つけたので、最寄りの駅で降りてそこで少し遅めの昼食を取ることにした。一本の木が生えていたのでそこの根元にシートを敷き、弁当箱を広げる。木の葉の隙間から漏れ出る太陽の光と草原を優しく波打たせるそよ風が心地良い。

 ナオキに粉ミルクをあげ、ゲップをさせ、私たちも食事を終える。眠気が襲ってきて、私は岡田を枕にして仰向けになった。見上げた空は雲が幾重にも重なって荘厳な色を作り出し、まるで果てがないかのような蒼い空の中で様々な形を作り出していた。緑以外は何もない草原と相まって、まるでどこかの異国へと来たみたいだった。

「ねえ、友也」

 私は岡田の手を取って弄びながら話しかけた。ナオキは既に眠っている。

「どうして、あの二人はあんなことをしたんだろう」

「さあねえ……」

 岡田が曖昧に応える。あの二人が誰と誰のことかは訊かなかった。

「……多分、あの二人はそれぞれ、お互いの奥にまで踏み込めなかったんだ。お互いに、それぞれの人間性を尊重しすぎたばっかりに」

「人間性?」

「あの二人は優しすぎたんだ。お互いに気を遣いすぎた。僕の持論になっちゃうけど、人は分かり合わなければダメなんだと思う」

 ――私には晟の気持ちなんて分からない。

「プライバシーとか、そういうのなんて無視して、相手の奥の奥の、芯の部分まで踏み込んで、分かり合おうとしなければダメなんだ」

 ――晟の気持ちなんて、分かりたくもない。

「人は一人では生きていけないんだから」

 ――だって、その人の気持ちを理解するということは、その人に同情をするということで、それは晟個人の、固有の人間性を否定するものだから。

「人はこの世に生まれた時点で、もう一人じゃないんだよ。僕たちは、みんなどこかで繋がっているんだ」

 ――私は晟をありのままに受け止める。

「その人のことを知ろうとして、分かり合って、繋がりを強くして……そうして初めて、人は本当に他人を受け止めることが出来るんだ」

 ――どうしてこうなっちゃうんだろう。

「確かに真優さんはあの時晟さんの正体に衝撃を受けたと思う。晟さんをどこか遠い人のように感じてしまって、理解しようとするのを拒んでしまった気持ちも分かる。でも……でも、だからこそ、あの時晟さんは――」

「――ただ現代に生きる一人の人間として、真優に踏み込んで欲しかった。……そういうこと?」

 口を挟んだ私の言葉に静かに岡田は頷いた。

「……そっか」

 そよ風よりも一風強い風が私たちを吹き抜ける。温かい風だった。春に芽吹いた新しい命は、今こうして豊かに茂り、今ある生を存分に謳歌している。

 私はいよいよ眠気に勝てなくなり、ゆっくりとまぶたを閉じた。


―●☆●―


かつて二〇〇〇年前にこの国を支配した男の遺伝子は、薄まりながらも確実にこの世に留まり続けている。

芽吹いた命はひっそりと、しかし確かに未来という名の可能性を湛えているのだ。

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僕は誰だ? 桜人 @sakurairakusa

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