手をにぎらなくても

高尾 結

第1話

 女の子が7才になったばかりの頃、ぽつりと言いました。

「お友達の作り方がわからない」


 女の子は今までずっと、ちゃんとお友達が作れていたのです。

幼稚園のときも、小学校に上がったときも、

「いっしょに遊ぼう」

と自分から声をかけて、周りの子達とお友達になれていました。


 いっしょに遊ぼうって誘ってみたら?今までと同じように。

「でも、そう言っても仲間に入れてもらえないの」

「だから一人でいることが多いの」

「どうすればお友達になれるのか、分からなくなったの」


 女の子の心は少し大きくなったのでしょう。

今まで何の迷いもなく出来ていた

「自分から他の人に話しかける」

ということが、実は恐ろしく、勇気のいるものだと気付いたのですから。

 他の人には他の人の気持ちがあり、自分が受け入れてもらえないこともあり、受け入れてもらえないことは心が痛いということを知ったのです。


 女の子の痛みは、かつて子供だった頃、私も感じた痛みでした。

 私はずいぶん大きくなるまでうまくお友達を作ることができなかったのです。


 私は女の子が歩いてきた道も、今立っている場所も、ずっとずっと昔に通り過ぎてしまった者です。

 これから女の子が進むであろう道が、実は決して楽しく簡単ではないということも知っています。

 迷いも悩みもいつまでも消えることはなく、それどころかますます深まっていくだろうということも知っています。

 ほんの気晴らし程度の気持ちで、わざと他人を傷つける者がいることも知っています。

 せっかくお友達ができても別れは次から次へとやってきて、その度に一からやり直さなくてはいけないということも知っています。

 

 お友達ってなに?

 こんなに大変なのに、どうしてがんばってお友達を作らなきゃいけないの?


 この問いに正しい答えはありません。

 大人になっても、実はほとんどのことが分からないのです。ただ少し先まで進んでいるので、今まで自分に起きた出来事とその結果を知っています。

 だから私は自分が今まで歩んできた道に、一つの「もし」を当てはめてみました。

 もし今までずっとお友達が一人もいなかったら?


 生きることが今までよりもずっと難しく感じたでしょう。

 

 矢のように降り注ぐ悩み、苦しみ、迷い、悲しみ、全てを誰とも分かち合えることなく一人で抱え込んでいたら、私の胸は弾けてしまっていたかもしれません。

 また大地から生える草のように次々と萌える喜び、感動、幸せ、愛おしさ、全てを誰にも伝えることなく一人で満足するばかりだったら、世界の輝きはやがて色あせてしまったかもしれません。


 友達と一緒に喜び、悲しみ、悩み、楽しむことによって、私は自分のいる世界が荒々しく生きているということを知りました。そして友達の存在によって今まで行き着けなかった場所まで、駆け出すことすらできたのです。


 でも友情はほんの小さなことで簡単に終わってしまう、実に弱々しいものです。

 それなのに、強いと多くの人が勘違いしています。

弱くて、壊れやすくて、だから大切にしなければ、あっという間に消えてしまいます。数が多いから大丈夫、ということは決してありません。全部が壊れて消えてしまい、一つも残らなかったということも珍しくありませんし、逆に一つきりを大切に大切に、何十年もの間長く育める場合もあります。


 いつ消えてしまうか分からない、不安定なものに多くを賭けてしまうのは、実はとても危険なことです。でもそのことに気付かず、知らないうちに自分の全部を賭けてしまう人すらいるのです。

 自分と他の人は別の人間です。一緒に行く人がいなければ怖くて道を歩けない、と思っていても、足を動かすのは自分自身なのです。誰かのせいにしても、誰かを頼っても、仕方ありません。歩いているのは自分なのに、どうして一緒に行く人がいなければダメだと思ってしまうのでしょう。

 一人で歩けます。一人でしか歩けないはずなのです。

 自分を見失っては、道を行くことはできません。


 私が女の子に教えてあげられるのは、自分が過ごしてきた時間から知った幾つかの出来事と結果だけでした。それが女の子の心をどれだけ慰めることができたのかは分かりません。

 これからも女の子は色々なことにたくさんつまずき、悩むでしょう。

 傷ついて涙をあふれさせ、怒りに震えることもあるでしょう。

 でもいつか一緒に秘密の小箱を覗き込むお友達ができればいいと思っています。

 誰にも言えない苦しみを、プリズムのように広がる喜びを、分かち合う人が横にいるのは、とても幸福なことだからです。

 でもにぎった手に力を入れすぎて体重をかけないように、注意しなくていけません。

 手をにぎらなくても一人で立っていられるように、お友達の手はそっと優しく包み込むものだと思うからです。

 

 

 

 

 


 


 


 


 

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