第22話

 メトロを降りて蒼天の下へと戻ってくると、眩い陽射しが俺の目を焼いた。セタガヤの駅近くは相変わらず少し懐かしくなる雰囲気で俺を出迎える。

 呑気に歩く俺を追い越して自動車が静かに滑っていく。周りを歩く人々は暑さに汗を拭っているが、俺はいつもと変わらない黒いコートのままだ。

 事件はこれで終わったのだろうか。俺は自分に問いかけてみる。

 ナポレオンはこのまま去るのだろうか。彼はまた、ガイストに与して戦うのだろうか。もしかすると、このナポレオンとの邂逅さえ、誰かに仕組まれたものではないのか。俺に仮初めの回答を与え、これ以上の追及を許さないための仕掛けなのではないか。そんな疑問が現れては消え、俺の頭を占領していく。

 結局のところ、どれも答えは分からない。探偵にだってわからないことはある。大体、探偵なんて言いながら、やっていることは殴り合いと銃撃戦ばかりの自分には、クレバーさが足りないと言われても、まぁ受け入れざるを得ない。

 とはいえ、ひとまずは片付いたのだろう。これ以上俺が何かできるわけでもないし、する気もない。そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれる。

「やぁ、相棒。どうかした?」

「アルフォンスか」

 黒いポニーテールを揺らして現れたのはいつも通りの相棒だった。胸元の開いたピンクのシャツが相変わらず人々の視線を引きつけている。

「ボケっとしてるな。そういや、ナタリーちゃんはどうしてる?」

「さっき来ていたぞ。仕事はやめさせられたが、これからも頑張ると」

「ちょっとちょっと、なんで私がいるときにしてくれないのさ。まだ、食事のお誘いもしてないのに」

「それより、懸賞金。ちゃんと事務所の口座に移しておけよ」

「無視すんな! っていうか、金ならもう使っちまったけど」

「どういうことだ、まだあれから五日だぞ。お前、どういう暮らししてるんだ」

「いや、違うだって。今回ばかりは経費なんだよ」

 相棒がいつもと同じく、気の抜けた笑い顔で弁明する。並んで歩きながら、巨大な橋を俺達は渡っていく。

 欄干に止まった鳩の群れを散らしながら、俺はふとアルフォンスに問いかけてみる。

「なぁ、アルフォンス」

「なに?」

「俺達は、庭師になりたいと思ったら、そうなれるもんかね?」

「何言ってんの、アルバ」

「喩え話さ。どう思う」

「さて、どうだか。まぁ、なりたくてもなれない奴もいるだろうし、なりたくなくてもなるやつもいる、それだけのことだろ」

 でしょ、と肩をすくめるアルフォンス。

「そんなものかな」

「そんなもんよ。自分のことが案外一番わからないものだ」

 アルフォンスは流れる川面を眺めながら続ける。

「……何言ってるんだ、お前?」

「アルバが聞いてきたんだろ! まったくさぁ」

 文句を垂れ流しながら、アルフォンスが俺の前へと抜ける。

 思いを馳せるのは、自らのこと。探偵である自分自身のこと。そして、機械である自分自身のこと。俺がいつまで変わらずにいられるのか、とか。本当は師匠の言葉にしがみついているだけなのか、とか。

 やっぱりそれは分からない。探偵にだってわからないことはある。

 それでも確かなことはある。

「アルバ、行こう」

 顔を上げた俺の腕を相棒が掴んだ。視線の先、大きな家の庭で、イーリスが小さく俺に手を振っていた。

 アルフォンスが俺の腕を掴んだまま、早足で歩き始め、つられて俺も前に進む。

 それが俺にとって一つの確かさ、だった。

 俺は何度だってここに戻ってくる。この相棒と下らない話をし、イーリスの居酒屋でイオリと祝杯をあげる日も来るかもしれない。そして何より、俺はきっとまた依頼人のために命を懸ける羽目になっていることだろう。

 この身体が鋼鉄に変わってもそれだけは確かなことだとそう思える自分がいる。あの白いコートの男が示したのはそういうことだったから。

 イーリスに向けて手を振り返す。俺の精神が、幽霊ガイストなんかじゃないのだと、そう証明するために。

 

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ガイストは殺せない やせん @k_isen

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