第3話



桜井さんと共に働くようになって、気がついたら1年半たっていた。私は相変わらず自動車学校の先生並みに、距離感に神経質になっていた。他の女性スタッフは、人を表面上は拒まない桜井さんの態度のせいか、「私の桜井さん」的な振る舞いをする者が複数いる。彼は人と距離を作らない素振りをみせながらも、精神的には強いバリアで自分の領域を守っているように、私には見えるのだが、それは私だけなのだろうか?あんな頑丈な要塞にいる人に近づくなんて、あまりにも勇敢。うちの職場は勇者だらけだ。


不用意に近づいて、私のようにセクハラで訴えられることを恐れたりしないのだろうか。それについての意識調査をしてみたいが、こんな話を9割が女性スタッフの女の園で話してしまったら、かえって「海老原さんは独身になって、10個も年下のイケメン意識してます」と誤解を受けてしまうことだろう。考えすぎだろうか、いやそんなことはない。女性が多い職場では、自分が発した言葉がいつの間にか変容にして、びっくりするくらいリニューアルして自分の元に返ってくるとのだ。

「えびちゃん、この話ってほんと?」と切り出された話は、ほとんどが発信源が自分とは到底思えないものに仕上がっている。



桜井さんは我が家の隣町に住んでいることを小耳に挟んだ。生活圏が重なっているようで、時々家の近所のスーパーでばったり会う。

「たらちゃん、もう帰るよ!!」などと、息子を急かしている時に限って近くに桜井さんか居たりする。

たまたまです、たまたまですよ。ふだんはおおらかに息子に接する優しい母ですよ、などと心の中で弁解するが、桜井さんに好印象を持ってもらう必要はない。むしろ、ストーカーでないことをさりげなく表現しないと、などと脳内会議していると、

「息子さん、お名前は?」

「良太(りょうた)です。」

「?たらちゃん、って呼んでませんでした?」

「あ、良太は良い、太い、って書くんです。元夫がサザエさんが大好きで、たらちゃんってつけたがったんですけれど、それじゃあ、あんまりだと思って、私が逆さまにして良太がいいと思って、、」

ここまで口にして、「元夫」といワードに「独身アピールしているキモいおばさん」になっているかも、、とはたと口をつぐむ。私の心配をよそに、桜井さんはしゃがんでたらちゃんと目線を合わせた。

「そっか、小学一年生なんだ。バスケしてるの?今度お兄ちゃんとそこの公園で一緒にやろうよ。」

社交辞令だろうが、子どもに目線を合わせてやさしい青年だなあ、と感心した。




それからスーパーやコンビニで会うたびに

「一緒にバスケしよう。」

「なぞなぞ合戦しよう。」と息子と盛り上がる。実際中学時代はバスケ部だったそうだ。桜井さんは子ども好きで好青年だなあ。この人の彼女はさぞ幸せ者だなあ、と遠くの存在としてぼんやり思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶頂のサイハテ 上杉しずく @wesugisizuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ