第2話
「それって、セクハラになっちゃうから、気をつけたほうがいいよ〜。」
お土産のまぁまぁドールをつまみながら、定年間近のベテラン介護士、大野さんが言った。
「ですよね〜。後々私も失敗したなあ、と。今時セクハラで訴えられるのって、男性だけではないですからね。」
私もまあまあドールを頬張る。
「まあ、エビちゃんも自由に恋愛できる独身に戻ったんだもんね。羨ましいよ。」
大野さんは来年銀婚式を迎えるそうだ。私にとって恋愛することは自由ではない。むしろ、恋愛や性欲に無縁なところにいることが、最高の自由なのだ。恋愛感情を持たなければ、誰かに大きく振り回されることもない。性欲に縛られるなければ、もう、本当はお持ち帰りされる気マンマンなのに、ガツガツしていない落ち着いた女を演出するような駆け引きをする必要もない。「欲」は男女に関わらずあるはずなのに、女性がそれを開けっぴろげにすると、下品な、軽い扱いを受けてしまうような気がする。実際にしてみたことはないから、本当のところはわからないけれど。いま、私は、「欲」から解放され、人生の中で誰にもじゃまされない、真の自由を得たのだった。、、と、思っていた。
私が大野さんに「セクハラ疑惑を持たれないように注意」を受けたのは、こういうわけだ。
1ヶ月前、26歳の男性がうちの棟に移ってきた。イケメンといえばイケメンの類だろうと思われる、桜井さん。身長はちょうど女子の平均身長プラス20センチくらい、体格はほどよく「鍛えてません。バスケしてたら自然についちゃいました。」くらいの筋肉がついていて(実際バスケをしているかは知らない)、顔は月9に出ている男顔の女優に似ていて、ファッションはこだわっているようには見えないがほどよくこじゃれていて、モテるにきまっているのにナルシストオーラがなく、若い女の子とおばあちゃんで態度か変わることもない、なんというかとても「あからさまなファンも多いが、密かなファンが多そうな」男子なのだ。
そんな桜井さんと私は仕事上同じチームで、社交辞令程度に雑談をし、仕事で必要な最低限の報告連絡をする程度のコミュニケーションを1カ月ほどとった。
ちょうどその頃、桜井さんはインフルエンザに罹った。インルエンサと判明したその日の帰り、私は桜井さんと職場の駐輪場ですれちがった。熱が出てぼーっとしている桜井さんの横顔が、たらちゃんみたいだなあ、、とすれ違いざまに思った。とっさに、
「桜井さん、食べ物だとか大丈夫?何か家に届けようか?」と口をついて出た。私と桜井さんは10個ほどしか歳が違わないが、正直34歳バツあり女性からしたら、感覚的には息子みたいなものだ。
桜井さんのギョッとした反応で、
「あれ?「家に持って行く」はさすがにマズかったかな、、」と思い、大野さんに話し「セクハラ疑惑認定」を受けるに至る。
いつまでも自分を若いと思って部下に言い寄ってセクハラになっちゃうケースはよく聞くが、私の場合は、「心がおばあちゃんになってて」結果セクハラケースだ。「老婆心セクハラ」ってやつだ。気をつけないと。法廷ドラマは大好物だが、自分がリアルに被告になるのは御免だ。
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