エピローグ

エピローグ 神坂真理

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[神坂真理]

 世界中を巻き込んだ『堕天使の猟兵』の、聖約教会転覆作戦は完遂させられた。

 聖遺骸、ヤハウェが造り物だということを彼らは証明した。イ・ハはたった一人で科学教皇アカデミーから中継をし、聖約教会が行ってきた恐ろしい所業を世界に公開した。怒りに駆られた人々は、次々と特攻墜落する広告飛行船と共に、世界各国の教会を襲撃した。

 教会を守るべき世界政府軍、警察機構はほとんど機能しなかった。彼らもガヴローシェの涙の訴えに感化され、聖約教会の正体に驚いたのだ。抵抗を試みたのは、洗脳されていた聖約教会上層部の一部のものたちのみだった。

 バイオテック旧CEOは、第二本隊のカミカゼ攻撃に巻き込まれて爆死したが、現ローマ法王フランシスコと、聖約教会設立時の教皇ヨハネ・パウロ二世は拘束され、教会の真の嚆矢を明らかにした。

『堕天使の猟兵』が把握していなかった、ヴァチカンの秘密の地下施設最下層からは、南極から運ばれた異星人のものらしき宇宙船の残骸も発見されたが、ペインシリーズのオリジナルが、果たして宇宙人なのか、古代人なのか、それとも別の何かなのかは未だ謎のままだ。アルカイックテクノロジーの研究は継続される。


 人々の支持を得たカーマインは、暫定新世界政府の各国代表を決める選挙を、混乱が治まり次第、すべての国で速やかに行うことを宣言し、彼自身は立候補を辞退した。『堕天使の猟兵』の思い描く基本的な政治構造は、聖約教会存在時に形作られたものと同じだ。其処から宗教色を取り除き、民主主義的統一世界を目指す。宗教的思想の自由、信仰の自由は担保されるが、政治とは完全に切り離される。遺伝子優位種の扱いは新政府に委ねられることになるが、恐らく彼らは解放されるだろう。新時代は既に始まっていて、もう後には戻れない。



            ◇



 私は筑波大学の遺伝子医学研究センターに戻り、進化における『雰囲気』バイアスの証明と、ミームコントロールの研究を新たに始めた。大学の寮の許可をもらい、クウェール・ガヴローシェと一緒に住んでいる。彼はまだ子供だが勉強熱心で、将来私の助手になりたいと言っている。彼は自分の感情を完全にコントロールしていて、精神伝播能力を、驚くべき精神力で封印している。自分の能力の恐ろしさを一番理解しているのは彼自身だ。

 ファッツくんとの情報のすり合わせで、SPAWNの正体が過去に行ったヨシムネくんだったことが判った。そしてSPAWNを殺したペインが、ヨシムネくんと共に過去へ行ったペインであったことも明らかになった。ペインは過去に行ってもずっとヨシムネくんを追っていたのだった。過去に行ったペインが、どれだけ未来の情報を理解していて、過去の聖約教会にどれだけのことを伝えることができたのかは、分からない。ただ、私たちの現在は、何も変わらなかった。おそらく、タイムパラドックスとはこんなものなのだろう。それは最初から決まっているのだ。でも、少なくとも過去に戻ったヨシムネくんの主観だけは、例えば量子論的並行世界の、違った分岐点に連結されたかもしれない。彼が幸せを掴む世界に生きていることを願いたい。



            ◇



 父と、母と、美馬の墓に花を手向ける。遠い昔から人々が行ってきた慣習に従って。

「亡くなった、全ての人々の意志も、この世界に漂っているかもしれませんね」

 隣でガヴローシェが言う。そうかもしれない。そうであってほしい。私たちは永遠に一つで、全て。

 私と、聖約教会の目的は似通っていた。私たちを支配する遺伝子にくびきを付ける。破局の原因は解りあおうとせず、足並みが揃わなかったことだ。そして聖約教会のやり方は間違っていた。

 遺伝子は元々個の利を優先するものだ。この世界は欲望のせめぎ合いで動いている。少なくとも今まではそうだった。そして人々を繋ぎ止めていた唯一神は否定された。この世界は神を超越しようとしている。人々は混乱、或いは絶望しているかもしれない。でも私は信じている。


『私は、生きていて、此処にいる』


 それはかつて、美馬の美しい黒目勝ちの瞳が、証明してくれたものだ。

 私は今、美馬から自立し、神の概念が今、私に依存している。それは私の名前が真理だということに関係している。


〈了〉

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クリティカルポイント 刀篤(かたなあつし) @a_katana01

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