(下)
しょう子はその日から、サークルについて調べ始めた。
棗はしょう子のやっていることに、感づいているようだったが、何も言わず黙認してくれているようだ。
ただ、手伝ってくれる様子はないので、しょう子は何もかも一人でやらなければいけない。
同級生はもちろん、他の組や他学年の生徒にも話を振ってみたが、棗の噂話程度の知見も得られなかった。
学校の資料として、しょう子が一番難なく見ることができるのは、図書室にある生徒たちの残した文集である。
あまり昔の物になると残っていないかもしれないが一応、と思いしょう子は放課後の図書室で文集の棚を漁っていた。
「狭山さん」
そっと、肩に手を置かれしょう子は“ひゃっ”と、悲鳴を漏らしそうになる。
真綿のように柔らかく、重さを感じない動作で口を塞がれた。
「あなた、サークルに興味があるのね?」
すぐに口を塞いでいた掌は消える。
「はい、あの……」
しょう子は、恐る恐る振り返りながら答えた。
「いいわ、ついてらっしゃい。日の落ちない内に」
見たことのないその御仁は、小声で告げると、くるりと踵を返し図書室を出て行く。
しょう子は慌ててついて行った。
たれか、他の者に怪しまれはしないか、と思ったのも杞憂。
廊下には人っこ一人いなかった。
誰もいない校舎を、しずしずと進んでいく少女二人。
さやさやと、外の小枝を鳴らす微風が、閉じた窓を静かに揺らしていた。
「ここよ」
しょう子の前の少女は、美術準備室の前で歩みを止める。
「会合の場所は、薫子さんの気分によって変わるの。今回はこのお部屋」
誰ともなく言いながら、少女は戸を開く。
少女に急かされつつ、しょう子も急いで中に入ると、五、六人のメンバーらしき人々が集まっていた。
「ようこそ狭山さん」
中心にいる、薫子が片手を横に広げ歓迎の意を示す。
「そんなに私たちの仲間になりたいの?」
いえ、そういうわけではなく、少し気になることがあって――としょう子は口籠った。
「皆さんは、何をしてらっしゃるのか……どんな活動をしてらっしゃるのか、知りたいんです」
「そうね……。簡単に言うと降霊会」
薫子はあっさり質問に答える。
「それは、はんごんとかいうもの?」
しょう子が口に出すと、あら、いやだわ、等々と室内のあちこちからひそひそ声が聞こえてきた。
「それは反魂のことね。私たちのやっているのはそんな大それたことじゃなくてよ」
薫子は歯を隠すように手をやり、風雅に笑う。
「私たちがやっているのは、今は亡き死者たちの声を聞くこと……。反魂は死者の黄泉返り。全然別のことよ」
「つまり、口寄せのような?」
しょう子が言うと、さざ波のようなくすくす笑いが生じた。
「随分と古めかしい言葉をお使いになるのね」
薫子は髪を揺らしながら喋り続ける。
「拝み屋のようなものじゃなくてよ。私たちのやり方は西洋風なの」
説明を聞いていると、奇妙な道具を使ったりだとか全員でテーブルを囲み、手を繋いだりして行うもののようだった。
……これは、違う。
しょう子は話しを聞きながら、疑問を深めていった。
彼女らは本当のことを話している。
だが、どうもしょう子の感じている違和感は、これが原因ではないらしい。
――違う。これは関係ない。
声が聞こえた気がした。薫子ではない。
――関わらないほうがいい、って言ったのにね。まあ……しょうがないか。
しょう子は首を捩じり、声の主を探す。
「どうしたの?」
薫子が不思議な顔で訊ねた。
あっ! と思わずしょう子は叫んだ。
阿久里だ!
気付かなかったが、室内の目立たない場所にひっそりと、影に溶け込むようにして阿久里が立っていた。
周囲の誰も気付いていない。
この声は、自分だけに聞こえているのか?
「何をしているの!」
閉まっていた戸が、雷のような音とともに開かれ、しょう子は驚いた。竹屋先生である。
先生……と、絶句し、薫子も立ちつくしていた。
あまりに急なことで、どう応じたらよいかわからないようだ。
「やっとわかった……徒党を組んでこんな怪しげな……」
尋常ならざる様子で、竹屋章子は念仏のように口走っている。。
「この事は、明日じっくりと時間をかけて指導します。覚悟なさい!」
そう言い置いて、竹屋先生は木造の廊下を踏み鳴らしながら何処ともなく去って行った。
――これは、意外な展開。
呆然としていたしょう子は、また阿久里の声を聞いた気がした。
翌日、授業時間の一部を潰し、竹屋章子のいう“指導”の時間が始まった。
昨日それを宣言された場に居たので、しょう子は勿論ある種の覚悟をして、それに臨んでいる。
みなの前できつい叱責を受けたり、恥ずかしい思いをしてもしょうのないものと思っていた。
が、予想に反し、章子はそのような個人に対しての批難は行わないようである。
のみか、薫子や阿久里、あの場に居た人間たちを名指しにすることもなかった。
今の内だけかもしれないので、しょう子は心から安心しているわけではない。
あれことしょう子は考えながら、注力して章子の話を聞いていたのだが、だんだん妙な気分になってくる。
章子の話が、なかなか本題に入らないのだ。
そもそも何が本題だったのか? と問われると。しょう子も困るところだが、少なくとも今話しているような内容ではないはずだ。
「あの時、喜代子に何があったのか? 知っている人がいたらすぐに知らせてちょうだい!」
章子の話には、繰り返しこの“喜代子”という名前が出てくる。
「あなたたち、やっていたことは成功したの? 喜代子は何か言ってたの?」
とうとう、痺れを切らしたように章子は詰問口調になった。
昨日、美術準備室で見つかった生徒たちに向けているらしい。
しょう子は、恐る恐るクラス内を確認してみた。
あそこにいた人物。この場には、自分の他に薫子と阿久里しかいないが、棗の話では薫子がリーダーのようなものらしいので、章子の質問も実質薫子に向けられているのだろう。
と思い、しょう子は薫子に視線をやったが、本人はきょとんとしている。
喜代子とは誰なのか?
しょう子はまるで知らない名前だった。
級友にも確か、そんな名前の人物はいなかったはず……多分。
「喜代子……そういえば、最近見てないわね」
「何かでお休み……?」
囁き声が室内に満ちる。
先生、と静かな声が教室に響いた。
阿久里が席を立っている。
「私たち、実は成功したんです。喜代子の霊を呼び出すのに」
はあ? 何? 急にどうしたの?
みな、口々に遠慮なく阿久里に疑問の声をぶつけるが、阿久里は意に介さない。
「ちょっと、瑤泉院さん」
薫子も呆気にとられている。
「先生が、喜代子を殺したんですか?」
章子は気圧されたように後じさり、黒板に背を当てた。
「バカな、バカなことを言わないで!」
絹を裂くような、金切り声を上げる。
「でも、喜代子が言ってたんです。あの時先生に……」
お黙りなさい!
章子はぴしゃりと言った。
「あなたとは個別にお話しましょう。授業時間が終わってからでも……」
「私は今お話したいです」
凛とした、よく通る声で阿久里ははっきり言う。
「調子に乗らないで! 降霊が何だって言うの?!」
再び教師は激昂した。
「そんな怪しげな、前時代の遺物のようなもの――何の証にもなりゃあしない」
阿久里の片方の眉が跳ねあがった。
「それは、ご自分の罪を認めたと解釈してよろしいですか?」
「お好きなように解釈なさいな」
章子は、ほくそ笑んだ。
「そういえばあなた、喜代子と仲が良かったみたいね……。どうするの? あなたのかいしゃくで、私が有罪だったら?」
ねえ、瑤泉院さん?
「どうもしませんわ」
阿久里は嘆息しながら、筆箱を開ける。
「だってもう、死んでるのよ。あなたたち」
取り出したのは刃の無い小刀。
きらびやかな西洋風の模様が、柄にも刀身にも刻まれている。
阿久里はためらいなく、さっと一振りした。
その途端、教壇の章子が音もなく崩れ落ちる。
しょう子は悲鳴をあげて駆け寄った。介抱しようと思ったのだ。
「無駄よ」
背中から阿久里の声が聞こえる。だからといって放っておけるものではない。
ぱあん、と乾いた音が鳴り響いた。
碧である。血走った眼で、阿久里を睨みつけていた。
「あなた、あなた……。何もかも……。よくも」
意味の通らないことを口走りながら、もう一度阿久里の頬を打とうと、平手を振り上げる。
碧の呼吸は荒い。重い風邪か、肺炎でも患ったかのようにひゅうひゅうと、咽喉を鳴らしていた。
「悪かったわ。ほんとに」
阿久里の、冷たい澄んだ瞳に、ほんのひとまたたきの間だけ、せつない色が浮かんだ。
ナイフをもう一振りすると、教室中の生徒、しょう子を除く全員、吊り糸の切れた人形のように、がっくりと動きを止めた。
「巻きこんでごめんね。必ず機会をつくって、説明するわ」
そう、しょう子に言い置いて阿久里は教室を出て行く。
それきり、学校に戻ってくることはなかった。
あれから数カ月経っている。
しょう子は一週間ほど入院生活を送ったあと、女学校を去った。
他の組に入る、という選択肢もあったのだが、しょう子はそれを振り払った。
心に傷を負ってしまった、ということもあるし、単純に怖かったこともある。
何せ、目の前で同じ組の人間がほぼ全員死んでしまったのだ。
一応世間では大騒ぎになっていたが、新聞も正確には報道していなかったし、学校も警察もきちんと事態を把握できていなかった。
しょう子も色々と聞かれたが、当然“何も分からない”としか言いようがなかった。
阿久里が、あの学校の生徒であったのは間違いないようだが、あれ以来誰にも行方がわからない。
彼女が、今回のことについて到底看過できぬ知識を有していることは、論を待たないところであるが、居場所がわからないことにはどうしようもなかった。
かくして、世論も事件のことを忘れかけた頃、自宅で療養していたしょう子の元に一通の手紙が届いた。
封筒に差出人の名前はなかったが、もちろんしょう子は誰から送られてきたものか、すぐにわかった。
自宅で読むのは何となく憚られ、両親に言って久々に外に出た。
菜の花の薫る川辺に腰を据え、しょう子は便りの封を開く。
思った通り、阿久里からのものであった。
丁寧な筆致で定型の挨拶、連絡が遅れたことへのお詫び、等が続いたあと、本題に入る。
狭山さま、さぞや恐ろしく不安な毎日でありましたでしょう。
これからお約束通り、あの事件についての真実をお伝えいたします。
お気づきのことと思いますが、狭山さまが転校してこられたよし、あの組で命ある生者でありましたのは、私だけでした。
それを画策いたしましたのは私でございます。
何ゆえそのような惨い所業に及んだのか、ご説明いたします。
結論から申さば、私は私の親友でありました、鈴本喜代子がいかようにして死んだのか、知りたかったのでございます。
狭山さまがあの女学校にお出でになる、少し前のこと。
私たちのクラスは、年に一度の行事でK山に行きました。。
私はこのような性質でございますので、一人集団を離れぶらぶらと、その辺りを散策などいたしておりました。
普通であれば、いつもこういう時喜代子が付き添ってくれるのですが、この日ばかりは何の運命の悪戯か、別行動をとっていたのでございます。
そろそろお呼びがかかる前に、と私は珍しく気を回し、みなの集まっているところに足を向けました。
お山の、少し開けたその場所に到着いたしました時、まったく驚くべきことが起こっておりました。
竹屋先生も、生徒たちも、狭山さまもよくご存じのあの方々が、みなぱったりとその場に突っ伏しておられたのです。
急いで応急処置など施し、たれか大人を呼ぼうと思ったのですが、私がその場に着いた時既に遅く、全員脈も呼吸も無くなっていたのでございます。
……そうだ、喜代子。
喜代子の死体がない!
私は半狂乱となって探しまわりましたが、見つかりません。
もしかしたら、喜代子だけは生きているのかもしれないと思い、薄い希望を胸に、その名を呼ばわってみたりなどしましたが、返事もありませんでした。
かくなる上は、と私は決心いたしました。
禁忌なるはんごんの術を用い、事の仔細と喜代子の行方を探ろうとしたのでございます。
このはんごんの術、みなさん勘違いしてらっしゃったのですが、我が校のサークル(もちろん薫子様が、最近主宰なさっていたサークルではありません。)で、研究いたしておりましたのは“半魂の術”。
つまり、死んだ生き物を生き返らせる、というような大それたものではなく、死んだばかりの身体に残っているいくばくかの魂を用い、死体を動かし喋らせるという、西洋でいうところの『死霊術』のようなものなのです。
元より自然の摂理に反しておりますれば、長続きは到底望めぬもの。
黄泉返り、などとはおよそ呼べぬしろものでありました。
とにかく私は、生ける死体となったみなさまに、こうなった事情を訊ねることとしました。
しかし、これがどうにも上手くいかないのです。
私の術が未熟なのか、みなさま死体となっているにもかかわらず、意のままに従わせる、ということがかないません。
みな半端に生前の意識を残してしまい、記憶も途切れ途切れになっております。
それでも苦労して聞きだしたところによりますと、どうもみなさま竹屋先生のお持ちになった食べ物、飲み物を口にしてお亡くなりになったようです。
竹屋先生に問い質しましても、どうしても口を割らないもので、運悪く食中毒か何かになりましたものか、故意に毒でも入れていたのかどうも判然といたしません。
それにこちらのほうはわかりましたものの、肝心の喜代子の居所はわからないままなのです。
万策尽きました私は、半刻ほど自分の足を使い喜代子を探し求めました。
すると運が良いと申しますのか、運が悪かったと申しますのか、とにかく喜代子を見つけることはできました。
半ば諦めてはおりましたものの、目にしたものはやはり、冷たい骸と化した喜代子の姿でございました。
既にこの世のものではないことについては、覚悟を決めておりましたが、その姿はあまりに痛ましく、惨たらしいものだったのです。
そのこと自体、私にとって辛く悲しいことだったのですが、それよりも困ったことがありました。
私の術は、死者のかたがたの身体を利用するものでありまするので、あまりに非道い状態ですと使えません。
簡潔に申しますと、喜代子の死骸は欠損甚だしく、半魂ままならぬものでありました。
いくら仲の良かった友達だとて、何の理由もなく術をかけて弄びはいたしません。
私は喜代子の死んだ事情を知りたかったのです。
他の生ける屍の方々は何もご存じないか、知っていても喋りません。
喜代子の口から聞ければ一番と思っておりましたのです。
それが叶わぬ今、どうするべきか。
思案しました結果、思いついたのがあれだったのです。
可能な限り半魂を強くかけ直し、幾日か学校で生活させるのです。
私もその中で過ごし、あの遠足の中でどうやって喜代子が死んだのかを突き止めようと思ったのでした。
私の半魂は、普通にかけますと虚ろな心で、動きも遅くぼそぼそと念仏のように語る木偶のような死骸が出来るだけなのですが、強くかければある程度、生前の記憶を受け継ぎ性格や行動を自動的に模倣いたします。
竹屋先生の骸にはちょいと細工をいたしまして、自死、他死の念慮は取り除いておきました。
そこに、時期悪くいらっしゃったのがあなたさまなのでございます。
その後は狭山さまも、ほぼ御存じの通りでありますので割愛いたしましょう。
なにゆえ、竹屋先生があのような凶行に及ばれたのかは、私にもわかりません。
ただ、喜代子を殺したのは先生だ、と確信いたしましたので、あの場で術を解いた次第でございます。
おそらく先生は、毒を飲ませ私の級友たちを殺害したあと、何らかの理由で死ななかった喜代子に何をしたのか感付かれ、大急ぎで殺したのでありましょう。
そのあと、ご自分でご自分の命に仕舞いをつけなすったものと思います。
御自害なされたのも、多分予定通りの行動だったのではありますまいか?
今となっては知る由もございませんが……。
のちのち私なりに調査いたしましたところによりますと、先生は重い病に罹っておられ、余命幾ばくもなかったよしであるとのこと。
きっとその辺りのことも、あの事件に関係いたしておりましたのかもしれませぬ。
蛇足ではありますが、私がこの術を習いましたのはあの女学校に入学してからきっかり一年間だけ、その後教職を辞された星葵という先生から伝えられたのでございます。
葵先生は学校の創立した当初、生徒であったかただそうで、ごくごく初期からのサークルの成員であられます。
先生たちが、はんごんなどに興味を持ったのは、元々葵先生が生徒だったころ、不審の死を遂げられた教師のかたがいらっして、その委細を知りたいと思ったからだとか。
思えばわたくしが唯一半魂を人間に使ったのも(誓って本当のことです。)、似たような理由からで、因果は巡ると申しますか、やはり人の性というものは変わらぬものでございます。
狭山さまも、あの学校から離れられたとのよし。
最早関係のないことではありますが、私が葵先生に半魂を習いました時は一対一で、それは丁寧に教えていただきました。
つまりその時点で、サークルには葵先生と私しかいなかったということで、葵先生の辞されてからは、私があのサークルの最後の一人だったのです。
私はこの秘術を誰にも伝える気はありませんでしたから、遅かれ速かれサークルは自然消滅していたのですが、いざ無くなってしまうとやはりうら寂しいような、せつないような、おかしな気持ちになります。
葵先生の申されていたことによりますと、この術を使いますには、厳しい条件の適性があるらしく、私はそれにぴったりであったそうです。(なんでも、古い道家の法に、西洋流のエッセンスを加えたものであるそうで、尋常一様のものよりも少しく複雑なのだとか。)
私の名前“阿久里”は、これ以上子を望まぬ時につける名である、といつか知りました。
その通り、私は子沢山の家の末の娘です。
葵先生のお話によりますと、これも半魂術を習い覚える際の、この上なく素晴らしい資質なのだそうで、どのような摂理に基づくものかはわかりませぬが、何やら星の巡り合わせのようなものを感じないではおられません。
このようなお話に、長々とお付き合いいただき、まことにありがとうございました。
どうぞお達者で。
あなたさまのお幸せを心より願っております。
しょう子は読み終わったあとも、しばし呆然としていた。
この世のものとも思われぬ内容に戦慄していたこともあったが、それよりも何やら哀切な情感が一気に噴きいでて、動こうにも動けぬ状態だったのである。
それは、泡のような感傷だった。
たった数日のこととはいえ、あの女学校での日々は真綿にくるんだ毒の針のように、柔らかに胸に突き刺さっている。
不意に、棗の面影が脳裏をよぎった。
胸が痛い。鼓動が、骨を砕いてしまうのではないかと感じる。
ああ、棗。
私と会った時、既にあなたは骸と成り果てていた。
願わくば、命あるあなたと……。
――おやめなさいな、無理な望みを抱くのは。
声が聞こえる。阿久里の。
あの時と違って、それはなにか、天から降ってくる声音のような……。
――死人たちの国は、うつつではない、夜の夢より儚い、手を伸ばしても届かぬ場所にある。
――河の向こうの、霧の国よ。思いを馳せても、決して報われぬ……。
川面には一匹の燕が、鮮やかな黒を閃かせ、滑るように翔んでいる。
しょう子は、蕭々と風の鳴る岸辺で、しばらく一人泣いた。
あれから月日が経ち、今ではしょう子も人の子の母となっていた。
既にあの事件は過去のものとなり、心に刻まれた苦痛もそれなりに克服している。
しかしそれでも、海老茶袴に白いリボンをはためかせ、学校から行き帰りする女学生たちの、瑞々しい姿を見るたび、ふと心に影の差すのを感じるのだった。
了
河霞 八花月 @hatikagetu
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