不快色彩

腹筋崩壊参謀

【短編】不快色彩

 宇宙のどこかに浮かぶ、命豊かなとある惑星。

 そこには、長年の進化の末、ワープ装置を備えた宇宙船で遥か彼方まであっという間に行動範囲を広げるほどにまで発展した知的生命体たちも暮らしていた。


 そして、この故郷の惑星から遠く離れた銀河にも、彼らが操縦する一隻の宇宙船が辿り着いていた。


「せんぱーい、そろそろ目的地に着くっすよー」

「了解。その辺で速度を抑えてくれ」


 少し軽い感じの後輩に温和な声で的確な指示を与えながら、先輩は座席の目の前に現れた立体文字の数々に真剣な、しかしその奥でどこか憎らしさも交えた眼差しを送った。

 その理由は、この2人が高速宇宙船を用いてわざわざこの場所へとワープを行った目的にあった。これから彼らは宇宙船に備わった巨大装置を使い、ある大掛かりな仕事を行う事になっていたからである。


「それにしても、先輩……」


 既に自分たちが為すべき事に対する覚悟を決めていた先輩とは対照的に、後輩の方は心の中にどこか躊躇する思いを残し続けていた。大好きな先輩の任務をぜひ手伝いたい、と志願したのは自分だが、いざこの場所へたどり着いてしまうと、どこか後ろ髪を引かれる思いがよぎってしまう――自らの思いを正直に告白した後輩に対し、先輩は優し気な表情を維持しつつもそのまま諦め混じりの溜息をついた。


「君のような事を言う人がもっとたくさんいたら、こういう判断は無かったと思うけどね……」

「えー、いたと思うっすよ?大概『クレーム』をつけるのって少数ですし」

「お、よく知ってるね後輩君」

「当然っすよ♪」


 2人の故郷の惑星では、以前から度々『クレーマー』の行動が賛否両論を巻き起こしていた。服装がその場にそぐわない、接客の態度が不快、映像描写がおかしい――勿論正当な理由があっての抗議もあったのだが、中には単に自分たちが気に入らない、不快だからと言う理由でいちゃもんをつけ、自分の感覚からその存在を消してくれと言わんばかりの行動を要請する声も存在した。そして大概の場合、そういう声を出すクレーマーと呼ばれる存在は、わざとその声を大きく見せかけたり、嘘をついてまで他者から賛同の声を集めたりして、自分の意見を押し通そうとしていた。


 今回、2人が辺境の銀河へ赴く羽目になったのも、まさにこのクレーマーによる声がそもそもの要因だった。目的地にある恒星系で開拓も兼ねた宅地開発が行われる事が決定した際、傍にあるとある惑星がとても不快で危険だ、と言う声が各地から挙がったのだ。そこから差し込む色彩の暴力がきっと自分たちに害を及ぼす、あの時と同じように凶暴な住民がいるはずだ――あれやこれや様々な理由が取り上げられた訳だが、その一番の要因が何か、先輩も後輩もよく知っていた。


「要は色がキモいって事っすよね……ったくスケールが大きいんだか小さいんだか……」


 そんなしょうもない理由で仕事が生まれるのもありがたいんだかあほらしいんだか、と本音を述べた後輩に、先輩は昨今の世間の動きを見れば仕方ないんじゃないか、と自分の思い、そして世間の風潮を告げた。1ヵ月ほど前に、別の惑星で様々な色彩で人々の心を乱して破壊衝動を引き起こし、思いのままに操るという厄介な怪獣が現れ、死者は出なかったが町に甚大な被害が出てしまったばかりである。人々が不快な色彩の暴力に対して過剰なほどに警戒心を持ってしまうは当然ではないか、と。


「それに、上層部が決めてしまった事だ。私たちが批判できる立場じゃないよ」

「まああれっすね、自主規制って奴」

「流石、後輩君は物知りだね」

「えへへ~」


 2人とも、所謂クレーマーの声は本当はごく少数である事をよく認識していた。だが、そう言った声が挙がったという事実の他、世間一般の情勢を気にした上層部は、最終的にその不気味な色の惑星に対して適切な対処を行う、という判断を下したのである。

 こういった過度な自主規制もまた、故郷の惑星で度々議論を呼んでいたのだが、ここまで来てしまった以上は仕方がない、早く覚悟を決めた方が身のためだ、と先輩は後輩を促した。しかしそれでもどこか微妙な表情を見せる後輩に対し、先輩は今回の目標となる場所の立体映像をもう一度じっくり見るよう命令した。きっと、その不気味さに後悔の念も無くなるだろう、と。


「え……み、見るんすか、あれを……」

「君はまだ悩んでいるんだろ?だったら一度その不快さを味わうのが最良の手段だ」

「……分かったっす……」


 軽口を発しつつも尊敬する先輩には逆らえない後輩は、その言葉に従いスクリーンに映し出された星を改めて見つめた。そこに浮かんでいたのは、彼らの故郷の星とは全く異なる、非常に汚らわしく気持ち悪い色で包まれた、目に入れたくない色彩の暴力であった。感情論で任せすぎるのは確かに良くない、と心の中で認識しつつも、それでもこのような不快なものはすぐに除去すべきだ、と言う人々の声、それに賛同した上層部の判断に賛成する心を抑える事は出来なかった。


 やっぱり、こんなのが自分たちの行動範囲である宇宙に浮かんでいるなんてどうかしてる。害虫と同じように、厄介なものは早いうちに消し去らないといけない――。


「それじゃ、早速頼む」

「了解っす、先輩……よし、こうなりゃ一思いにやってやるぜ!」


 ――そして、ようやく覚悟を決め、仕事人としての使命感を固める事が出来た後輩は、宇宙船に備わっている惑星除去装置のロックを解除し始めた。



 美しいに染まり続ける星の住民にとって不快にもほどがある、に包まれた惑星――そこの原住民が『地球』と呼ぶらしい星を、この宇宙から永遠に消し去るために……。

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不快色彩 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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