第13話
メイド長からメイドたちへ俺たちの対応の引き継ぎがされ、これから我が家となる部屋に案内された。
質素ではあるが、実家や
「結構、良い部屋だね」
「あぁ、俺たちにはもったいないくらいだ」
屋根裏か兵士用の詰め部屋に入ると思っていたけど、どういった訳か俺とフリオは相部屋だが、ディスハイン邸の一室を与えられた。
「正直な話、君たちは王子の客人という形になっているから、扱いに困っているんだ」
部屋を見て感想を述べていた俺たちに声をかけたのは、後で部屋に来てくれ、と言っていたアインだった。
「そんなに時間がかかっていましたか?」
「いや、そうではない」
メイドに案内されて部屋に到着。荷物を置いて部屋の感想を述べるまで10分と経っていないはずだ。
外で言われた、暴虐の魔女について急ぎの話があるのかと思ったけど、アインの雰囲気を見る限りそうでは無いようだ。
「私の部屋に、イストーカ様が来ていたんだ。あまりおかしな話はしたくない」
「あぁ……」
「うわ……」
イストーカという名前を聞いて、俺とフリオは呻いた。その反応を見たアインは苦虫を噛み潰したような顔で俺たちを見たが、決して怒るようなことはしなかった。
むしろ、呻いたことで自身が
アインがいったイスカート様とは、このままいけば将来アインの奥様となる人物だ。怜悧聡明であり、冷たい見た目をしているにも関わらずいざ話してみると人懐っこい笑みを浮かべる。
お陰で男性から声をかけられることも多く、アインの悩みの種でもあった。
俺はそうでもなかったけど、フリオはよく声をかけられていた。たぶん、好みの見た目をしていたんだろう。
しかし、俺もフリオもイスカート様のことは苦手だった。あれは、蛇だからだ。しかも、根っからの。
魔王軍侵攻が始まってからもその性格は直ることなく、結果は――まぁ、あの通りだ。
「だから、私の部屋では話せない。重要なことだからな」
アリル王子や俺たちが、知ることのない未来のことを知っていて、それについて調べているといっても他人からしてみれば気が狂った奴の戯言だ。
イスカート様はディスハイン家よりも格上の家格なので、こういったことは聞かれたくないんだろう。もちろん、俺たちだって聞かれたくない。
「それで、初めの話にもどるが、残念なことにアリル王子や君たちが言う『暴虐の魔女』は見つけることができなかった」
見つけることができなかった、と言われても俺もフリオも、それほど落胆することはなかった。
魔女――魔法使いと言う存在は数が少なく、またその
町に住んでいる魔女は国が手厚く保護している魔法使いか、力が弱く外の世界では生きられない――裏を返せば戦争で役に立たない者だ。
ただし、町に常駐する薬師としての仕事があるので、問題なく馴染めている。
「だからと言ってはアレだが、君たちにも『暴虐の魔女』に関しての情報が欲しい。今は王子からの情報だけで探していているだけだからね」
もちろん、暴虐の魔女捜索は俺たちの、対魔王戦に際しての
とはいっても――。
「協力したいのは山々だけど、俺たちが知っている情報は王子が知っているものと大差ないからな」
俺がフリオを見ると、同じことを思っていたのかフリオは残念そうに肩をすくめた。
「それでもいい。些細なことでも、それがいつかは重要な情報となる。精査はこちらでするから、今は
それならば、と俺たちが暴虐の魔女に初めて出会ってから、不死の呪いを施され、その後別れるまでを詳しく話した。
だが、そこで初めて――俺たちにも初めて知る事実が分かった。それは、暴虐の魔女本人のことについてだ。
「暴虐の魔女は、銀髪の綺麗な髪をした、20代くらいの女性だった。知的ではあるが、薄幸そうな雰囲気があって、あまり近づこうと思わないタイプだ」
「はっ? どういうこと?」
「なに?」
俺が暴虐の魔女について話していると、フリオが驚いた様子で声を上げた。
「暴虐の魔女が20代くらいの女性だって? どういうこと?」
「どういうことだ、って……。フリオも一緒に見ていただろ?」
「いや、そうだけど……。でも、僕が見たのはくすんだ長い茶髪を縛った、死にかけのばーさんだったよ。飯を食わしてくれた時も、『手が痺れて動かし難い』って言っていたから、僕とユウトで鍋を混ぜたり配膳の手伝いをしたじゃないか」
「魔法実験の失敗で怪我をして、その後遺症だろ? こういっちゃなんだが、俺は鼻が利く。あの時に嗅いだ暴虐の魔女の体臭は老婆のそれじゃなかった」
言い合う俺たちを、アインは静かに黙って見ていた。俺もフリオも互いに嘘や見間違いではないと主張しているので、どちらの話が本当か決めかねているようだ。
だが、俺もフリオもすぐに理解した。俺たちが言っていることは、多分、どちらも正解だ。相手は魔女なのだから、自分の姿形をどうとも見せることができる。
臭いまでは誤魔化せないと思っていたが、魔女はそこまで甘くないらしい。
「アインさん。アリル王子はなんて言っていましたか?」
「王子が言っていたのは、金色長髪で若返りを繰り返している魔女だったそうだ。年齢を聞いたら130歳と言ったそうだ」
ものの見事にバラバラだった。
暴虐の魔女は自らの身を守るために、自身に姿を偽る魔法をかけていたんだろうけど、こんな変則的な不死の呪いをかけたんだから、本当の姿くらい教えておいてほしかった。
「しかし、見つからないとはいっても、ただ単にまだカウセス王国に来ていないだけかもしれない。魔王軍が侵攻を開始するまであと4年ある。多分、それまでには暴虐の魔女もこの国に来るだろう」
「そんな悠長なことを言ってて良いんですか?」
この中で魔王軍侵攻の恐ろしさを知らないのはアインだけだ。知らないからこそ、魔王に対してこれほど悠長なことをいっていられるのだ。
「確かに、君たちにとって私の言葉は悠長に聞こえるだろう。しかし、この国に居ない人物の捜索と言うのはまず不可能と思ってくれてもいい。国を挙げての捜索であれば、国を名乗り他国へ捜索願いを出すこともできるだろうけど、アリル王子は成人もしていない第四王子だ。発言力など、残念ながらない」
そこまでアインが語ることで、俺たちは自分たちが熱くなっていることを恥じた。
アインは、アリル王子や俺たちの荒唐無稽な話を聞き、ディスハイン家に迷惑をかけないように俺とフリオの捜索と暴虐の魔女の捜索をやっているのだ。
それと同時に、イストーカ様の家から不審に思われないようにも動かなければいけない。もし魔王が来るからそれを倒すために必要な人材を探している、と話が広がってしまえば、それはアインだけではなく、ディスハイン家の問題にまで発展してしまう。
そんな状況で、彼は動いてくれているのだ。
「焦る気持ちは分かるが、私たちも頑張って探している。待て、と言われて大人しく待っているのもつらいだろうが、今は大きな動きはしないようにしてくれ」
「分かりました。すみません」
喰いつかれると思っていたのか、大人しく下がった俺たちを見て、アインは目を丸くした。
「それに、この国に住む魔女に頼んで、『献身の魔女』に帰って来てもらえるようにことづけをお願いした。彼女であれば、何か分かるかもしれないからな」
献身の魔女は、その名しか聞いたことが無い。魔王軍侵攻時に、その名の通り献身的な活動をしていたことで有名だった。
しかし、首都を落とされるときに集まっていた負傷者や難民を逃がすために魔王軍から人々を守る盾となり消滅した。
俺は一度も会ったことが無く、話しか聞いたことがなかったのでこの国に来てくれるのがちょっと楽しみだった。
「今後の方針は、献身の魔女が来て話を聞いてからになる。それまでは王子から別命あるまでこの家で訓練に励んでくれ」
「「はい」」
俺とフリオは返事をしたが、フリオはまだ怪我があるので訓練が始まるのは、まだ少し先になるだろう。
戦占たる者どもの道しるべ いぬぶくろ @inubukuro
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