第12話

 執事のエルケンスは仕事があるとのことで、メイド長のアリッサが俺とティーダの試合を見届けることとなった。

 ディスハイン家の、ティーダと共に訓練をしていた兵士から棒に布が巻かれた訓練用の槍を受け取ると、具合を確かめるために二、三回振り回して具合を確かめた。

「慣れてるじゃない? 誰に教えてもらったの?」

 お父さんかしら、と疑問をぶつけてくるティーダに対して、俺は笑顔で答える。

「軍団一の暴れん坊・・・・から教えていただきました」

 未来むかしであれば、ティーダをこの名で呼んだ瞬間にゲンコツが飛んできたが、今はまだこの名で呼ばれていないので、ティーダは不思議そうな顔をするだけだった。

「軍団ってどこの? カウセス王国じゃないわよね? 君って、他の国の子?」

「いえ、生まれも育ちもカウセス王国です。ちなみに、今のところ村の外に出たのはこれが初めてです」

 さぁお話は終わり、と告げる代わりに一歩強く踏み出し、槍を構える。

 俺の無言の宣言をすぐさま理解したティーダは、俺よりも激しい動きで槍を振り回すデモンストレーションをしてから槍を構えた。こういった張り合うのは、昔からだったようだ。

「槍の覚えは多少あるようだけど、切っ先が少し上がり過ぎよ」

「おっと……ありがとうございます」

 自分よりもずっと大きな化け物を相手に戦ってきたので、それようの構えが身に沁みついてしまっていた。人間相手は久しぶりだったので、これは注意しなければいけない。

「次は無いわ」

「もちろん」

 再び構え直して、始まりの合図を待つ。合図を出すのはフリオだ。

「よし、良いな?」

 俺たちの準備が整うのを待っていたフリオは、慣れた様子で仕切り始める。

 互いに油断なく睨み合っていることを確認したフリオは腕を上げ――。

「始め!」

 ――振り下ろした。

「ゼァッ!」

「フンッ!」

 初手は、互いに互いの懐に潜り込む戦法だ。槍で戦うためのセオリーなど無視した、蛮法だ。

 金属を使用していない、棒に布を巻いた訓練用の槍は打ち合っても、カコッカコッ、といった気の抜けるような音しか出ない。

 しかし、今回はそんな音すら出さずに終わらしてやろうと思う。

「ハッ!」

 息を吐くと共に、ティーダは刺突を放った。未だ発展途上ということもあるだろうが、俺の知る全盛期のティーダとは比べものにならない優しい刺突に、申しわけないがここを狙うことにした。

 ぼうに紐を絡めるように、ティーダの突き出される槍に俺の槍を絡めていく。

 互いに突き出している槍の速度は倍以上となっているが、そこを上手く突けば相手は自分の槍が巻き取られているように錯覚する。

「くぅっ!?」

 巻き付きだした俺の槍を振り払おうと、ティーダは自分の槍を爆ぜさせるが、この瞬間こそ俺が起こしたかった動きだ。

「貰ったッ!」

 相手の槍を爆ぜさせる動きに合わせ、俺も槍を叩き上げた。元から槍を激しく動かしていたティーダの槍は、俺がさらに叩き上げることでリカバリー不可能なくらい、的外れの方向へ飛んだ。

「あっ……」

 まさか、体の小さな田舎の子供である俺に、これほどの動きが出来ると思っていなかったのか、ティーダはあらぬ方を向けられた・・・・・槍を見て、間抜けな声をだした。

「ぐおぉぉぉぉっ!」

 俺は持つ槍を反転させると同時に、槍の石突き側からティーダの脇に柄を挿しこみ、そのまま引っ掻けるように投げ飛ばした。

  ドタ、と予想以上に持ち上がらなかったので、投げ飛ばすというよりすっ転ばすといった表現がしっくりくる終わりとなった。

 地面にこかされたティーダは、自分がどうなっているか分かっていないようで、目を丸くして俺の方を見ていた。

 ティーダ本人と同じように、遠巻きに俺たちの様子を見ていたディスハイン家の兵士たちも目を丸くしてこちらを見ている。

「勝者、ユウト」

 そんな中でも、フリオは初めから勝敗が分かっていたように、今この状況を特に気にした風もなく淡々と試合の終わりを告げた。

「ユウト、スゴっ……」

 予想以上の出来事だったのか、語彙力が低くなったヨウリが小さく、ティーダに聞こえないように呟いた。

「えっ……? あっ……? えぇっ!?」

 今もなお状況が呑み込めないティーダは、間抜けな声を出しながら立ち上がった。

「君、凄いね。教えてくれた先生って、何て名前?」

 教えてくれたのは目の前に居る――未来のティーダなんだけど、どういったらよいのだろうか?

「あ~、なるほど、なるほど。教えないつもりね?」

 答えに苦慮していると、ティーダはニヤニヤと笑いながら立ち上がり、体をはたいて付着した砂を落とした。

「型が私に近いものを感じるね。流派が近いと思うのよね。この歳でこれだけ使いこなすことが出来る技術ウデがあるなら、結構有名になっているはずなんだけど……」

 ティーダの師匠は、カウセス王国第7団騎士隊の隊長である、ボルクス騎士隊長だったはずだ。名前しか聞いたことがない存在だが、武勇に事欠かない人で、その中でもティーダに槍を教えたことが自慢だった――というのを、ティーダは常々俺に言っていた。

 ボルクス某は死ぬまで会うことはなかったが、今のティーダと戦えばボルクス氏の動きが手に取るように分かる気がする。

 まぁ、未来のティーダを見る限り、基本はボルクス氏に教えてもらった型だったけど、自分の考えで結構変えていたんだな、というのが分かる。

「ボルクス騎士団長から、ちょっとだけ教えてもらったりしてた?」

「その方に師事された人の元で覚えました」

「なるほどねー。なら、私の弟弟子でもあるわけだ」

 それがよっぽど嬉しかったのか、ティーダは豆だらけだが女性らしい手で俺の頭を撫でまわした。

 未来むかしは、俺の方が10センチくらい高かったけど、今は20センチほど俺の方が低い。好き勝手撫でられてしまうのは仕方がない。

 元からくちゃくちゃだった髪を、さらに無造作に撫でまわし滅茶苦茶にしたところで気がすんだのか、やっと離してくれた。

 そして、ティーダは近くに控えていたメイド長を呼ぶ。それとほぼ同時、遠くから激しい馬蹄の音が響いてきた。

 既視感を覚えながらそちらを向くと、アリル王子を王宮まで送っていったティーダの兄、アインが部下を引き連れて全速力でこちらに向かい駆けてきていた。

 ティーダの時と同じような騒がしさだが、さすがに王子のそば仕えになったからか元からの性格なのか、ギリギリまで全力疾走してくるようなことはせず、途中から速度を落としながら俺たちに近づいてきた。

「ユウト! 無事か!?」

「ちょっと兄さん! それって酷いんじゃない!?」

 エルケンスを見ても思ったけど、ディスハイン家でのティーダは腕白で通っているようだ。さすが、暴れん坊の二つ名がつけられただけある。

「はい、大丈夫です。たった今、稽古をつけてもらっていたところです」

「稽古だ? 客人――いや、まぁ、この子らを客人といったらおかしいかもしれないが、それでも遠くから来た人間を玄関前で捕まえて絡むのは、ディスハイン家の者として相応しくない」

 乗っていた馬を部下に預けると、アインはティーダに向き直った。

「前々から言っているように、お前はディスハイン家の者としての自覚が足りていない」

 そんな言葉に、ムッ、とした様子でティーダは返す。

「それは、兄さんも同じでしょ? 何とは言わないけど」

 仲が悪いような感じはないけど、いつも小言をいわれているのか、ティーダは辟易とした様子でアインを見た。

 それに対してアインも何か言い返すかと思ったが、これ以上言うと言い合いになると思ったのか、しかめっ面をするだけで終わらせた。

「どうせ、お前ティーダの方が負けたんだろ」

「うぐっ!?」

 俺とティーダの会話途中で乱入してきたアインは、先ほどの試合を見ていないはずだ。それに、どちらも模擬槍を持っているだけで体のどこも汚れていないので、普通の人なら今から始めるのか、と思うはずだ。

「自分から勝負を吹っかけておいて負けるとは、何とも無様な奴だ」

「だって、田舎の子だと思ったら予想外に強いんだもん! お兄ちゃん、この子、どこから連れてきたのよ!?」

「山の向こうからだ。それに、聞いていないかもしれないが、この子たちはアリル王子の友人だ。馬鹿なことをすれば、すぐに耳に入るぞ」

 さすがに、アリル王子のそば仕えとなったことで、その王子の機嫌を損なうことでディスハイン家がどうなるか理解できるようだ。

 ティーダは困ったような顔をして、不気味に揺れる人形のような動きで俺の頭を撫でてきた。

 今回は先ほどとは違う、気持ちが悪いほど優しい手つきで撫でてくる。その上、「後で美味しい物を買ってあげるから、悪いようには言わないで」と耳打ちしてきた。

 俺の記憶にある、強くて傍若無人だったティーダの姿がガラガラと崩れ去っていくのを感じだ。そりゃ、あれは魔王軍が侵攻してきてからの姿だから、安全な今と違うのは当たり前だけどさ。

「とりあえず、フランシス。この三人に部屋をあてがってくれ。それと、湯あみをさせてやってくれ」

 フランシスと呼ばれた、俺とティーダの試合を見ていたメイド長は、アインに恭しくお辞儀をした。

「それと、ユウトとフリオ。探し人・・・について話したいことがあるから、後で私の部屋に来てくれ」

 その言葉を聞き、俺だけではなくフリオの気配が変わった。


 俺の――俺たちの今の探し人は、俺たちに変則的な不死の呪いを施した暴虐の魔女のことだ。

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