妄想男のラブコメ物語その1

夢野天瀬

クリスマスは妄想全開で乗り越えろ


 木枯らし吹く街は、今やそんな風など温風に変えるかのように、きらびやかにいろどられている。

 そのさまは、あたかも今日と明日の二日間の幸福感を加速させるかのように、人の心へと訴えてくるのだが、必ずしもそれを見て幸せを感じるとは限らない。

 そう、今日この時、寒々とした曇り空の下でクリスマスケーキの売り子を遣っている俺としては、二度と来て欲しくない出来事だ。


「ちっ、雪まで振って来やがった......ホワイトクリスマスだと!? くそっ、こっちはホワイトアウトしそうだぞ!」


 まるでこの日のために用意したかのように、チラチラと雪が舞い降りてくる。


 それを見て溜息......いや、悪態を吐く俺は、行き交う人々に白眼を向けている。

 何故ならば、目の前を歩く人々が皆いつもよりも五割増しで幸せそうに見えるからだ。いや、カップルで歩く若者たちは、チラつく雪を見て十割増しで幸福感を放出させているように思う。


「ちぇっ、こちとら一年の中でバレンタインデーとこの二日間だけは悪夢だつ~のに......」


 そんな愚痴をこぼしつつも、カクヨムと書かれた大きな看板を掲げた店舗からジングルベルの音楽が流れる中、右手に持ったベルを鳴らしながらケーキを売る。


 くそ~! なにがジングルベルだ! 俺なんてシングルベルだっつ~の! つ~か、なんでケーキ屋の名前が『カクヨム』なんだ?


 そろそろ夕暮れも近付き、周囲は暗くなってきたところで、悪態を吐く俺に店舗から声が掛かる。


一道かずみち、今日はもういいぞ。お前も彼女と楽しく過ごしたいだろう」


 店主......いや、叔父が俺に気を使ってそう言ってくれるのだが......彼女なんていね~よ。


 そう、高校生イコール彼女と幸せな時を過ごす年代と思っている叔父は、うちの近所でケーキ屋を営んでいる。

 その所為で、毎年クリスマスになるとケーキの売り子を頼まれるのだ。

 俺としても、今日は土曜日で学校が休みだし、アルバイト代を貰えるとあって、二つ返事で了承したのだが、決まってこの時間になると人の幸福が己の不幸のように思えてくる。


 まあ、それは良いとして、今更以いまさらもって彼女なんて居ないとも言えない俺は、黙ってアルバイトの子と交代する。


 寒空の下からそそくさと店舗内にある控室へ戻り、赤と白で彩られたサンタ服を脱ぎ捨て、ジーンズにセーターといったありきたりの装いへとクラスダウンする。


 まあ、サンタ服が好きだという訳でもないので、このクラスダウンは望む処だ。


「一道、お疲れさん。明日はバイトの子でなんとかなりそうだから、手伝いに来なくてもいいぞ」


「りょうか~い。てか、叔父さん、全然売れてないけど、店は大丈夫なの?」


「う、うっせ~~! これでも予約と常連客で結構売れてるんだ! バカ野郎!」


 俺自身が朝から働いて二十個程度しか売っていないので、大きなお世話と知りつつもその事に言及すると、叔父は悪態を吐きながら手を差し出してきた。


「ほれ、これを持ってけ!」


「いいの? 売り物だよね?」


「構わね~よ。どうせ最後は残るんだ」


 大きなケーキの箱を突き出しながら、叔父はさり気なく愚痴を溢した。


 おいおい、この店、長くないんじゃないのか? まあいいや、くれるという物は貰っておこう。


「叔父さん、ありがとう」


「おうよ! 彼女と一緒に食べてくれ」


 だから、彼女なんていね~つ~の。もし居たら、こんな所でバイトなんてしてね~よ。


 心無い言葉にグサリと胸をえぐられながらも、ケーキを受け取って帰る準備を始める。


「じゃ、叔父さん、また正月には来るからお年玉を用意しといてね」


「バカ野郎! 来なくていいぞ!」


「良いお年を~~」


「ああ、お前も楽しく遣りな!」


 この愉快な叔父さんのことは大好きだけど、若者は恋人が居て当たり前という持論を何とかして欲しいものだ。

 なんといっても、世の中にはそれに当てまらない者の方が多いのだから。


 そんな事を考えつつ店を後にし、近くのスーパーで弁当を買って帰る。


 スーパーではクリスマスチキンが山のように積まれていたのだが、あれを見ると俺だけでは無く、ニワトリにとってもクリスマスは傍迷惑はためいわくな日なのかもしれないと思えてくる。

 まあ、クリスマスが無くても日々の食卓に欠かせない食材だから、それを哀れと思うのは偽善ぎぜんかも知れないが、今日この時ばかりは同情してしまうのもむ無しだろう。


 結局、ニワトリに同情した俺は、鳥肉の入っていない弁当を買い、ケーキと弁当を両手に持って帰路についた。


 親しみのある歩き慣れた道を進んでいると、突然、可愛い少女が前からぶつかってきた。


「きゃ!」


 なんで、こんな何も無い真っ直ぐな道でぶつかって来るんだ? てか、尻餅を突いてM開脚だし......これはサンタからの送り物か?


「あ、あの、大丈夫?」


 スカートの間からパンツをチラつかせた少女に声を掛けると、彼女は慌てて脚を閉じてほおふくらませている。


「あの~、見た?」


 それが白いパンツの事なら肯定だ。でも、それを素直に口に出来ないのも男というものだ。


「なにを?」


 一応、すっとぼけてみた。ところが、彼女は顔を真っ赤にして問い詰めてくる。


「見たよね? 絶対見たよね? 責任とってよね」


 ふむ、どうやら責任を取らないといけないらしい。それは望む処だ! これでシングルクリスマスから解き放たれるのなら、喜んで責任を取ろうではないか。


 瞑目しつつそう思うのだが、次に瞼を開いた時には、俺の眼前に少女どころかおばさんすら居ない。

 そう、その出来事は全て俺の妄想の産物なのだ......


「くそっ! またやっちまった! 脳内で妄想力が分泌し過ぎるんだよな~~」


 今や伝家の宝刀となりつつある俺の妄想は、もはや留まるところを知らない。

 授業中でも、歩いていても、トイレにいても、風呂に入っていても、飯を食っていても、いつ何時なんどきも脳内に妄想力が分泌して、いつの間にか俺ワールドにひたってしまうのだ。


「まあ、今日はクリスマスイブだし、しゃ~なしだな」


 何がしゃ~なしかは解らないが、何時もよりも十割増しで妄想が加速しているような気がする。

 まあ、彼女イナイ歴十七年の俺としては、これでも多少は抑えているつもりだ。

 それに、家に帰っても誰かが居る訳では無く、クリスマスを一緒に祝う者も居ない。

 というのも、お袋は俺が幼い時に他界し、親父は仕事が忙しいのか夜遅くに帰ってくる。

 故に、クリスマスを祝うという行事は俺の中に一ミリも存在しないのだ。そして、そこに在るのは何処までも広がる妄想だけなのだ。







 あれから、もう五回ほど女性との遭遇を妄想し、気が付くと家に辿り着いていた。

 この家は、俺が生まれる時に親父が死ぬ思いで購入したらしいのだが、今や俺と親父二人住まいとなり、その様相も何処か寂し気に感じてくる。


 そんな家の門を抜けて玄関に向かうと、庭に見知らぬ姿を発見した。


「あれって、鹿? いや、トナカイか」


 そう、そこには立派な角を生やしたトナカイがいたのだ。

 まあ、トナカイと鹿の違いを知らない俺に取っては、今日がクリスマスイブだからトナカイだと感じただけなのだが......


『トニー! トニー!』


 おいおい、まさか、それがトナカイの鳴き声では無いだろうな!


『トニー!』


 もしかして、このトナカイの名前か? てか、何故、トニーに聞こえる? まあいい。目を瞑れば消えるだろう。


 妄想が行き過ぎて、そろそろ幻覚が見え始めたかと恐怖した俺は、透かさず瞑目して再び目を開ける。

 すると、物の見事にトニーは消えていた。


「あぶね~! とうとう幻覚や幻聴が起こり始めた。いい加減にしないと現世に戻れなくなるぞ」


 己の妄想力におののきながら、首を振って家に入り、キッチンへと行く。

 持っていた荷物をドサリとダイニングテーブルの上に置き、このケーキをどうするかと思案する。

 というのも、俺は甘い物が苦手だ。更に言うなれば、アツアツカップルの甘ったるい遣り取りも大っ嫌いだ。


 まあいい。オヤジが処理するだろう。


 奥の手の『オヤジ任せ』を発動させ、スーパーで買って来た弁当を取り出す。


「くそっ! なんで弁当までクリスマスの装飾なんだ? クリスマスと全く関係ないだろう。だって、これは豚キムチ弁当だぞ? イエスがしかめ面で鼻を摘まむぞ?」


 何故か、赤白や金色で彩られた弁当の蓋を眺めつつ悪態を吐き、それを電子レンジにぶち込む。


「おお! これだぜ! もっといけ!」


 電子レンジの中で、装飾が黒く変色するのを満足げに眺めつつ、意味も無い歓声をあげる。

 それでも、不快感が三十パーセントくらいは解消されたと思う。


 その事でやや気分を良くした俺は、電子レンジの「いっちょあがり~」という音を聞き付けると、弁当を取り出し誰もいないダイニングテーブルで寂しさや虚しさと戦いながら豚キムチを腹にぶち込む。


 てか、なんで俺に彼女がいなんだ?

 別に、見た目が悪いという事は無い筈だ。

 身長はそれほど高くないが、太っている訳では無いし、腹が出ている訳でもない。

 況してや、頭が悪い訳でも、口が悪い訳でもない。

 それに、体臭がキツイということもないし、口臭は......ヤバイ、豚キムチは臭いかも......



 口臭をきにしつつも残りの飯を平らげ、食後にしっかりと歯を磨いて自分の部屋に入ると、そこには巨大な箱が置かれてあった。

 それは、恰もクリスマスプレゼントを強調するような色彩と派手なリボンが取り付けられていた。


「なにこれ? てか、デカいぞ! 人が丸々は入れるんじゃないのか?」


 その箱に驚きつつも、ゆっくりと近寄ると前面に紙の札が取り付けられていた。


「なになに、この紐を引いて下さい? まさか、爆発したりしないだろうな」


 何が起こるか解らない状況に、如何したものかと思案したが、ここはお約束とばかりに乗るしかないだろうと判断する。


「これを引けばいいんだな」


 金色の紐を握り締め、いつでも逃げられるような体勢......いや、へっぴり腰で紐を引く。


 すると、その箱が如何いう造りになっているのかは知らないが、つぼみだった花が咲き誇るかのように開いた。


「えっ!?」


 箱が開いて何事も無かったのは良いのだが、俺はそこに在ったものを見て凍り付く。


「夢野君......メリークリスマス!」


 そう、そこにはクラス一の美少女、天川春奈あまかわはるながいたのだ。

 それも......裸リボン姿......ぬほーーーーーー!


「あ、天川、如何したんだ一体......その姿は?」


 抑々が胸の大きい天川が裸リボンなのだ。下乳が完全に見えているし、下半身も紐パン状態だ。

 そんなセクシーダイナマイト天川春奈に、俺は事の次第を尋ねてみた。

 すると、彼女は恥ずかしそうに身体をよじりながらボソボソと声を漏らした。


「あ、あの、今日はクリスマスイブだし、夢野君に喜んで貰おうと思って......でも、恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないでね」


 駄目だ! これは鼻血ぶーだ。 出血多量になる程の鼻血ぶーだ!

 いや、これは妄想の産物......目を瞑れば消えてしまう......ああ、ダメだ。瞬きしそうだ......ああ......


 思わず目を瞑ってしまい、その事を後悔しながら恐る恐る瞼を開く。


「はぅ......今世紀最大の妄想だったのに......」


 そう、それは考えるべくもなく妄想だった......

 大体、こんな事が起こり得る筈がないのだ。


「それでも、今夜は今ので三発は逝けるな」


 今夜のオカズの事を考えながらも、肩をガックリと落とした俺は、自分のベッドにドッカリと腰を下ろす。


「ふぐっ!」


「うぁ!?」


 誰とも解らない呻き声が上がると共に、ベッドに乗せたお尻がおかしな感触を伝えて来て、慌ててベッドから離れる。


「だ、だれだ!」


 ベッドの盛り上がりを見て、思わず誰何の声をあげると、俺の常用している掛け布団が宙を舞った。

 次の瞬間、そこには白いひげを長く伸ばし、全裸に赤に白縁のビキニパンツを穿いたマッチョ爺さんが立っていた。


「ふぉふぉふぉ、メリークリスマスじゃ! 若くてピチピチの男の子に幸せなお届け物じゃ」


 いやいや、超絶気持ち悪いんだが......


「てか、お前は誰だよ!」


「ワシか? ワシはゲイリーサンタクロースじゃ」


「はぁ? サンタ? てか、名前が怪しい......」


「何を言う。ワシは若い男子の味方じゃぞ?」


 見るからに怪しい爺さんなのだが、己の事をサンタだという。


 いや、それにしてもマッチョ過ぎるし、なんで男子限定なんだ? もしかしてゲイリーって『ゲイ』から来てるのか? まあいい。聞きたい事は他にある。


「爺さん、どこから入り込んだんだ?」


 そう、玄関にはきちんと鍵が掛かっていたし、進入路なんて無い筈だ。


 ところが、爺さんは自慢げに言い放った。


「ワシはサンタじゃぞ? どこでも入れるに決まっているのじゃ」


 いやいや、今時、そんな言葉なんて幼稚園生でも信じないから......


 そう考えつつも視線を窓に向けると、そこには閉ざされた窓があった。

 しかし、鍵部分にはビニールテープの残骸が残り、物の見事にガラスを割られていた。


「バカ野郎! 唯の器物破損と不法侵入じゃね~か! この糞ジジイ!」


「ふぉふぉふぉ、サンタに不法侵入等という罪はないのじゃ。ワシの存在する場所は常に治外法権なのじゃ」


「嘘コケ! 糞ジジイ! さっさと出て行け!」


 頭のおかしいジジイを叩き出すために、俺は鍵部分だけが割れたガラス窓を開けて、ジジイに言い放ったのだが、ジジイは全くお構いなしに両手を広げて飛び掛かって来た。


「ふぉふぉふぉ、恥ずかしがることはないのじゃ、ワシがクリスマスプレゼントをやろう。それもぶっといのをガッツリとな」


 ぐはっ! こ、こいつ、俺を掘る気だ! ヤバイ、俺の貞操の危機だ!


 その危機感が働いた時、俺はスーパーカズミチと生まれ変わった。


「死んで来い!」


 飛び掛かってくるゲイサンタに回し蹴りをぶち込む。

 そう、俺は中学三年まで空手をやっていたのだ。

 しかし、マッチョの糞ジジイはそれを受けてよろめきはすれど、倒れる事は無く嬉しそうな表情で声を発した。


「ぐほっ! やるのう。なかなかい奴じゃ」


 くそっ! 愛い奴じゃね~! 死ねばいいのに!


 涎を撒き散らし白いひげを涎だらけにした糞ゲイサンタは、再び襲い掛かって来るのだが、透かさず回り込んで蹴りを見舞うと、更に正拳突きの連打を喰らわせて最後に中段蹴りを叩き込んだ。


 恐らく、これでも倒すことは出来ないだろうが、運良く糞ジジイは開かれた窓から落下してくれた。


「ふぅ、これでよし! てか、怖い世の中になったもんだよな~」


 気持ち悪い変態サンタを叩きたし、一息ついた処で悲鳴が轟いた。


「きゃーーーーーーーーー!」


 その声で慌てて窓の外を見ると、一人の少女が尻餅を突いている。

 その前には窓から落下したビキニパンツ一丁の変態サンタが転がっており、彼女はその変態の落下に巻き込まれそうになったのだと推測できた。


 それを見た俺は慌てて、階段を下りて玄関を抜けて外に出ると、恐怖に打ち震える少女の下へと向かう。

 しかし、俺の脚は彼女を前にして固まってしまった。


 超絶可愛い......超スーパーウルトラスペシャルストライクだ!


 これが俺と彼女のは初めての邂逅かいこうだった。







 座り込んでいる少女は、歳の頃からいうと中学生くらいだろうか、恐らくは俺よりも三つ四つは年下だろう。

 それなのに、厚着でも分るほど胸が膨らみ、スタイルも細からず太からず、ルックスもぱっちりした瞳が印象的な芸能人と見紛う程に可愛い少女だった。


「だ、だ、大、丈夫か?」


 思わずカミカミになってしまったが、それでも少女に手を差し出して声を掛けると、彼女は驚いた表情をこちらに向けたかと思うと、ゆっくりと頷いた。


「だ、だ、大丈夫です。ありがとう」


 彼女はそう言って俺の手を取って立ち上がると、続けて問うてきた。


「こ、これは、なにですか?」


 これとは、恐らくアスファルトの上に転がっている変態サンタの事だろう。

 故に、そのまま答える。てか、俺も詳しくは知らないのだ。


「変質者だ! 君も気を付けた方が良い」


「は、はい。ありがとう」


 彼女はキラキラした瞳を俺に向けて礼を言ってくる。


 ぬは~~~~! めっちゃ可愛い~~~~! って、妄想じゃないよな?


 俺は今日何度目かも解らない妄想かと思い、恐る恐る瞑目した後に再び瞼を開く。

 しか~~~し! 彼女は消えなかった。残念なことに変態サンタも消えなかったが......


 ぬおーーーーーーーーー! キターーーーーーーーー!


 とうとう訪れた女性との縁に、爆発する程の歓喜の声を心中で叫ぶ。

 そんな俺の心境を知る事のない少女は、首を傾げたままこちらを見ているのだが、その時、更なる出来事が生まれる。


「うがっ! 若者よ! その悪魔から離れるのじゃ。女は悪じゃ! 魔物じゃ! 近付いてはならぬ」


「いやいや、お前こそ近付くなよ」


 アスファルトに転がっていた変態サンタがのそりと起き上がると、俺に向けて注意を喚起してきた。

 しかし、俺的にはゲイよりも女の子の方がいいに決まっている。

 因って......


「お前こそが悪だ!」


 その言葉に、一瞬悲しそうな表情をした変態サンタだが、どうやら自分の信念を曲げるつもりは無いようだ。


「さあ、若者よ、こちらに来い。ワシが可愛がってやるのじゃ」


 変態サンタのあまりの執念に恐怖を感じて、俺は思わず大声を張り上げた。


「お巡りさ~~~ん! 変質者はここで~~~~す!」


「くっ、くなる上は......」


 ところが、奴は覚悟を決めたのか、行き成り襲い掛かって来た。


「きゃ!」


 すると、それを恐れた少女が俺に抱き付いてくる。


 ぬはっ! 変態サンタ、偶には役に立つじゃないか!


 弾力感のある彼女の胸の膨らみを感じて歓喜しつつ、変態サンタにお褒めの言葉を心中で発すると、透かさず変態サンタに回し蹴りをカウンターで喰らわせた。


「ぐぼっ! くそっ! 一時撤退だ。トニー! トニー!」


 いやいや、一時じゃね~~! 二度と来るなよ! てか、トナカイは俺の妄想じゃなかったのか......


 奴はトナカイを呼び、その声でウチの庭から出てきたトニーにまたがると、一目散に逃げだした。


 はぁ、これで一件落着だな。ああ、塩でも撒いておくかな。


 悪霊退散とばかりに、家の周りに塩を撒く事を考えていたのだが、俺に胸を預けている少女は我に返った。


「あっ、あぅ、ごめんなさい」


 その仕草も最高に可愛い。お持ち帰りしたい......


 あまりの可愛らしさに、思わず涎が出そうになったのだが、彼女がふと悲し気な表情となった事で我に返った。


「ああ、ケーキが......」


 彼女は慌ててしゃがんで、潰れた紅白の箱を拾い上げた。


 ぐはっ、これは酷い......


 恐らく、そのケーキは変態サンタの下敷きになったのだろう。見るからにケーキでは無く煎餅せんべいのような代物になっていた。


 彼女はそんなケーキを見つつ、ぽたりぽたりと涙を零し始める。


「せ、折角、お兄ちゃんと食べようと思ったのに......」


 そのキーワードに俺は燃えた。


 お兄ちゃん? 彼氏じゃないんだな? よし、ここは俺が奮発するぞ!


「なあ、ちょっと待っててくれないか?」


「えっ!?」


 少女は俺の声に驚くが、俺はもう一度同じ言葉を繰り返すと、慌てて家の中に入っていく。

 真っ暗なキッチンへと入ると、透かさず叔父から貰ったケーキを丁寧に持ち上げると、光の速さで彼女の下へと戻る。


「さあ、これを持っていきな」


「えっ!? でも......」


「大丈夫、大丈夫! ウチはクリスマスを祝うような家じゃないんだ。だから気にする事は無いよ。それに貰いものだしな」


 俺は頭を掻きながら、遠慮する彼女を納得させるために、貰い物であることを強調する。

 すると、彼女は困惑した表情で、おずおずと声を漏らした。


「ほ、本当にいいんですか?」


「ああ、勿論だ。ん~、そうだな~、その代わり、そっちの潰れた奴はウチで引き取ろう」


 そう言うと、困惑する彼女の顔に和やかな表情が戻ってきた。


「あ、ありがとうございます。このご恩は絶対に忘れません。いえ、今日は無理ですけど、明日は必ずお礼に来ますから」


 彼女はケーキを受け取ると、何度も頭を下げて礼を伝えてくる。


 うむ、本当に良い子だな......こんな彼女が居たらな~~~。


 そんな事を考えながら、何度も振り返っては手を振る彼女が、歩き去っていく姿を見送るのだった。







 あれから一日経って、今日はクリスマスだ。

 彼女を見送ってから、それはもう、恐ろしい程に妄想全開だった。

 ただ、日曜日だというのにオヤジの姿は無く、昨夜は家に帰っていないのだと知る事になる。

 しかし、それも今更ながらの話なので、特に心配する事も無ければ、慌てる事も無い。


「まあ、オヤジも仕事が忙しそうだからな。クリスマスだってのに哀れなものだね」


 自分の事を棚上げして、オヤジを憐れんでいるのだが、これには事情がある。

 というのも、今日はあの少女がお礼に来る筈なのだ。

 故に、朝からシャワーを浴びて身体を清潔にし、部屋の掃除も済ませた。


 よし、これで完璧だ。流石に彼女は幼そうだからエッチな事は出来ないだろうけど、楽しい時間を過ごす事くらいは問題ないよな?


 心を躍らせながらそんな事を考えつつ、そわそわと落ち着かない時間を過ごす。


 ん~、落ち着け! 落ち着け俺! これでは飢えてい男に見られてしまうぞ?


 何度も何度も自分にそう言い聞かせながら、刻々と進む時計と幾度となくにらめっこをしていたのだが、昼が過ぎ、三時を過ぎ、夕方が近付いてきた処で、期待は焦りに変わり、今や絶望の淵へと遣って来ている。


 そうだよな。社交辞令だよな。たかがケーキ一つで夢見る俺が馬鹿なんだよな? てか、あれも妄想だったんじゃないのか? 目を瞑っても無くならなかったけど、俺の妄想が進化しただけなんじゃないのか?


 己の中で悪い方へと思考が進み、そろそろ淵では無く絶望に片足を踏み入れようかとした時に、玄関のチャイムが俺の心臓を叩いた。


 うぐっ! もしかして......きたのか?


 痛む胸を抑えながら、慌てて玄関へと走り込み、思わず大きな声で玄関の扉を開いた。


「は、はい! こんにちは!」


「ふぉふぉふぉ! そんなにワシの事が待ち遠しかったんじゃな。その照れ屋なところもいのじゃ」


「ぐはっ!」


 そう、そこに立っていたのは、赤いビキニパンツだけを身に着けた変態サンタだった。


 ぬぬぬぬ! 死ねばいいのに......


 心中で呪詛じゅそを撒き散らす俺の気持ちも知らずに、変態サンタは行き成り抱き付こうとして来た。


「来るんじゃね~~~! 今度来たら絶対に始末するからな!」


 そう言って、変態サンタに蹴りを見舞って門の外まで蹴り出すと、透かさず玄関の扉を閉めて鍵を掛ける。

 その時点で、俺の心は既に絶望へとダイブしていた。


「くそくそくそ! どうせ、俺に女との縁なんてないさ! ああいいさ。俺は妄想で生きていくさ。女なんか糞喰らえだ。クリスマスなんて大っ嫌いだ。全部、無くなってしまえばいいんだ!」


 絶望に打ちひしがれる俺は、いつの間にか滂沱もうだの涙を零しながら、目の前にある物を蹴散らし、傘立てに置かれた傘で周囲を叩き続けた。


 すると、突然、鍵を閉めた筈の玄関の扉が開かれた。


「ん? どうしたんだ一道?」


 一瞬、変態サンタかと思ったのだが、それはオヤジだった。

 オヤジは玄関や俺の惨状を見て、心配そうに声を掛けてきたのだった。

 しかし、俺はそれに返事をする余裕も無く、涙を拭うとそこから立ち去ろうとする。

 ところが、そこでオヤジからの制止の声が掛かった。


「一道、ちょっと話があるんだが......」


 その声に、振り向くとそこには昨日の少女が立っていた。


 えっ!? オヤジの横に立っているのは......あれ? やっぱり妄想じゃなかったんだ......


 困惑する俺に、少女は慌てて頭を下げると、申し訳なさそうな声を発した。


「あ、あの、遅くなってごめんなさい。み、道に迷っちゃって......」


 オヤジはそんな少女を笑顔で見詰めると、頭を掻きながら彼女を促した。


「さあ、上がりなさい。遠慮はいらないよ」


 どうやら、彼女は迷子になっていたようで、それでお礼に来るのが遅れたらしい。

 そんな彼女は、昨日とは違うケーキの箱を持ち、やや遠慮気味に部屋へと上がった。


 その後は、彼女の冒険談が延々と始まったのだが、それがとても楽しく思えて、一緒になって沢山笑ったような気がする。


「はい! あ~~~ん」


「あ~~ん」


 最高だ! 俺は人生の絶頂へと辿り着いた! 最早、俺に怖い者など無い。

 もしかして、あの変態サンタもこの出会いを運ぶ為に遣って来たのではないだろうか。そう、彼女こそが俺に対するクリスマスプレゼントなのかもしれない。

 そんな風に思えるほど、今の俺は最高潮に達しているのだ。


 そんな思いで胸を大きく膨らませる程に、俺は幸せを満喫していた。


「お~い! 一道! お前、甘い物が嫌いじゃなかったっけ?」


 超絶可愛い伊織いおりにケーキを食べさせて貰っていると、オヤジが首を傾げて尋ねてきた。


「な、なに言ってるんだよ? ケーキは大好物だぞ?」


 そう、俺は今日から甘い物が大好きになったのだ。

 だって、伊織と仲良くなれたんだもの、ケーキが大好きに決まってるじゃないか。


「じゃ、今度は伊織がたべるか?」


「えへっ、恥ずかしいな~」


 伊織という名前の彼女は、現在十四歳であり、中学三年生なのだ。

 そんな彼女が恥ずかしそうに口を開けていると、知らない女性から声が掛かった。


「あら? これなら大丈夫そうね」


 その声に俺が振り向くと、伊織が声を発した。


「あっ、お母さん、遅いよ~~~」


「何言ってるの。あなたが勝手に飛び出すから大変だったのよ」


「だ、だって......」


 どうやら、伊織の母親のようなのだが、何故その母親が我が家に来ているのだろうか。

 そんな事を考えていると、オヤジが頬を掻きながら謝ってくる。


「す、すまん......」


「如何したんだ? オヤジ」


 オヤジは下げた頭を上げると、伊織の母親に一度視線を向けてから、申し訳なさそうに話し掛けてきた。


「実をいうとな。この女性は新しい奥さん......お前の母親になってくれる人なんだ」


「初めまして、一道さん。伊織の母で香織といいます。宜しくお願いします」


 ふむ、どうやら、オヤジは新しい奥さんを迎えるつもりのようだ。

 となると、伊織は俺の妹になるのか......でも、まあ、血は繋がってないのだし、それはそれでありかも。


 新しい母親と妹について考えていると、オヤジは更にモゾモゾと何かを言おうとした。

 しかし、割り込んだ伊織にそれをさえぎられる。


「お兄ちゃん。実はもっと早く会いたかったんだけど......お父さんが......でも、これからは一緒に居られるよ。腹違いの妹だけど仲良くしてね」


 はぁ? 腹違い? なにそれ? 美味しいの? えっ!? 後妻の連れ子じゃなくて?


 俺は伊織の言葉を聞いて、透かさずオヤジに顔を向ける。

 すると、オヤジは頬を掻きながら、頭を下げてきた。


「実は、今まで言えなかったんだが、伊織はお前と血のつながった妹なんだ」


 がーーーーーーーーーーーん!


 こうしてクリスマスを初めて家族で過ごすことになったのだが、俺にとっては凍り付いたまま引き攣った笑みを浮かべるだけのクリスマスとなるのだった。








「はっくしゅん! う~~、さむ! トニー、次のターゲットを探しに行くのじゃ。時間は残り少ないのじゃ。早く若い男の子を手に入れるのじゃ」


「ジジイ、いい加減にするトニー! 不幸呼ぶサンタの名が有名になりつつあるト二―」



 そう、俺は知らなかったのだ。あの変態サンタは、『不幸を呼ぶサンタ』とちまたで噂になっているサンタなのであった。


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