花の祝福、花の呪い。
うたた寝シキカ
花の祝福、花の呪い。
誰かが素敵な魔法をかけてくれたんだ。嬉しい。
喜んでいることができたのは、最初の数時間ぐらいだった。
ある日突然、言葉が花になった。文字通りの意味である。
朝起きて、ご飯を食べて、我ながら上手く調理できたなぁと、料理の腕が上がったことに喜んでいた。
美味しい、と呟いたつもりだった。口からは言葉の代わりに、桜の花がポロポロと数輪こぼれた。
なにこれ。どっから出てきたの。
言葉が花になったのだと、理解するまでには時間を要した。いくら喉に力を入れても、声というカタチにならない。声帯を震わせて、あー、とか、うー、とか、唸ることさえできなかった。唸り声も、言葉にならなかった。言葉の代わりにパンジーの花になりこぼれた。驚きの声も、もちろん花になった。ちなみに驚きの声は、菜の花になった。
いつからマジシャンのようなことができるようになったのだろう。不思議には思ったが、その時点では困ったとも思わなかった。目の前には綺麗で可憐な花がある。花の美しさの方に、目を惹かれていた。
しばらくの間、花を眺めたり指先でそうっと触れたり戯れていた。あまりにも非現実的だ。夢かもしれない。そっか、夢か。
一人で出した結論に納得して、再び布団に潜った。今日は勤務もないし、友人との約束もない。たまの休日ぐらい、二度寝を楽しもう。温もりの残っていた布団は居心地が良かった。
夢ではなかった。気がつくのに時間はさほどかからなかった。なにを口にしても、言おうとした言葉すべてが花になる。日常生活に実害が出てきたところで、魔法は魔法でも呪いだったのだと青ざめた。
他者とのコミュニケーションが困難になった。
友人にも上司にも後輩にも、相手がどうあれ、喋ろうとすれば花になる。喋るのがダメなら、筆談すればいいじゃない。思い立ってすぐに実行した。ボールペンを紙上で走らせる。一瞬は文字の形をとったが、数秒でインクがぐにゃりと歪んだ。花のイラストになった。電子メールならば、とパソコンを開く。入力した途端、文字化けした。だったら手話を覚えよう。教本を手元に開き、手を動かす。ぼとり。手の上からヒマワリの大輪が落ちてきた。
本格的に困った。これでは自分からは誰にもなにも伝えられない。周囲の人も状況に驚き戸惑った。私からはなにも伝えられないのだと、察してくれた人もいた。質問を投げかけられ、頷くか首を横に振るかで、答える。花は落ちてこなかった。魔法だか呪いだかわからないが、この行動は許されるらしい。
人々の気遣いに感謝しながら、生活を続けた。
呪いにかかってから、月日が流れた。言葉が花になる、という事実に驚かなくなり慣れてしまい、現実を受け入れ始めるようになった。自宅アパートには、うっかり出してしまった花が幾つも床に転がっている。掃除をする回数が以前よりも増えた。
眠っている合間に寝言を口にしようとしたらしく、今朝は枕元に花が何十輪もあった。よほど悪い夢でもみたようだ。覚えていないけれど。
起きて、ご飯を食べて、美味しいなぁ、と思った。思うだけに留めておいた。
「……辛いなぁ。……え?」
呪いにかかってから初めて吐いた弱音は、花にならなかった。
花の祝福、花の呪い。 うたた寝シキカ @shimotsuki
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