第73話 エピローグ
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも……」
厳かな声にハッとすると、目の前に黒服の神父さんが立っていた。
(あ、あれ……?)
見上げると、大きな白い十字架と色とりどりのステンドグラスが見える。どうやら教会にいるらしい。後ろを振り返ると、たくさんの人達が長椅子に着席していて、私の方を見ている。見回すと、ドレス姿の恵さん、美奈子さん、そしてスーツ姿の村岡刑事もいた。
「誓います」
低くて甘い声が、隣から響いてくる。
その声に視線を向けると、白いタキシード姿の本宮君が立っていた。
(そっか、私……)
本宮君と結婚するんだった。
彼からプロポーズされて、やっと結ばれた私達。
いや……プロポーズしたの、私だったっけ?
そんなことを思い返していると、隣の本宮君の肘が、私の腕を軽くつついた。
「梨央。誓いの言葉」
彼の囁き声にハッとして、目の前の神父さんに向き直る。
「あの、誓いま……」
私が言いかけた、その時だった。
後ろの方から、扉の開かれる音が響いてくる。振り向くと、バージンロードの向こうにある木製の両開きの扉が開くところだった。少しずつ開かれる扉から、誰か立っている人物のシルエットが見えてくる。
(誰……?)
その人物は、逆光のようになって良く見えない。
「忍」
凛とした声が響き渡る。
それは若い女性の声だった。
少しずつ彼女の姿が浮かび上がっていく。長い髪に、私が着ているウエディングドレスと同じ純白のワンピース。
(この人、どこかで……)
そう思った時。
「……井、桜井!」
激しく肩を揺すられて、ハッとして目を開けると、至近距離に本宮君の顔がある。
私は誓いの言葉を高らかに言った。
「あ……ち、誓います!」
「……は?何を誓ってくれるの?仕事中に居眠りしないことでも誓ってくれるのかしら?」
本宮君の言葉に辺りを見回すと、私はいつもの探偵事務所にいた。
(な、なんだ夢か……)
そりゃそうだよねと、ため息を一つ吐く。
「桜井。中央区の依頼の件、今から聞き込みに行くわよ」
「う、うん!」
私は軽く髪を整えると、ソファに掛けてあった上着とバッグを手にして立ち上がった。
異人館での出来事を境に、私達の関係が変わったかと言えば……特に変わったことはないように思う。相変わらず私達はとても仲のいい仕事仲間……そんな関係だ。
でも、あんなに身近にいた高校生の頃、話すことも触れることもほとんどなかった彼と。
今はこうして毎日のように一緒に時間を共にしている。
本当のところ本宮君が私のことをどう思っているのか、いまだに良く分からないけど、それでも私は構わない。
だって今私は誰よりも近く、誰よりも長く……彼と一緒にいるのだから。
こんな毎日がずっと続けばいい。
そう思う。
「じゃあ、行くわよ。桜井」
「OK !」
私が答えると、本宮君は探偵事務所の扉を開けた。
新たに待ち受ける謎を解くために……。
『♂♀探偵 本宮忍の事件ファイル』 月花 @tsukihana1209
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