第72話 クラシカルアワー

「では、お写真を撮らせて頂きますね」


今、私は教会の建物をバックにラベンダー色のドレスを着て立っている。



(いないな……)


待ってるって言った本宮君がいない。


やっぱり私のドレス姿なんて、あんまり興味ないのかな……。



「では、撮しますよ~」


スタッフの明るい声に、私は両手をピースして、満面の笑顔を作った。


「お、お客様……」


スタッフの女性が言いにくそうに言う。


「そのポーズも宜しいかと思いますが……せっかくのドレス姿ですし、こう両手をドレスの前に添えてみては如何でしょうか?」


どんなに着飾っていても、素が出てしまう。



そんな自分に苦笑すると、私は言われた通り両手を重ねてドレスの上に置き、もう一度笑顔を作った。


シャッター音が響いて、その後数枚写真を撮られ、撮影は終了する。


「とっても素敵なお写真が撮れましたよ。楽しみになさっていて下さいね」


そう言って、スタッフの女性は館内に戻っていった。



一人残された私は、後ろをくるりと振り向いて、教会を見上げる。


こんな古い建物とクラシカルなドレスを着ていると、今ここが、いつの時代のどこの国なのか分からなくなってしまいそう。


微かな風が吹いて、ドレスを彩る薄紫の薔薇の飾りが揺れた、その時。



「桜井」


不意に呼ばれて振り返る途中、カメラのシャッター音が響く。


「本宮君……」


振り返ったそこには、カメラを持って立っている本宮君がいた。



「車に仕事用のカメラを置いてたの思い出して、取りに行ってたの」


えっ……。


そのために、わざわざ戻ってくれたの?


「慣れたスタッフの人には敵わないかもしれないけど、アタシの写真もなかなかじゃない?」


そう言って、本宮君は持っているデジカメを私に向けてくる。


見ると、そこには背中越しに振り返る瞬間の私がいた。


(わぁ……)


花飾りをあしらったアップの髪と首筋、開いた背中からドレスへのライン……自分で言うのもなんだけど、とても綺麗に写っている。



「似合うじゃない、その色」


珍しく誉められて、両頬が火照った。


それから本宮君は、私を真っ直ぐ見つめながら言う。



「さっきは、傷つけてごめん……」


「……!」


不意に謝られ、驚いて彼を見つめ返した。


「あれは、アンタがウエディングドレスなんて似合わないとか、そんなつもりで言ったんじゃないの」


彼の瞳が切なげに揺れる。



「あれは……アタシ自身の問題なの」



本宮君自身の問題?


それって一体……?



「一緒に写真撮らない?」


本宮君の言葉の意味を考えていると、優しげに微笑みながら言われた。


「そんなドレス姿珍しいから」


「うん」


少しだけ頬が赤らむのを感じながら、私はこくりと頷いた。


「じゃあ撮るから」


そう言うと、本宮君は私の方へ近づいてきて隣に立つ。


腕を伸ばして持っていたデジカメを私達に向けた。



「……!」


不意に彼の左手が、私の左肩に乗り一層引き寄せられる。


「また顔が半分切れたら嫌だからね」


「……っ」


以前私が撮ったツーショット写真で、本宮君の顔だけが半分切れてしまったことを言っている。


「もうっ」


私が少しだけ拗ねると、本宮君は笑って言った。



「ほら、撮るわよ」


シャッター音が響く。



もう一度見せてもらったカメラの中には、本宮君の隣で幸せそうに微笑む私がいた。


他人から見れば、本当に些細な何でもないことかもしれない。


でも、私には、かけがえのない大切な夏の想い出になった。


(この写真、一生大事にしよ)


すぐ隣に感じる温もりに、自然に笑顔が溢れる。




この時の私は、まだ知らなかったのだ。


本宮君が心の奥底に抱く、癒えない傷を……。



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