幕間

 子供はあるとき、世界に対する恐怖に襲われる。


 事故、病気、災害、戦争、そうした世の中の恐ろしい部分が理解できるようになると、明日それが我が身に降り掛かることを恐れ、不安に震えるときがある。


 花蓮かれんが見守ることになった子供――怜生れおは、それが少し根深い少年だった。


「鬼柳の魔術を習いたいだぁ? 生意気いいよる」


 伝法な口調で怜生に言ったのは、父の死後に彼を引き取った養父だ。


 時期としては、怜生が実の父親を喪ってすぐのことだった。


「いいか怜生、うちの魔術は傭兵の技よ。手っ取り早く相手を殺すようドカンと大火力をぶっぱなして、自分らは死なんよう血がドバドバ出ても治るようにする、そういうんだ」


 養父は吐き捨てた後、少し顔色を曇らせて、


「お前の実のオヤジには、俺も命の借りがある。じゃけえお前を養子にしたが……もし、お前がオヤジの仇を討とうっちゅうんなら……」

「事故や病気で死なないようにしたい」


 首を横に振ってから、怜生は改めて養父に言う。


「有機魔術師は、魔術師の中でも頑丈で、簡単に死なないって聞いたから」

「……つまりなにか? お前はただ『健康』のために、傭兵の技を学びたいってのか?」


 頷いた怜生に、養父は膝を叩いて笑い、修行を許可した。


 傭兵紛いの鬼柳家に属する魔術師だった父は、紛争地で凶弾に倒れた。


 怜生がそこから学んだのは、世界の理不尽さでもなければ復讐心でもなかった。


 人は死ぬのだ――その単純明快な事実に、人は最大限に備えねばならないのだ。


 その恐怖心を原動力とする勤勉さで、怜生は傭兵の技を修めていった。


(怜生さんは、とっても怖がりな人)


 花蓮やさんりんくらいしか知らなかった。


 本当の彼は、一緒に暮らす双子に絡まれて泣きべそを掻き、些細なことで落ち込んで、女の子がぬいぐるみに語り掛けるが如く、花蓮に夜ごと泣き言を吐く子供だ。


 そのくせ強がりであるため、大人に甘えるということをさっぱり知らない。


 人前のときと一人のときで落差が激しい性格は、こうして養われた。


(人間だったら、抱きしめてあげられるのに)


 体が大きくなっても、人前では強がれても、しまいに〈王〉となっても。


 世界の誰より一緒にいた花蓮にとって、鬼柳怜生とはそういう男の子だ。


 なら、こうして抱きしめる腕を得た自分のすべきことも決まっている。




 今度は〈王〉という新しいお化けに怯え始めた彼を、思いっきり慰めてあげることだ。

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境域のアルスマグナ 緋の龍王と恋する蛇女神 絵戸太郎/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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