9話 ウタカタ村へ

 太陽は高く真上に輝いていた。

 黒髪の青年は太陽の位置を確認すると、今の時分がおおよそ正午だなとあたりをつける。

 風が優しく吹くたび、木々が揺れ陽光も変化する。堪えず展開する光に、森の中を進む時間はぼんやり経過する。

 黒髪の青年は紫の瞳を欠伸で潤す。服装は動きやすい黒のカーゴパンツにヤドリギ色のローブ。

 そして、腰には似合わぬ錆びた騎士剣が帯剣されていた。


「ウタカタ村か。我輩の記憶にはない村だな。どんな村なんだ?ウタイよ。」


 低い落ち着いた声がする。しかし、その声の持ち主は青年の声ではない。

 ウタイと呼ばれた青年は、姿無き声に答えた。


「所々、記憶が欠けているだろ。ラスティ。

 まぁ、なんてことない。普通の小さな村だよ。」


 ウタイは淡々と村のことを説明する。尊敬する様子もなく、卑下する様子もなく。


「村の子供たちが、お前を見たらびっくりするだろうよ。」


「ははーん。確かに我輩、伝説級にかっこいいからな。」


「いや、それはない。むしろ錆びてるからね。」


 錆びた剣が言葉を発するのが驚きなんだよ。ラスティという姿なき声の正体は、ウタイが腰に帯剣している錆びた剣だった。

 もちろん、剣だから口も無ければ鼻も目も無い。

 ラスティは、刀身90㎝前後の長剣で、峰はなく両刃。高価になる古のアンティークが刃面にあしらわれており、切先から柄頭の長さは1mを越える騎士剣。

 だけど、刀身と鍔は所々、風化し錆びている。元々、金色と思われるその身は時の流れにくすんでいた。


「見えたぞ。あれがウタカタ村だ。」


「おお! って、我輩、今、腰にあるから見えないぞ。」


「いや、お前、目ぇどこだよ。」


「お前言うな。人生の先輩だぞ我輩。」


「人生の大半、森の中で、刺さってただけだろうが。」


「やめて!そんな悲しい現実、言わないで!」


 この剣、ややメンタルが弱い。

 自称、聖剣と名乗り、伝説の勇者が魔神と戦ったときに振るわれた剣だとラスティ自身は胸を張って自慢する。

 いや、胸は無いのだけどもそんな気がした。


 ウタカタ村は英霊の森の数ある集落の1つで、人口100人いかない程度の小さな村だ。簡素な木造建築の可愛いらしい家が並ぶ。人間とエルフが暮らすウタカタ村は1つの異種族共存モデル。

 それでも英霊の森の中で、一番大きい村でもあり、集落の中心でもある。

 その理由は、世界でも数少ない植物や食物を根本に構築された薬学。その知識と技術を持つ世界屈指の薬師の人材が豊富だからだ。

 英霊の森には医療魔導師がいない。

 医療用の機導具も無く医療環境も整っていない。

 大自然に囲まれているため、空気の清浄度は世界一とも言われているが、高齢者も多く、その現実は痛い。

 簡易な回復魔法は使えるものの、本格的な治療ができるのは、薬師だけなのだ。


「やぁ。おかえりウタイ。」


「ただいま。薬草いっぱい採れたぞ。」


「おお、悪いね。毎回採ってきてもらって。」


 同じヤドリギ色のローブを身に纏った男がウタイに労いの声を贈った。

 男は痩せてて、眼鏡をかけており、学士めいた雰囲気を持っている。柔和な笑顔が堅物そうな学士のイメージを払拭していた。


「この村ではウタイくらいだ。危険な森奥深くまで薬草を摘みにいけるのは。

 感謝してるよ。」


「言葉はいいから、チップを弾んでほしいもんだ。」


「ハハハ、生憎貧乏薬師でね。こちらも。

 じゃあまた、頼んだよ。報酬はシャーレ先生から貰えるだろう?」


「足りねーよ。セコいんだ。あのちびっこ師匠。」


「セコいってウタイに言われたら終わりだね。

 ……ん?その腰にあるのは剣じゃないか。どうしたんだい?」


 眼鏡の薬師はウタイの腰に注目した。


「ん、ああ。拾った。」


「なるほど。」


「説明が雑!?」


 ラスティが勢い良くツッコミを入れた。

 暫く沈黙が過ぎて、眼鏡の薬師はいかがわしそうに剣を見つめる。


「今、僕たち以外の声が聞こえたような……。ウタイ、君かい?」


「違うよ。剣だよ。」


「ああ、剣ね。……剣!?」


 眼鏡の薬師は目を丸くした。下落した物価に驚いた悲鳴のような反応だった。


「そうとも。我輩はラスティ。聖剣だ。世界を救う一振りなり。」


「うわぁ!本当に喋ってる!凄い!凄いぞウタイ。

 ぼ、僕の名前はリョクバって言います!」


 眼鏡の薬師はリョクバと聖剣に名乗り、目を爛々と輝かせた。


「リョクバか。良い名だな。どうだ?魔神でも倒しに行かないか?」


「凄い。遊びに誘う感覚で魔神退治に誘われたぞ!さすが聖剣!」


「リョクバ、見るな。そんな綺麗な目で俺を見るな。」


 人を疑わないところは、リョクバの短所であり、長所だ。少々、純粋すぎて直視できないことがウタイには多々ある。

 あと、薬師なのに風邪をひきやすいのも短所だ。


 ラスティとリョクバが盛り上がる。早く昼飯を食べたいウタイは脱力し背中のかごを下に置いた。

 すると、視界が揺れる。かごの中の薬草たちが震える。

 先ほどウタイが森で感じた地震より、かなり強い揺れがウタカタ村を、英霊の森を襲った。

 村の民たちは不安な表情に満ちてる。外で遊んでいた子供たちは、たちまち親のもとに駆け寄り抱き着く。家のなかに居た者たちは外へ避難。男たちは皆を安全な場所に誘導し、薬師たちは新米薬師に対応を指南していた。


「リョクバーっ!どこにいるです!?」


 突然、焦りを隠しきれない呼び声が響いた。

 避難する住民に逆らって、危機を救うべく駆けつけた英雄のように走ってくる少女。

 少々、ヤドリギ色のローブは着崩れており、深緑の髪は急いで1つに結んだのか、あちこちに毛先が跳ねている。耳先は尖り瞳が大きく端麗な顔立ちの少女は、どの特徴も共通してエルフの種族だとわかる。


「ウタイ!ウタイもいた!良かったです!

 二人とも早くこっちに来いです!」


 少女は息を切らし、ウタイとリョクバに駆け寄る。駆け寄ると、少女の体躯が華奢で小さいことがわかる。大体、10代半ばを思わせる幼さだった。


「シャーレ先生。何かあったんですか?この地震と関係が?」


 異常事態だとリョクバは察知し冷静にシャーレ先生と呼ぶ少女に尋ねた。

 それは、ウタイも同じだった。だけど、ウタイはその原因をなんとなく嗅ぎとっていた。


 おそらく、魔物。しかも、凶暴。


「魔物がウタカタ村の近くに出たです!」


「えぇ!?」


 リョクバは目を見開いた。

 この時世、精霊に守られている領域に魔物は滅多に出現しない。出ても下級魔物しか現れない。

 地盤を揺るがせる魔物はまず下級ではない。


「二人とも、怪我人がいるです。家に避難させ治療にあたってますけど人手が足りません!

 リョクバは治療を手伝うです。ウタイは怪我人がいないか捜索をお願いです。」


 シャーレは落ち着いたのか、二人に細かい指示を出した。


「わ、わかりました!」


 指示通りリョクバは村を行く。

 地震は微弱だが、まだ間欠的に揺れていた。木々が不幸に泣くようにざわめき揺れる。


「師匠。」


 ウタイはシャーレを師と呼び、紫の視線を鋭くした。


「駄目です。」


 シャーレは即答した。


「治療と救援が先です。ウタイ。あなたは今、薬師なんです。」


「……わかってるよ。」


「じゃあ、その目をやめるです。あの時の目と同じです。」


 星の無い夜のような冷たい眼差しにシャーレは身動ぎせず目を反らさない。

 仕方ない。救援に走るか。

 ウタイが深呼吸した時だった。


「大変だ!女の騎士が一人で魔物を食い止めているぞ!」


 村のエルフの男が、慌てて叫ぶ。

 ウタイとシャーレは同時に男を見た。


「本当です!?」


「ああ、本当だ!俺が魔物に襲われそうになったときに助けてくれたんだ。でも……」


「でも?」


 男は両目に涙をため、下唇を強く噛んだあと弱々しく伝えた。


「その時……女騎士は深手を負って、それでも、俺は怖くてなにもできなくて……。」


 そこで膝から崩れ、両手を顔に覆った。


「ウタイ。」


 ラスティがぽつりとウタイの名を呼んだ。

 その声は決意を促す深みを帯びていた。

 知り合ったばかりなのに、ラスティの意志がはっきりとわかる。それは、ウタイも同じ気持ちだったからだ。


「ああ。」


「ウタイ?誰に返事してるです?……ウタイ、その剣。」


「師匠、救援が優先だよな?」


「う、ウタイ!?」


 駆け出した。

 強く地面を蹴ったウタイは英霊の森に吹く突風だった。

 シャーレの呼び止める怒声を後ろに置いていく。


 走りながら、ウタイはラスティを抜いて逆手持ちでグリップを握りしめる。


 ここで、動かなきゃ損だ。

 得しないのはわかってる。

 だけど、救える命を救わないのは損だよな。師匠。


 師匠が死にそうだった俺の命を拾ってくれたように。


「その女騎士……金、持ってりゃいいなぁ。」


「その発言。ただの山賊だぞ。ウタイ。台無しだ。」

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聖剣はいくらで売れる? 雨男 @meshiro

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