まやかし戦争/くつ下のファシズム

 一昨年おととしの暮れに、僕らは北アフリカ――アルジェリアのオランに上陸したんだ。海水や砂が入らないよう、ライフルの銃口に官給品の避妊具コンドームを付けて……。揚陸艦からロープ網づたいに棺桶のような上陸用舟艇しゅうていに乗り移った。

「アルジェリア! アルベール・カミュの故郷ね。『異邦人』に『シーシュポスの神話』を書いた」

“太陽が眩しかったから”? (女は「そう、それ」と答えました)でも、その時は真っ暗闇の新月だった。だから、たいまつトーチ作戦と呼ばれたのかな? ……船の揺れと戦闘への緊張で、みんな一斉に胃の中を空にしたよ。

「その時海岸を守っていたのは、フランス軍だった。でも僕らの敵はドイツさ。みんなアメリカ建国以来縁のあるフランス人を殺したくはなかった。たいまつトーチを掲げる自由の女神像だってフランスの贈り物だしね」

「親ナチス側のヴィシー政権ね。ちょうど一昨年のハリウッド映画の『カサブランカ』みたいな」

「現実は小説や映画のようにはいかないよ。その真っ暗な海岸で、僕は初めて人を殺したんだ」

 その狙撃銃で?(女はベッドに立てかけられたスプリングフィールド狙撃銃を一瞥して言いました。男もそうして頷きました)

 うん。照明弾が上がって、闇に溶けるほど細い十字線クロスヘアを機関銃手に合わせて。鹿を狩るのと同じように引き金を絞った。

「本当に貴方が殺したのかしら?」

鉄兜ヘルメットを被った頭から血が噴き出すのが見えた。間違いないよ」

「ううん、そうじゃなくて、貴方の意志によって相手を殺したのかしら?」

「それは……無我夢中だから、意志だなんだと気にしてるヒマなんてないよ」

「それは初めてのセックスに似ているわね。ドキドキして、ワクワクする!」

狙撃兵の男は、彼女が少女のようにそう言ってのけるので面食らってしまいました。話題を変えるように話を続けました……。

「ええと、戦闘はやかましくて、爆発や銃撃で砂煙が巻き上げられて……独立記念日の花火のようだった。機関銃の曳光弾が飛び交ったりするんだけど、子供時分の戦争ごっこのようだとも思った」

「それはなぜ?」

「弾はみんな頭の上を通り過ぎていくんだ! お互いに塹壕や砂の斜面に伏せっているのもあるだろうけど……戦闘はみんなまやかしで、現実感がなく……まるでごっこ遊びをしてるんじゃなかろうかと最初は感じたんだ」

でも違った。戦争で人は本当に死ぬんだ。上陸してしばらく経った頃、分隊で斥候に出たときに……軍曹サージがある兵隊を、泥煉瓦アドベで出来た家へ様子を見に出したんだ。

 嫌な感じがした。すると何発か銃声がして、チャリンと空の挿弾子クリップの排出される音がして。その兵隊が戻ってきた。僕らが軍曹に続いて家の中の様子を見ると、非武装のアラブ人の家族全員が撃ち殺されていて、残された赤ん坊が泣いていた。

「お前のM1をよこせ」

軍曹がそう命令したので、その兵隊はしぶしぶM1ライフルを引き渡した。軍曹は奪うように取り上げた小銃の銃身を触って言った。

「お前が撃ったのか?」

「そうです」

「何故だ?」

「アメリカの他はみんな敵です。俺たちは敵を殺すために戦争に来た、違いますか」

「そうだ、俺たちは敵を殺すために来た」

軍曹は安全装置を外すと、M1ライフルをその兵隊に向けて二発撃った。僕たちは何も言わなかった。

「これがだって?」

軍曹は死んだ兵隊から双子の認識票ドッグタグの片割れを取り、泣いている赤ん坊を抱き上げてそう言った。

 戦争ではそういう事が起きるんだ。僕らは何も言わなかったけど。軍曹サージは二等軍曹から伍長にまで格下げになった。

「軍曹さんが自分から降格を申し出たのかしら?」

「分からないけど。……サンダース軍曹は、そりゃ怒るときは怒るけれど。基本的に僕ら兵卒に対しては軽口なんか叩かないから」

 アルジェリアのアラブ人たちとフランス語でよく話していたルイジアナ出身のフランクは、その出来事にショックを受けたようだった。僕らは、自由フランス軍の現地人部隊であるグミエたちとの交流もあった……本当に馬に跨った騎兵隊キャバルリーさ。彼らモロッコ人部隊は後にシチリア上陸作戦にも加わったけれど。

「ムスリムはアメリカの敵なんだろうか? インディアンやシチリアン・マフィアもそうだけど……僕らのいう【敵】とは一体何者なんだろう? という考えが時々頭をよぎることはあった」

 分隊にはクラウンという名前の兵隊が居て、彼はイタリア系だった。小柄で巻き毛をした控えめで優しいやつで、分隊の女房役というか、世話焼きだった。家族でアメリカに移民した際に苗字をコローナからクラウンに変えたんだそうだ。

「苗字を変えたの?」

「うん。明らかにイタリア系の名前をしていては差別を受けるそうだから」

「同じ白人の中でもまた差別があるのね」

「うん。枢軸国であるイタリア系やドイツ系もそうだけれど、ポーランド系やユダヤ人、それに平和主義者のメノー派やクエーカー教徒やなんかは、みな何となく下に見ているようだったよ」

「アメリカはイギリスで迫害されたピューリタンが移民して出来た国なのにね」

東海岸出身のギルバート・ハント伍長は有能な下士官だった。反抗的で、喧嘩っ早く酒癖に問題はあったけど……上陸当時はまだ上等兵だったかな? 16ポンドもあるブローニング自動小銃を【勇者の機関銃】だと言って自慢していた。射撃班の班長で、軍曹が居ないときは分隊を任される時もあった。

「ああ、そしてチュニジアのカセリーヌ峠……あれは本当の惨敗だった! ロンメル将軍の機甲師団が群れをなしてやって来たんだ。無限軌道キャタピラが鳴って、砲身が戦慄わなないて、地面が爆発した。僕らは命からがら逃げ出して、補給を受けたあと反撃に転じた。航空機が飛び交って、米英の戦車隊も入り乱れて、僕らはその一部に過ぎなかった。つまり、何というか……大きな流れのひとつだったんだ。チュニジアをどんどん突き進んでいって、最後にはチュニスの学校で黒いベレーの英軍と酒を飲み交わした。……北アフリカの戦闘は、それで終わり」

要するに戦争とは個人と関係のないシステム化された大いなる暴力だという事です。女はニコニコ微笑んでいて、男は決まりが悪そうにして話題を変えました。

「あとは、そう……星が綺麗だった。昼は焦がすように熱くて、夜は毛布が必要なほど凍えるんだ。砂に自分の壕を掘って、身を横たえると……子守唄が聞こえてくるんだ」

「子守唄?」

「『リリー・マルレーン』。僕たちの士気を下げるためのドイツ側の放送さ。故郷の恋人は兵役逃れとよろしくやってるよ……とか何とか言ってね」

「ララ・アンデルセンのレコードかしら?」

「マレーネ・ディートリヒだよ。映画の『モロッコ』とか『砂塵』に出てた」

砂漠は熱くて、ひどく乾いてて、夜は凍えるように寒くて……星に手が届きそうだった。あれは巨人の狩人オリオンのベルト、エチオピア王妃カシオペイアにその娘アンドロメダ王女……それからメデューサ殺しのペルセウス。

「オリオン座はアラビア語でアル=ジャウザーとも呼ばれるわ。カシオペイアとペルセウスを合わせてラクダに見立てたり……オーリーオーンは可哀想なことをしたわね。アポローンの計略で、恋人のアルテミスに射殺いころされてしまったんだもの」

「ギリシャ神話に詳しいの?」

「ナチスと同じくらいにはね」

ナチスドイツはアーリア人の起源を古代ギリシャに求めていました。死者の世界である冥界ハーデースでは持ち物はすべて取り去られ、ステュクス河の渡し守であるカロンによって生きる者と死ぬ者が選別され、舟に載せられてその命運が定められる。

「ほんと……よくもまあ似せたものよね」

女がそう呟くと、男は表情に「?」を浮かべただけでした。なぜって、彼らはまだ知らないのです。

 これが互いの種を絶滅させるための戦争であることを。

軍曹サージは、北アフリカの戦いの半ばには伍長から三等軍曹に昇格し直した。階級章が二本から三本に戻って、名誉戦傷章パープルハート青銅星章ブロンズスターも貰っていた。峠で負傷した中隊長を救った形になったんだよ」

「勇敢なのね」

「軍曹はきっと『運が良かったのさ』って言うだけさ。実際、僕たちの運は良かった。新米の補充兵たちが代わりに死んでいくんだ」

彼らは不慣れで、分隊に馴染む暇もないまま、砲弾や銃撃に倒れてしまう。結局、数人のこなれた兵隊たちでルーティーンを回すので、そこに入り込む隙間もないんだ。

「僕は目が良かったから斥候を任されることも多かった。狩りやスカウトの経験もあったしね。フランクはベレー帽を被って、軍曹は海兵隊の弟さんからどうにか送られてきたの迷彩カバーをヘルメットに取り付けていた。中隊から拝借したトミーガンも、素知らぬ顔でかのように持ち歩いてた」

「まあ、まさに自由の国だこと!」

「黙認されている範囲でだけどね……僕らはある時、破壊された円形闘技場で戦車と対峙した。地中海を支配したローマ時代の遺跡さ。古代人がそうしたように、僕らも闘技場の中央で殺し合いを演じてみせた」

 ドイツ軍の分隊はベルト給弾式の軽機関銃を火力の中心に据えている。ブローニング自動小銃を持ったギルバート伍長を始めとする射撃班が制圧射撃で敵の軽機の頭を下げさせる。その隙にサンダース軍曹が兵隊らを引き付けて側面に接近して、手榴弾を投げ込む。辺りではどんどん砂が舞い上がって、まるで煙幕のようになる。

「隠れていた戦車がのっそりと姿を現したのはその時だ。立場は逆転し、僕らはすっかり釘付けになった。するとどこからか馬に乗った勇猛なアラブ人部隊が救援にやって来て……戦車を取り囲むと、同軸機銃の射撃にも怯まずその速度を緩めさせた」

軍曹は騎兵隊に取り囲まれ視界不良となった戦車に取り付いてハッチを開けさせると、短機関銃を一弾倉撃ち込んで手榴弾を投げ入れた。銀星章ものさ。

「軍曹さんは、ガリア遠征でゲルマン民族を打ち倒したカエサルのように勇猛果敢だったのね」

軍曹サージは世界恐慌の年に父親を亡くして、それからずっとイリノイの母親や弟妹たちを養っていたんだってさ。裏社会のアル・カポネや南部から移住してきた黒人労働者たちを身近に感じていたそうだ……軍曹の勘とか悪運の強さやリーダーシップは、そういうタフな経験から来ているのかもしれない」

戦闘が終わったあと、水筒から水を飲んで味気ないK携行食レーションを食べたのち、僕らは転がる死体を片付けた。味方の兵士やドイツ兵の死体を並べて、認識票を取り、墓穴を掘った。

「その兵隊たちがたまたま几帳面だっただけかもしれないが。ドイツ兵の死体は皆が頭髪から左右の靴下に至るまで服装規定に従っていて……靴下のサイズは小・中・大の順に白のラインが一本ずつ増えていった。ナチスの結束主義ファシズムとはそういう事かと僕は妙に納得した。そりゃ軍隊という組織は本来から言って個人の自由が制限されるものではあるけどさ。ベルトの留め金には鷲の持つ鉤十字ハーケンクロイツと共にドイツ語で【神は我らと共にGott mit uns】の標語が刻まれていた。鉄砲好きの伍長は死体から戦利品のルガーやワルサーを探していて、アラブ兵たちはジャンビーヤでドイツ兵の耳を切り落としていた……」

名前のない男の話を聞きながら、名前のない女はニコニコと微笑むばかりでした。それはこれまでもそしてこれからも地球上で延々と繰り返されてきた、はてしない戦争Die unendliche Kriegsführungの物語でした。

「結局のところ、皆が欲しいのよ」

って?」

「自分は間違っていないんだ、選ばれているんだ、と示してくれる

それは国家や民族・家族のような所属、十字架や勲章のようなシンボルや、習慣・規律・戒律・法律、暦・時間・地図、それから名前に言葉といったです。

 そののために私たちは個人の自由を行使し実存します。

 プロメテウスがゼウスに骨を選ばせ人類に肉を与えたように、アダムとイヴは蛇に唆されて知恵の実を食したということです。

 そして追放された人類が火を与えられ文明が開花し、発明と道具によって……世界に武器と戦争とがもたらされたということです。

「暦と時空間とは天体の大いなる周期そのもので、名前とは自分を世界と繋ぐいかりなの。みな言葉や幻想を自らの支えとしながら、より大きな流れに身を任せていたいだけなのよ」

「それは神様のこと? 黙示録の千年王国や神の支配……それとも、ナチスが唱えるような第三帝国?」

「あら……それはきっと同じことじゃない?」

女が言って、男は首を傾げました。

「だってキリストの降誕祭クリスマスと太陽神ミトラの誕生日の祝祭は、どちらも冬至の12月25日に合わせられているんだもの!」

最も昼が短い冬至を境に太陽は生まれ変わり、年を越して新年となり、春に向けて日はどんどん長くなっていきます。

 宗教や暦を始め、国民国家やプロパガンダに陰謀は、混沌や無秩序に意味を与えることで、を授けることで人々に安心を付与します。

 国家が個人の実存と一致していれば、その大いなる流れの一部としてを持たぬ存在に、あらゆる暴力を行使できます。

 兵隊の男は首に提げられた自分の認識票ドッグタグを取り出して、そこに刻印された自分の名前や生年月日、認識番号や血液型を確かめてみました……。それからふと思い出したように、スプリングフィールド狙撃銃の銃床の小さな蓋を開けると、クリーニングキットの奥から小さな貝殻を取り出しました。

「これもきっと僕のだ」

「アルジェリアの海岸の?」

狙撃兵の男が頷いて、女がうっとりと眩しい貝殻の白を眺めながら囁きました。

「とっても素敵なね」

アラブ世界の砂漠の潮風に思いを馳せました。フランスから東海岸に贈られた自由の女神像はを右手に高く掲げていて……お天道さまは見ているし、夜明け前がいちばん暗いということです。


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戦場にて 名無し @Doe774

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