第1話 喧嘩 〜金と女には困ってなさそうなのが癪に障るわ
将軍様のお膝元、太平の世を満喫する江戸の町にも暗いところはあるもの。ほら、昼日中から、引っ込んだお稲荷さんで立ち回りが始まろうってところ。よくあることだけれども、ちょっと人目を引くのは、囲まれている兄さんが芝居小屋の二枚目にかけられそうな男ぶりってところだろうか。
「ええ?どこの誰かわかって、立ち回りを演じようってんだろうなあ?」
見るからにごろつき、としか呼べない素行の悪さがにじみでる男どもに囲まれている二人。そのうちの一人が大声を上げて、木刀を構えた。年の頃は十八、十九。丸顔に大きな口、頬に吹き出ものもちらほら見える小柄な男は、後ろにいる背の高い男を守るように取り囲むごろつきどもを威嚇した。と言っても、この丸顔男も、決して真面目に商家に勤める働き者にも見えたりはしないが。
「平治、やめないか。火に油を注いで、わざわざいさかいを起こすことは無い」
丸顔男の後ろに控えていた男が、柔らかな声で弟分扱いで丸顔をなだめる。勇んでも震えと興奮が混じった声になる平治とは違って、こちらは八人の柄の悪い奴らに取り囲まれても平然と腕組みをして声に微塵の波立ちもない。黒紋付き、水色の襟、わずかに覗く赤の襦袢がやたらと映える澄みきった肌に、中高の整った顔立ちの男が、何を言おうと反感を買わないはずがない。男が腰に差したものに全く手をかける気配もないのが、さらに火に油を注いだ。
「へっ、すかしやがって」
ごろつきの頭らしき巨躯の男が、吐き出すように言うと、堰を切ったように周りのごろつきたちも口々に言い立てた。
「いったい、どこのどちら様だっつうんだ」
「そんなすかしたなりで、お前もどうぜ落ちぶれ侍だろうが」
「金と女には困ってなさそうなのが、癪に障るわ。女のおかげで食ってやがるくせによ」
「ここで会ったが運のツキ、やっちまうしかねえ」
このセリフを合図にとびかかるのは世の常。ごろつきどもも、二枚目と平治に、雄叫びを上げながら切りかかった。
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