第2話 喧嘩 〜 その腰のものを抜けよ。抜けてるのは腰だけか?

 二枚目は眉一つ動かさずに、刃こぼれした刀で袴の裾をばたばたさせながら突っ込んで来たごろつきを、半歩足を引くだけの動きで悠然とかわす。当然、自分の刀を抜く気配はなく、腕は胸の前で組んで袂に入れたままである。あっさりかわされて無様に泥に突っ込んでいくごろつきを尻目に、

「勇ましいのは掛け声と泥に突っ込む速さだけか?」

 売られた喧嘩は派手に買ってやる、と言わんばかりのセリフをほざく。先ほどまでの冷静な顔つきはどこへやら、切れ長の目のふちに血の気がさして楽しんでいるようにすら見える表情が、ごろつきどもを怯ませた。

「おらおら、お前ら、急にびびってんじゃねえよ」

 平治がへっぴり腰ながら、木刀を振り回して勇ましい声をごろつきどもに投げつける。

「ただのこけおどしか?その腰のものを抜けよ。抜けてるのは腰だけかよ」

 小者にしか見えない平治にからかわれて、巨躯の表情が変わった。

「うおおおおお」

 巨躯とも思えぬ速さで、刀を抜きながら切りかかる。まるで、赤子に大人が襲い掛かっているかのような絵である。巨躯の顔つきに恐れをなした平治は、慌てて逃げ惑った。

 逃げ回る平治と巨躯を見てから―――特に巨躯の振り回すものをじっと見てから、二枚目は残る六人のごろつきに向かって、ゆっくりと笑みを作った。ゆっくりと腰のものに手をかける。

 「さあ、お前らも抜けよ。腰を抜かすんじゃないぜ、腰の物を抜けよ」

 挑発されたごろつきどもは、一瞬の後、奇声を発しながら一斉に男に襲い掛かった。

 ざざざざざ。足元の枯葉を踏みつける音が、幾重にも重なる。吐き出される息、言葉にならぬ叫び、風を切る裾、袂の音、刀と鞘が当たる音―――。

 激しい突きや振りかぶりのなかで、男は鞘に入れたままの刀で巧みに攻撃をかわしながら、素早く横に移動する。

「やっちまえ!」

「この野郎!」

 怒号が響き渡るも、ごろつきどもの振りかぶった刀はことごとく男に弾き返され、ときには弾き飛ばされた。数瞬の後に、空き地には鞘でみぞおちを突かれて立ち上がれないごろつきが三人、肩で息をしているごろつきが四人、平治を追い回しているうちにいつのまにやら窮地に陥っていることにようやく気付いたごろつき―――巨躯が一人、合計八人が恐れに顔色を失っていた。刀が点々と転がっている。

 ひっ、声を上げて、肩で息をしていたごろつきが突然、逃げ出す。とたんに、みなが雪崩を打ったように空き地を逃げ出そうとした。倒れている者をひきずりながら、巨躯たちが叫ぶ。

「覚えていろよ!」

 その言葉に平治は吹き出した。

「その言葉、そっくり返すぜ!兄ぃを舐めるなよ?吉原一と名高い花魁、紅葉が間夫の剣客、佐吉たあ、この兄ぃのことだぜ。ようく見知っておけ!」

佐吉は兄貴分を得意そうに紹介すると、へへっと笑って佐吉を振り返った。

 佐吉は、平治の言葉にも去っていくごろつきどもにも目もくれず、捨てて行かれた刀をひとつひとつ確かめていた。丹念に確かめては難しい顔をして、放り投げる。次の刀も、その次の刀も同じように放り投げる。

「兄ぃ……」

 平治のさびしい声も耳に入らない顔で、佐吉は腕組みをして考え込んでいる。鬼神のような闘い振りと挑発したときの血の上った顔つきは、嘘のようになりをひそめてしまっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る