エピローグ:平穏な生活
遥の肉体は燃え尽きたかと思っていたけど、ちゃんと腕も肉体も綺麗な状態に戻っていた。どうやらあの炎は肉体そのものに影響を及ぼしたわけではなく、遥の魂の邪気を祓っていたのだと僕は推測する。
僕は遥の両親に遥が居る場所を伝え、そして二度目の死を迎えた事を話した。
両親はまたも悲しんだけど、そもそも死者が生き返るのがイレギュラーな出来事だというのをわかっており、例え一日二日でも生き返って遥と話が出来たことは何よりも嬉しいと僕に語ってくれた。
僕も胸につかえていた想いを遥に伝えられて良かった。
もしこの世に輪廻転生があるとしたら、次こそは人生を全うしてほしい。
……幽霊騒ぎは急速に鳴りをひそめた。
復活した当日から一週間もしたら、幽霊や死者は現実世界から姿をほとんど消してしまったのだ。その影にはきっと彼女のような死神の活躍があったに違いない。もっとも、現実世界では坊主や司祭が迷える霊たちを祓ったから、という建前になっている。彼らも多少は役に立ったに違いないが、あの世へ帰すほどの力を持った高僧は一握りの人しかいないだろう。実際にはその場から追い払うのが関の山だったはず。
僕たちも平穏な生活を取り戻し、いつもの日常を送っている。
冬休みが訪れた。
僕は友人たちと一緒に有名なバンドのコンサートに行く為に電車に乗り、都市へと出向くことになった。僕としてはあまり知らないバンドだったから気が進まなかったけど、友人たちが是非見たいというので付き合いで行く事にした。
電車に乗り込み、ボックス席でわいわいと騒ぐ。僕たちの乗り込む駅はほとんど人の乗降が無い。それに車内に人もほとんど居ないからガラガラだ。
電車が発車し、ガタンと動いたその瞬間に僕は見覚えのある影を見つける。
「……あれ」
それは灰色のコートを着た少女。電車の出入り口付近に立って、手すりにつかまって電車の振動に揺られている。
大鎌こそ持っていないが、酷くあの死神に似ている気がした。
近づいて確かめたい衝動に駆られる。
しばらく彼女を眺めていると、少女はこちらに気づいたのか僕の視線に目を合わせて微笑んだかに見えた。
「おい、どこ見てるんだよ」
「え、ああ、なんでもないよ」
一人喋らず遠くを見つめている僕を訝しんだ友達の一言に僕は曖昧に答える。
一旦は友達とのどうでもいい会話に応じ、電車が次の駅に到達した頃合いを見て彼女をまた確認しようとそちらに視線を向けると、既にもう灰色のコートを着た少女は姿を消していた。
……この駅で降りたのだろうか。
その時、雪がちらちらと降りはじめる。開いたドアから冷気が入り込み、車内を這い上がるように冷やしていく。
「うーっ、寒い。早くドア閉じろよな」
誰かが言うと、すぐに電車のドアは閉じた。
そしてまた電車は動き出す。がたんごとん、がたんごとんと音を立てて。
「……」
友達が談笑する傍ら、僕の脳裏にはどうしてもあの死神の似姿をした少女の映像が焼き付いて離れなかった。
雪は止む様子を見せず、しんしんと降り積もる。
ふと、雪の結晶が僕の手の甲に落ちた。
ドアが開いた時に偶然にも車内に入ってきたのか。
結晶はわずかに煌いたかと思うと、すぐに僕の体の熱で溶けてただの水へと姿を変えてしまう。
「冷たいな」
電車は間もなくトンネルの中へ入ろうとしていた。
師走に死者は黄泉返る 綿貫むじな @DRtanuki
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