エピローグ

21 白雪姫と悪魔の林檎

 公園の片隅で、少女がうずくまっていた。肩を震わせて、小さくなっている。

 じゃり、と音を立てて、少女の前に青年が立った。明るい茶髪に金の瞳。黒い服に身を纏った青年は、少女を見下ろした。

「なに泣いてんだよ」

 青年はぶっきらぼうに言い放つ。少女は驚いて顔を上げた。その瞳は濡れている。

「ないて、ないもん……」

 少女はごしごしと目を擦る。どう見ても泣いていたのは明らかだ。

 青年は溜め息をついた。少女と目線を合わせるようにしゃがみ込む。

「お前、一人なのかよ」

 少女は答えない。地面を見つめてむすっとした顔をしている。

「……おにーちゃんもひとりなの?」

「ほっとけ」

 口調こそそっけなかったが、少女はちらりと見上げた青年の瞳から目を離すことができなくなってしまった。その瞳の色は初めて見るもので、大人が見れば人間ではないことが分かったかもしれないが、少女はまだそれが分かる歳ではなかった。

「……おうちのなかね、いつもしずかなの。がっこうからかえってきて、ドアをあけるときのにおいがきらい。……ひとりぼっちなの」

 青年はハッと笑った。その顔はどことなく悲しげで、少女はまじまじと見つめてしまった。

「悪魔はいつだってひとりさ」

 その夜のような瞳に、少女はいてもたってもいられなくなった。さっきまで自分も寂しさでいっぱいになっていたはずだが、青年のそんな姿を前にしてはその気持ちもどこかへ行ってしまっていた。

「だったらわたしがそばにいてあげる!」

 少女はすくっと立ち上がる。その勢いに青年はぽかんとした。

「そしたら、さみしくないよ」

 青年は何度か瞬きすると、やがて柔らかな表情を浮かべた。

「そう、かもな」

「これ、やくそくのあかし。だいじにしてね」

 そう言って少女は赤いリンゴの形をした箱を渡した。おもちゃのようなプラスチックの箱だが、青年がその箱を開けるときらきら星のメロディが流れてきた。どうやらオルゴールになっているようだ。

「……大事なものじゃないのか?」

「そうだよ。でもおかあさんが『大事な人にあげなさい』っていったの。おかあさんもそうしたからって」

 青年はしばらくオルゴールを眺めた後、少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ぼさぼさになる髪に、少女は迷惑そうな顔を浮かべる。

「なにするのよー!」

 文句を言おうと青年を見上げた少女は、言葉を飲み込んで瞬きをした。

 視線の先の青年が、柔らかな笑みを浮かべていたから。

「お前が大きくなって、強くなったら、俺が傍にいてやるからな」

 今度は少女がぽかんとする番だった。やがて言われた言葉の意味を理解すると、満面の笑みを浮かべて青年を見上げた。

「やくそくよ!」

 そう言って青年と指きりをした。


 いたずらに人間に悪魔の記憶を残してはならない。魔王が定めた取り決めを守り、青年は少女のこの約束を忘れさせることになる。

 それでも。

 長いときの中で、周りは敵対する者ばかりで、それでも僅かに心通わせた刹那の時間。尊いものを与えたことを、少女が忘れても青年が覚えている。

「白雪姫に赤いリンゴ。……まるで童話だな」

 首を傾げる少女を横目に、青年は呟いた。


 二人は気付いているのだろうか。白雪姫の眠りを覚ますのは、王子のキスだということに。

 呪いが解けるまで、もう少し――




 〈完〉

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白雪と七人の小悪魔 安芸咲良 @akisakura

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