20 これにて大団円
「は?」
魔王様はてへっと笑った。
「ユキちゃんと凜子に会えないと、寂しくて死んじゃう」
ウサギか! 実際ウサギは寂しくても死なないからこっちのがタチ悪い!
お母さんはにっこりと笑った。あ、これ絶対零度の微笑みだ。魔王様逃げて! 超逃げて!
「いっぺん死んどく?」
今度こそ魔王様は真っ青になった。笑顔で人間殺せるんだなぁ。
「ごめんって凜子! 僕が悪かった!」
お母さんは魔王の襟首掴んでがくがく揺さぶっている。もう死んじゃうんじゃないの……?
「……して」
ぽつりと呟かれた言葉に、二人はぴたりと動きを止めた。
「どうして言ってくれなかったの!? どんな不幸が待ってても、私……お父さんとお母さんがいれば幸せだった!」
その言葉は私の口から出たもので、言った瞬間箍が外れたようだった。それを引き金にして私の目からは涙が後から後から零れてくる。あぁもう……。
「ひとりぼっちは……もうやだよ……」
ここに来て私は弱くなっちゃったみたいだ。ひとりでいるのなんて当たり前だったのに。悪魔の七人に囲まれて、こんなに腑抜けになっちゃうなんて。
サタンが傍に寄ってきた。すっと手を伸ばして私の目元に指を這わせる。
見上げると、サタンは優しい瞳で私を見ている。その目を見たら、また泣けてきてしまった。
「差し出がましいことを言うようですが」
そしてサタンは私を肩を引き寄せると、お父さんとお母さんに向き直った。
「お二人だってユキのことを見てないんじゃないでしょうか。こいつは……いつもひとりで抱え込んで我慢している。そんなの、親だって言えるんですか!」
お父さんとお母さんは気まずそうに目を見合わせた。
サタンが優しい瞳で私の顔を覗きこんできた。
「ユキ、お前はどうしたい?」
「わた、しは……。みんなで一緒に、暮らしたい……」
震える肩をサタンは優しく撫でてくれる。
「そして向こうで国家公務員になりたい……」
サタンが小さく溜め息をついたのが聞こえた。長年の夢なんだよぅ……。
「どうします?」
ふっと笑ってサタンはお父さんたちを振り返った。
お母さんはがしがしと頭をかいた。やがて観念したようにひとつ息を吐く。
「子どもの夢の手助けをするのが親よ」
じゃあ。
「帰りましょう、ユキ」
*
いつもと同じ、いつもの朝。
「おはよー白雪さん」
ではない。
私は間近にあるアスモデウスの顔を無言で見つめると、そのまま何も言わずにぶっとばした。
「愛が痛い!」
「なにが愛よ」
私は床に這いつくばるアスモデウスを見下ろして、ベッドから起きた。
「懲りないですねぇ、アスモデウス」
「マモンさん」
メガネの紳士が入ってきた。その後ろからひょこっと幼い顔が覗く。
「おはよー白雪ちゃん。早く朝ごはんにしよ! 遅刻しちゃうよ」
ベル君の笑顔は朝っぱらから目に優しいなぁ。私たちは揃って広間へ向かう。
「ユキおはよう」
「ユキちゃんおはよう」
長いテーブルの一番奥には、お父さんとお母さんが先に席に着いていた。その光景に私は自然と笑みが零れてしまう。
お母さんの向かい側に私、そして従者の七人が来た順に座っていく。
「では、いただきまーす」
十人の声が広間に響いた。
「じゃあ行ってきまーす」
私は魔王城の扉を開ける。そこは元々住んでいたアパートの廊下だった。
あの後、お父さんは魔王城の扉とアパートの扉を繋いでくれたのだ。これで「みんなで一緒に暮らす」と「人間界で学校に通う」という私の願いが叶った。
大家のおばあちゃんにばれないだろうかと心配した私だったけど、「あれあなたのおばあさまよ」というお母さんの爆弾発言で解決した。正直、最近知った事実の中で一番衝撃だった。あの優しそうなおばあちゃんが『鉄槌の魔女』の親……。人間分からないものだ。
「ユキ、駅まで送る」
サタンが後を追いかけてきた。
「いいよー。この前クラスメイトに見られてて質問攻めにあったんだもん」
「でも何かあったら心配だ」
本気で心配している顔を見せられて、私は頬が赤くなってしまう。お前どうした、最初の頃の険悪っぷりはどうした。
そうはいってもちょっと喜んでる自分が腹立たしい。結局、並んで歩き出した。
「そういえばさ、サタンは全部知ってたんだね」
サタンはなんだ、という目で私を見下ろしてくる。
「俺が一番古株だからな。ルシファーも大体のことは知ってたんじゃないか?」
言ってほしかったよ……。まぁ丸く収まったからいいんだけどね。
そこでサタンはにっとした笑みを向けてきた。
「お前が実は泣き虫だってことも」
「なっ……!」
なんでそれを! いやいや大きくなってからは泣いてないはず……!
「あんた……いつから私を知ってんのよ!?」
サタンは飄々とした足取りで先を歩いていく。
「さぁな。いつだろな」
どういうことなのよー!
「ほら行くぞ」
そう言って手を差し出すサタンは、絶対教えてくれない顔だ。どこかで会ったことあるのかな……?
私はその手を取った。繋がれた手から伝わる温もりは、私がずっと求めていたもので、隣を歩くサタンをこっそり見上げると彼もまた「ん?」と見返してきた。それだけのことがこんなにも嬉しい。
こんな日々がずっと続きますように。
私はサタンの傍にいられるように祈りながら、朝日が照らす道を並んで歩いていった。
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