第九章 ただいま人間界
19 魔王と魔女の正体は
何年振りに会ったんだろう。そこには昔と変わらず美人としか称することのできない、我が母上が立っていた。美人でバリバリ仕事ができて、そして強烈。
「ちょっとマモン、二十文字以内で説明してよ」
相変わらずの無茶振り! 自分のできることは人もできると思っているのがたまったもんじゃない話だ。
「魔王様が白雪さんを拉致軟禁したのです」
マモンさん流石だな! 十八文字! ある意味間違ってない。
それを聞いたお母さんは僅かに眉根を寄せた。
あれ? ちょっと待って。なんでお母さんがここにいるんだ? しかもマモンさんたちを知ってる?
「あの人は……。あなた! 隠れてないで出てきなさい!」
悩んでる私の横をすり抜けて、お母さんは叫びながら勝手知ったる様子で城内を駆けていく。
「鉄槌の魔女! お待ちを!」
マモンさんたちがその後を追う。
鉄槌の魔女ぉ? いまお母さんをそう呼んだ?
嵐のようなできごとに、私の頭は付いていけない。頭を抱える私の背を、サタンが押した。
「ほら行くぞ。行きながら説明してやる」
*
「お前の母親は魔女なんだよ」
階段を上がりながら、サタンは淡々と話し出した。
「鉄槌の魔女……。その力は世界一とも言われている。それこそ魔王様と張る人間は鉄槌の魔女くらいだと言われてたんだよ」
正直言うと、私はお母さんのことはあまり知らない。仕事が忙しくてあまり家にいなかったし、それこそ女傑だという評判も人づてのものだ。
しかしまぁ、まさか魔女だとは思わなかった。しかも世界最強。でも納得。
サタンはちらりと私の方を見た。
「……驚かないのな」
「まぁ……、そう言われても納得の人だから」
あぁ、とサタンは頷く。こっちでもそう思わせるに足るものがあったのか。
「ともかくどういう縁があったか知らないが、魔王様と鉄槌の魔女は結婚した」
「は!?」
さすがに目を引ん剥いた。今なんて言った? つまりそれって……。
立ち止まった私をサタンは振り返る。
「お前は魔王様と魔女の子なんだよ」
ガシャン!
何かが割れる音がした。
「魔王様の部屋の方だ」
サタンが少し焦った顔で言う。
「行こう」
私たちは駆け出した。
*
「だからあなたって人は!」
部屋の前ではマモンさんたちが困ったような表情で突っ立っていた。部屋の中からはお母さんの怒鳴り声が聞こえる。
「あの子のことは私に任せるって話だったでしょ!? なに勝手に連れてきてくれちゃってんのよ!」
「だ、だって十五年も会ってなかったんだよ? 僕の従者たちが一緒にいれば安全だと思ったし……」
「何かあってからじゃ遅いのよ! 何のために私が……」
「お母さん」
堪えきれなくなって、私はお母さんを呼んだ。二人の視線が同時にこちらに向く。
あぁ、この人が魔王様か。ふわりとした黒髪に、ややたれ気味な目。癖のある髪は私と似ているかもしれない。体付きこそがっしりとしているが、意外と魔王のイメージっぽくないことに驚く。魔王様はベッドに身を起こしていた。そっか、具合が良くないって話だったっけ。
「ユキ、帰るわよ」
さっきまでの勢いが嘘かのように、お母さんは踵を返して私の肩を掴み歩き出そうとした。
「お、おい!」
慌てたのは魔王様だ。ベッドから出ようとして、ふらついたところをアガレスさんに支えられる。
お母さんはいつも最善の道を行く。たまにもらうアドバイスはいつだって間違ってはいなかった。でも。
「待って、ちゃんと説明して」
こればっかりは引けなかった。ここに来てからじゃない。十五年間、知らされていなかったことを次々と知ってしまった。
でもお母さんの口から聞かないと納得できない。
私はお母さんと向き合った。お母さんの顔はまだ怒っていて、表情にこそ出さなかったけど私は「あ、これ殺られる」なんて内心考えていた。
しかしやがてお母さんは盛大な溜め息をついた。
「あんたが生まれて間もない頃の話よ」
お母さんは部屋の中央に置かれている豪華そうなソファにどっかりと座った。ちらりと視線をやって私にも座るように促してきたので、私はお母さんの隣に静かに座った。
「未来を占ってくれる占い師がいるのよ。彼の占いは百発百中。ユキの未来も当然占ってもらったわ」
魔女も占いをやったりしないんだろうか? 最強の魔女と言われるお母さんがこんなに言うということは、よっぽどの腕前なんだろう。
「曰く、『赤子が魔王の傍で育つと不幸になる』」
言われた意味をしばらく考えていた。つまり、私と魔王……お父さんが一緒だと良くなかったってこと?
「私たちも悩んだわ。待ちに待ったわが子が生まれたのに、一緒に暮らせないだなんて。だからこそ私はユキと人間界に戻って、その未来をどうにかする道を探していたっていうのにこの人は……!」
鋭い視線を投げつけられて、魔王様はひっと竦み上がる。本当にこの人魔王様なのかな……?
「だって……! 僕だって可愛い娘と暮らしたいし……それに僕の従者がいればユキちゃんは安全だろうし……」
「だから病気ってなに」
お母さんはぴしゃりと言い放つ。そうだ、先が長くないと言っていた。見た感じ顔色こそ良くないが、そこまで重症には見えない。
そこでずっと黙していたアガレスさんが口を開いた。
「ただの風邪です。心理的なものかと」
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