プロローグ

城下町。市のせいか朝早いのにもかかわらず城下は買い物をする人で賑わっていた。人がごった返し、なかなか歩く場所もない程人で埋め尽くされた道。そんな中に16歳の少女が一人いた。

「今日のDAYデザートに使う果物は何がいいかなぁ」

 少女はずらりと並べられた数多くの果物を眺めながらう~んと唸る。そんな少女の姿に煮えを切らしたのか少女のカバンから何か小さな生き物が出てくる。

「いつまで悩んでるつもり、早く決めないと昨日みたいにまた、お母さんに遅いって怒られるよ!」

 フワフワと背中についた羽を羽ばたかせて少女を指刺しているのは、この世界で精霊と呼ばれているの生き物だった。

「だってどれもおいしそうなんだもん。そんなに早く選べって言うならリーシャが選んでよ」

「ええ! まったく仕方ないなぁ。私はあんまりデザートは食べないから、何が良いのか全然分からないけどいいの?」

「いいよ~。果物なら大抵はどんなものでもあうし」

「わかった」

 そう言って精霊が一人で飛び立って五分後……。彼女が持って来た果物は桃(とう)莉(り)と呼ばれるピンク色をした丸い果物だった。

「桃莉ね~。最近あんまり扱ってないしいいかもね。よしっ、後桃莉を7個ぐらい買って帰ろうか」

「おじさーん、この桃莉くださーい」

「はいよ。桃莉7個ね。全部で銅貨4枚な」

 少女が桃莉を受け取ろうとした時、王都とは逆の方向から男性が叫び声をあげながら走って来た。

「ま、魔物だ! 魔物が落ちてきたぞ! 急いで王都に戻れー!」

 男性の叫びを聞いた商人や市に買い物に来ていた人々は城下町と王都を繋ぐ門の警備兵の指示で速やかに城下から避難され始め、周辺のどこかでは騎士の指示の叫び声が聞こえる。

「リーシャ私たちも王都に入ろう」

 他の人と同じように少女も避難しようと精霊に声をかけると精霊は後ろを向いたまま動かない。

「リーシャ? どうしたのよ?」

「ねぇ。あの子、危なくない……」

「えっ?」

 少女も精霊が向いている方を向くと人混みに巻き込まれてしまったのか王都への門よりも魔物に近い位置で転んで倒れている男の子がいた。

「駄目っ!」

 少女は男の子に向かって一目散に走り始める。

「ちょっと、ラナ! もー何も考えずに動くんだから」

 精霊も後を追うように飛んで行く。少女の横まで並ぶと無駄だと分かりながらも、一応制止の言葉をかけてみる。

「ラナ。今の私たちじゃ魔物となんて戦えないわよ。大人しく王都に入りましょう」

「絶対嫌だ! 私はもう誰かが取り残される所なんてみたくないの! そのためにリーシャと契約したんだから」

「はぁ、どうなっても知らないわよ」

「分かってる」

 少女の額には緊張と焦り、不安で汗が垂れ流れているも、少女はそれらを隠すように明るい笑顔を浮かべてみせる。

「この距離なら何とか!」

「僕大丈夫!?」

 転んで倒れたままの男の子に声をかける少女。男の子は少女の呼び声に目に涙を浮かべた顔を上げる。

「大丈夫? どこかいたいの?」

 魔物が徐々に少女達との距離を詰めるなか、少女はとても冷静かつ落ち着いた声音で男の子に尋ねる。すると男の子は転んだ際の足の怪我を見せて歩けないと訴える。

「このぐらいの傷なら大丈夫、さっ頑張って歩こ。ねっ?」

「で、でも……」

「ラナ、もう手遅れかも……」

「えっ」

 巨大な影が三人に覆い被る。少女はその影が何の影かを悟りながらも後ろを振り返ると少女の目の前に迫ってくる魔物の手。少女は瞬間的に男の子の上に被さり犠牲になる覚悟を決めて目を閉じる。

 しかし、いくら待てど魔物の手が少女に触れる事はなかった。その代りに届いたものは魔物の悲鳴だった。

ゆっくりと閉じた目を少女は開くと目の前には麻布のようなローブにフードを被った人物が一人立ちすくんでいた。

「えっ……と、あなたは?」

 恐る恐るローブの人物に声をかける少女。

「俺が知ってる当時のお前は魔物が眼前に迫っても諦めない奴だと思ったんだけどな」

「何のことですか?」

ローブの人物の言葉に首を傾げる少女。ローブの人物はフードを取ると抑揚のない声で、そして無表情のまま少女の名を告げた。

「何の事っていうのは酷いもんだな。ラナ」

「ああ! あんた、リュウイ!」

「あいかわらずウルサイ奴」

「あんたね生きてるなら何でもっと早く帰って来ないの!」

「いちいちお前に教える必要があるのか」

「随分と変わったわねあんた。あの時は戦うのが嫌いな優しさだけが取り柄の男の子だったのに」

「何年も経てば人は変わるに決まってる」

「ふーん。そういうものかな?」

 少女は少年を隅々まで眺めると、何かを閃いた様にポンッと手を打つ。

「あんた今から私の家来なさいよ。そんなボロボロのローブなんて着てると目立つし汚いわよ」

「何でそうなる」

「いいからいいから、はい家にレッツゴー!」

 少年の腕を取り無理やりに引っ張って歩き始める。

「おい、人の話を聞け」

 しかし、何度制止の声をかけても少女の歩みは止まらない。掴まれている腕を離そうにもまったく離してくれる気配もなく少年は抵抗をするのを諦めた。

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氷の心 ~トランシア王国物語~ ナツキ @akasiki

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