氷の心 ~トランシア王国物語~

ナツキ

第1話 序文

 それは、遠い昔のこと。


 広大なジケイド大陸の西方に、砂漠に囲まれた小さな町がありました。

 砂漠を通る旅人や行商人しか名前を知らない、その小さな町は、彼らのオアシスとして少しずつ発展し、そこに暮らす人々は日々、慎ましい生活を送っていました。

 しかし、そんなある日のこと。その町の空に、巨大な穴が空きました。そして、後に『門』と呼ばれるその穴から、逆さまの大きな木が姿を現したのです。


 その木――ニシカの木には、人間そっくりの姿をした精霊が住んでいました。初めは元の世界に戻る方法を探していた彼らですが、やがてそれが困難なことを悟ると、少しずつ町の人間と交流を持ち始めます。

怖がっていた町の人々も、彼らが敵意を持たないことを知ると、次第に受け入れるようになっていきました。


 ところが、『門』が運んできたのは、精霊だけではありませんでした。


 ある日、『門』から突如として現れた異形の生物――魔物が町の人々を襲い始めます。

戦いとは無縁の静かな暮らしをしてきた彼らに、抗う術はありません。多くの犠牲が生まれ、やがて町には恐怖と絶望がはびこりました。

 しかし、そんな時、一人の若者が立ち上がります。彼は強大な力を持つ精霊と初めて契約を交わし、白く輝く立派な剣と、人知を超えた力『魔法』を手に入れました。

 若者と魔物の戦いは、三日三晩続きました。そして、長く苦しい戦いの末、ついに魔物を撃ち滅ぼし、町に平和をもたらします。その若者は名をシモン・アルヴァン・トランシアといいました。


 それから300年以上の時が流れ、小さかったその町は、今や一つの国となっています。

 その名は“トランシア王国”

 これは、人と精霊が共に暮らすトランシア王国に生きる、とある者たちの物語。

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