覚えていて、くれますか?

佐都 一

覚えていて、くれますか?


 ねえ。あなたは死んだこと、ある?


 あはは、そうだよね。もしあったら、このページを開いてないよね。

 ごめんね。いきなり変なこと聞いて。


 ん? ここはどこか、って?

 ここはね、あなたの住んでいる「三次元の世界」と、わたしの住んでいた「二次元の世界」が混ざり合った、狭間の空間ってところかな。


 なになに? わたしは誰かって?

 んんー、興味津々って顔してますな~。よろしい、教えてあげましょう!

 わたしね、これでもアイドルやってたんだ。

 えへへ。人気もね、そこそこあったと思うんだよね。

 こ、こら、笑わないで!


 あるゲームのね、二次元のキャラクターとして、アイドルユニットでがんばってたの。

 トップアイドルをめざして、歌と、踊りと、演技のレッスン。毎日がんばってたな~。汗だくになって、足腰フラフラになって、それでも必死にがんばってた。

 知ってる? アイドルってさ、みんなかわいい子ばかりなの!

 あっ、ううん、わたしの自慢じゃなくって。

 そうじゃなくって、まわりがみんなかわいい子ばかりだから、そのなかで少しでも輝くためにはどうしたらいいかって、悩んで考えて、レッスンがんばって、それでようやくステージに立てるんだ。

 たくさん苦労もしたけれど、ステージからファンのみんなの笑顔を見てたら、そんなの全部吹き飛んじゃうくらい、すっごく楽しかったな。


 ……なんでぜんぶ過去形なのか、って?


 ぜんぶ、過去のことだからだよ。



 わたしね、アイドルやってたんだ。

 あるスマホゲームのね、二次元のキャラクターとして、アイドルがんばってたの。

 でもね、そのゲーム……、終わっちゃったんだ。


 もう一度、さっきの質問。

 あなたは死んだこと、ある?


 わたしは……、あるよ。



 あらら、ピンときてないって顔してるね。

 んー、たとえばね。

 ゲームをプレイしていて、ゲームのなかで死ぬことはあるよね。

 あなたが操作するキャラクターや、あなた本人の視点ですすむゲームでもいい、ミスをして敵にやられて死んでしまうことは、あるよね。

 でもそれは「あなたの死」じゃない。


 二次元のキャラクターも、物語のなかで死ぬことはあるよ。

 でもそのキャラクターに人気があればグッズがお店にならんだり、あるいは生き返るイベントが用意されるかもしれない。

 なにより、もう一度ストーリーを読み返したり、ゲームであればプレイしなおせば、もう一度そのキャラクターに会えるよね。

 だからそれは、「二次元キャラの死」ではないの。

 あなたがゲーム内で死んだことが、「あなたの死」でないのと同じように。


 そういう意味では、何度も読み返せる小説や漫画のキャラクターや、何度もプレイしなおせるゲームのキャラクターに、はおとずれないわ。


 でもね、ソーシャルゲームやスマホゲームは、サービスが終了してしまうと、もう二度とプレイできないんだ。

 アプリを立ちあげると、まずゲーム会社のロゴマークが出てきて、それから、トップ画面。

 そこにはキラキラしていたころのわたしたちアイドルユニットのイラストがあるの。

 でもね、そこから何度「GAME START」を押しても、「サーバーに接続できません」って返ってきちゃうだけ。


 なんだかトップ画面のイラストが、遺影みたいに見えちゃって。

 いえい! なんちゃって。

 こ、ここは笑うところだよ!?


 笑えない……か。

 わたしは、もっと笑いたかったな。

 もっとレッスンしたかった。

 もっとステージに立ちたかった。

 もっと、輝きたかった。


 わたしはもう、ファンの人たちと会うことはできない。

 わたしのこれからのストーリーは、もう、ないの。

 どんなにがんばっても……ううん、わたしはもう、がんばることすら許されないんだ。


 それって、「死んだ」ってことじゃないかな?

 それまでつづいていた人生が、ある時点でぷっつりと途切れてしまう。

 それは、だよ。


 ああっ、そんな顔しないで。

 そうはいってもね、実はまだわけではないの。


 んー、人が死ぬって、あなたはどういうことだと思う?

 心臓が止まって、体が動かなくなったときかな?

 たしかにそれはではあるよね。

 二次元でいうと、新しいストーリーが作られないのと似てる、かな?


 でもでも、新しいストーリーが作られなくなったキャラクターにも、グッズは作られつづけるよね。

 二次創作も作られつづけるよね。

 キャラ語りだってされるかも!


 あるひとりのロックスターが死んだとして、彼のつくった音楽を愛している人はきっとたくさんいる。

 彼の伝説や楽曲は、家族や友達だけでなく、大勢のファンによって愛されつづけるんだ。

 人々の心のなかに残りつづける……、それはまだ、ってことなんじゃないかな?


 彼は新しい曲を作ることはできない。でも、まだ忘れられていない。

 だけどもし、世の中のみんなが彼のことを忘れてしまったら?

 彼の音楽を、聴かなくなってしまったとしたら?

 それこそが、彼にとってののおとずれなのかもしれない。



 わたしにはたくさんのファンがいてくれた。

 だから、みんながわたしを忘れないでいてくれれば、わたしはみんなの心のなかでずっと生きつづけられる。

 わたしが生きた意味、生きた証が、そこにあるの。


 わたしの歌った音楽を。

 わたしの立ったステージを。

 わたしのつむいだストーリーを。


 みんなが忘れないでいてくれたら、わたしはずっと生きつづけるの。


 だから、あなたも。


 わたしのことを忘れないでいてください。


 わたしのことを、覚えていてください。


 ねえ。あなたは死んだこと、ある?

 わたしは……、あるよ。


 でもね。まだ、だれかが覚えていてくれるから。わたしは本当には死んでいないの。


 ねえ。わたしのこと。

 覚えていて……、くれますか?


 わたしの、名前は――

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