マスク

穴熊

そういえば、マスクをつけたまま寝ていたのだ。

 目が覚めた。ひどい悪夢をみた。布団から目が覚めたところから夢は始まった。


 ひどい悪夢をみた。普段は夢の内容などすぐに忘れてしまうが、意識がはっきりしても一向に悪夢のことが忘れられない。それは現実のような質感を持って脳に焼き付いている。また悪夢をみるかもしれないが体調が安定しない。昨日からひどい咳と頭痛に悩まされていた。再び寝床につき、うとうとし始めるがどうにも窓の外が騒がしい。酔った人間が騒いでいるものだと思ったが、次の瞬間には何かが窓ガラスに張り付く音がする。それも虫や鳥などの大きさではない。不審に思い窓を開けて大声を出そうとするが思うように叫べない。そういえばマスクをつけたまま寝ていたのだ。マスクを取り叫ぶがどうにも窓の外には誰もいない。さっき窓に張り付いたものが何であったかもわからない。気のせいか、熱のせいか、さっきの悪夢のせいだと思い、窓を閉め、再び寝床に着く。騒ぎは収まったがなにか気配がする。それは窓の外、20mくらいから始まり、どんどん窓に近づいてくる。気配が近づき放置しようと思うが、ベランダの辺りまで来てしまったようだ。追い払いたいが布団が重く、動けない。大声を出そうとするが叫べない。そういえばマスクをつけたまま寝ていたのだ。マスクを取り叫ぶがどうにもうまく叫べない。そうしているうちに気配は部屋の中まで来てしまっている。ベッドの真横を通り過ぎ、キッチンまで行き、再びベッドの横まで来た。恐怖で身体中が震え、もがき、叫ぼうとするとようやく情けない大声が出る。すぐに気配は窓の外へ出て行く。身体が落ち着き、外を見てみると何もいない。再び寝床に着くとすぐうとうとし始める。ようやく寝られるかというときに気配を感じ、神経が覚めてしまった。気配はさっきよりも速い速度で部屋に入り、キッチンまで行き、ベッドの横まで来た。犬が自分の足に頭をもたげる。どうやら老いたテリアが部屋に入ってきたらしい。首輪はついているが、そんなことより窓は閉めたはずだということが頭から離れない。手で追い払うとテリアは部屋の外に出て行った。再び寝床に着くとすぐにうとうとし始める。しかし嫌な予感だけが神経を研ぎ澄ませる。やはりテリアが部屋に入って来た。動物は嫌いではないので飼ってあげようか悩むがこの年齢だとどうせすぐに死んでしまう。それにこのアパートはペット禁止だ。いい加減寝たいので無視すると、再び部屋に入って来た。しつこい犬だと思うが、どうにも様子がおかしい。気がつくとすっかり眠りにつき、悪夢をみた。


 自分は女になった夢で男と同棲している。自分は男に敬語しか使えず、常に男に逆らうことは許されない。しかし自分はそのことを苦痛とは感じておらず、寧ろ至上の悦びとさえ感じている。部屋に入って来た何かが部屋から出て行くのを感じたところで目がさめる。慌てて窓の外を覗くと外には虎猫の後ろ姿があった。二本の尻尾を水平にし、街灯に照らされながら歩き去る。今度は猫かと寝床に着くが、尻尾が二本とは珍しい猫だと思う。とにかく身体を休めたいので寝床に着く。眠りにつこうとするがどうにも喉が渇いた。マスクを外し、水を飲もうとするが少しも喉が潤わない。口元に手をやるとマスクをしていた。これが邪魔で水が飲めなかったのか。再びマスクをとって水を飲む。しかし少しも喉が潤わない。口元に手をやるとマスクをしていた。確かさっきマスクを外したし、そういえば自分は何回マスクを外したのだろう。不思議に思い、マスクを外し、今度はすぐに口元に手をやる。そこにはマスクがあり、マスクを外しても外してもマスクは取れない。マスクを再び外そうとすると、網状に延びたマスクの網目の一本一本が裂けながら口元から外されていく様子がみえる。今度こそはと口元に手をやるがマスクはまだそこにある。喉は渇いたが水を飲むのは諦め、寝床につく。


 眠気が頭を支配し始めると再び自分は女となっていた。度重なる行為に吐き気を催す自分を理解しながらも、夢の中の女に成りきっている自分は悦びとともに行為に熱中している。すると彼は特別な部屋へ連れて行こうと言う。最上の悦びと共に、これから行く場所、これから行われる行為を見透かしている自分は夢から覚めることを望む。精一杯の抵抗をしながら、連れ込まれる部屋の名前を見た途端目が醒める。自分の意志で目を覚ましたようであったが、どうやら物音で目が覚めたようだ。また何かが部屋に入り込んでくる。今度は背が高く、老いたテリアでも尻尾が2つある猫でもないことだけは分かった。身体を起こすとそこには男がおり、手には銃を携えている。慌ててキッチンに駆け込み叫び声を上げようとするがマスクが邪魔で叫べない。何か物音を立てようとキッチンのグラスを手に取り、大きく振り上げた。そういえばこのグラスは前の恋人から貰ったものだったなと思い、ちょうどいい機会だったのでそのまま床に叩きつけた。ガラスの割れる鋭い音を期待したが鈍い音を立てて床にぶつかった。床に手をやると無数の欠片になったグラスと二枚の皿が割れていた。ガラスの破片を掻き集め、調理台の上に置くと目の前に男がいた。顔は良く見えなかったが本能的に夢の中の男だと分かった。男は自分を夢で演じていた女だと思い込んでいるらしく激しく手を掴まれ玄関の外に連れて行かれた。玄関の外は豪華な屋敷の廊下で、そのまま奥に連れて行かれる。奥にある部屋に連れ込まれそうになったので一層抵抗した。しかしすぐに部屋に押し込められる。部屋は円形になっており、天井は低く、窓はない。床は赤と黒、丁度内臓のような色に染められている。床には自由に動かすことができる椅子と、様々な刃物や道具の載った棚がある。


「やめて!お願いだから、やめて!」

「大丈夫。いつもと同じだ、この部屋にいる間の痛みはほとんどない。」

「やめて!お願いだから、やめて!」


 男は部屋の大きな椅子に自分を縛り付けると手と足、それから首を固定し始めた。男はナイフを取り、私の両足とふくらはぎに切り込みを入れる。真っ赤な血がすぐに足を染めると今度は腹に切り込みを入れ始める。大した痛みを感じることはなく、何故か私の顔は悦びを訴える表情をつくる。今度は手のひらに切り込みをいれると綺麗に手に穴が開く。もう片方の手をその穴に突っ込まれ、それを見て2人で悦びを感じ合う。喉元や顔、身体中のあらゆる場所にナイフが入れられ、気がつくとベッドに横たわっていた。


 目が覚め、身体中を確かめるが何も起きていない。夢の中で夢を見るとは。そう思いながら喉が渇いてしょうがなかったのでキッチンで水を飲もうとするが口元にはマスクをしていた。マスクをしたまま寝ていたことを思い出し、マスクを外し、水を飲もうとするが少しも喉が潤わない。口元に手をやるとマスクをしていた。これが邪魔で水が飲めなかったのか。再びマスクをとって水を飲む。しかし少しも喉が潤わない。口元に手をやるとマスクをしていた。不思議に思い、マスクを外し、今度はすぐに口元に手をやる。そこにはマスクがあった。外しても外してもマスクは取れない。もう夢ではない、現実に戻ってきたはずだと慌て、ベッドに戻り携帯で助けを求める。文を入力しようとするが全く文章が書けない。携帯を投げ布団に入り夢が醒めるように願うが、もう夢は醒めているので何も起きない。外に気配を感じる。気配は次第に近づき、ベッドの横まで来る。男はナイフをつきつけてくる。ベッドから起き、部屋にあった椅子で何度も殴りつける。しかし男は倒れず、こちらに向かってくる。ナイフをかわし、ベランダから外に出て家の周りを走り回る。男が消えたことを確認し、私は部屋に戻る。食器をみると、夢の中で割れていたグラスは元の通りになっていた。玄関の外に出るとそこはいつも通りアパートの廊下が広がっている。すっかり安心して窓と玄関に鍵をかけ、携帯を探すが見当たらない。眠気もひどいので寝床に戻ると外で物音がする。何かがベランダの柵をよじ登り窓ガラスに張り付く音がする。大声を出すがマスクが邪魔で声が出ない。布団が身体にのしかかり、口の渇きは限界に近づく。窓ガラスに張り付いていたものが剥がれ、一瞬静かになると大きな影が部屋に入ってくる。影は私の両足を掴みベッドから引きずり降ろそうとしてくる。抵抗するがマスクが邪魔で声が出ない。


 その瞬間、目が醒めた。口元に手をやるとマスクをしていた。昨日から風邪を引いていた。熱に魘されていたのかと汗で濡れたマスクを外す。窓にはカーテンが閉められ、外は見えなくなっていた。再び口元に手を当てる。

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