裏夜景を見に行くべ。

@chourou

第1話

昭和から平成に時代が替わった頃、僕はあの街に住んでいた。28歳から31歳になるまで、そして転勤してから結婚するまでの3年間である。初めて駅に降り立った時、花火が上がった。まるで街全体が僕を歓迎してくれているようだった。昭和63年8月1日の夜の8時頃だった。その年の3月からそれまで海峡を渡るための連絡船に代わって27年の歳月をかけて完成した全長54km弱の海底トンネルを直接列車で通れるようになったのである。話を花火に戻すが、実は「港まつり」の開催初日だったのだ。この街は、地形のせいで風が強いため歴史上何度も大火に苦しんで来たが、特に昭和9年の火事は死者二千名、焼失家屋一万棟を越える甚大な被害をもたらした。災害復興を祈念して翌年からはじめられたのが、この「港まつり」である。

この街は、黒船来航後の1854年の日米和親条約によって開かれた二つの港のうちの一つであり、早くから外国文化が栄えた街である。それ以前にも淡路島出身の船頭、高田屋嘉兵衛が1798年にこの街はに店を開き、北方に漁場を開拓して手広く商売をして、その利益を街の発展に還元した。その後は特に、1905年の日露戦争終結以降の北洋漁業が盛んだった頃は、漁業基地として活気を帯びた。漁師が腹巻きに札束をねじ込んで夜の繁華街を肩で風を切って歩いた話を聞くこともあったが、遠い昔のことである。今は漁師も後継者不足が深刻で近隣の漁師の息子が親に買ってもらった車で爆音を轟かせて街中を走行する光景に変わってしまった。時々埠頭の先端から海に突っ込んだというニュースが流れた。主な埠頭は、西、中央、万代の三つの埠頭であるが、夜の10時過ぎに行ってみると無人の軽自動車が数台海に向いた状態で乗り捨てられている不思議な光景を目にする。実は、少し前まで車の中には二人連れの「お姉ちゃん」が乗っていて、そこに「あんちゃん」が乗った車がす~っと現れて右横に停車した。こちらも二人連れである。助手席の窓が下げられ、何やら話しかけると軽側の車内で相談している気配である。その後、運転席側の窓が下げられて二言三言の会話が終わると軽側の二人が、「あんちゃん」の後部座席に滑り込む。次の瞬間、車は急加速で発車する。その様子は、流石に漁師の動きである。丘釣りでの竿さばきも見事です。おそらく、近くの山にでも登るのだろう。この街の名前が付いた334mの山で展望台からは百万ドルの夜景を見ることができる。夜の10時以降は、一般車両規制をが解かれるのである。同様の光景は、近くの岬の駐車場でも起きる。ここの地名の語源は、この地の先住民族の言葉の「ピウシ」の訳で「岩上で魚を待ちヤスで獲る場所」という意味らしい。何となく解るような気がする。天気がいい日は下北半島を望むことが出来る。

出会いの場は、他にもあった。「ナンパ通り」と呼ばれていた通りである。JR駅前の「大門」と呼ばれる地区から「五稜郭」までの通りである。「大門」の由来は、昭和9年の大火で焼け落ちるまで、そこに遊郭の入口として巨大な門があったことによる。また、「五稜郭」は、1864年に七年もの歳月のかけて完成させた五角形の星形をした西洋式の城砦である。1869年に榎本武揚率いる率いる旧幕府軍と黒田清隆率いる新政府軍が戦った最後の舞台であり、今は公園として市民の憩いの場となっている。通りは、路面電車が走る道の一本裏道で夜の10時過ぎともなれば、人通りなどほとんどない。そんな寂しい通りを二人連れの「お姉ちゃん」が歩いている。とそこに二人の「あんちゃん」が乗った車が、す~っと横に並んで走るのである。車の助手席の窓が下げられ、中から話しかける。少々の会話のあと、そのまま走り去る場合もあるが、程なくして別の車が寄って来るから心配ない。「あんちゃん」の車のトランクには1m程のアンテナが付けられている。自動車電話かと思いきや、そうじゃない。携帯電話がなかった時代の秘密兵器、それはパーソナル無線である。関係機関に届け出すれば簡単に許可が下り、機材は八万円ぐらいだったと思う。特定のチャンネルを使って仲間内で情報交換が可能なのである。話しがまとまれば「お姉ちゃん」は、速やかに後部座席に飛び込む。行き先は、進行方向の先にある「東山」である。決め台詞は、「裏夜景を見に行くべ」である。「五稜郭」を通り過ぎ、産業道路を横切って東山霊園あたりで振り返ると対面に例の山の展望台の灯りが見え、視線を下に移すと夜景が広がっている。車内はいい雰囲気になり、このまま道を上がればネオン瞬くホテル地区である。当然最終目的地はそこにあり、若い男女がつかの間の愛を求め合う場所である。

一方、山頂の展望台から夜景を楽しんだ者たちも最終的には「裏夜景を見に行くべ」である。ここで、ちょっと気が利いた僕は、途中でハセガワストアに寄って「やきとり弁当」を購入するだろう。のり弁の上に串に刺さった「やきとり」が乗っている。でも、この「やきとり」は、鶏肉ではなく豚のばら肉なのである。これが、この街の常識であり味もタレと塩があるが、塩を選ぶのが大人である。

ロマンチックで刺激的な熱い時間を過ごした「あんちゃん」達は、早朝の漁に間に合うように地元に帰って行くのである。頭の下がる思いである。

ああ、あの時代の「HAKODATE」に戻りたいなあ。

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