夜は自由にswimする

@eyes

第1話

僕が四半世紀ぶりに沖縄に行くきっかけになったのは、あるLLCの航空会社の格安チケットだった。

10月の沖縄行きが往復5千円。

ちょっと高価な一晩の飲み代分!

11月13日に福岡マラソンの出場を控えているから、直前の下旬はやめて上旬にしよう。

そう思って冷やかしに検索していたら、5日に行って12日に帰ってくるようにすれば本当に5千円で往復できることがわかった。

8日間か。ちょっと長過ぎる気もしたが、まあ、それもいいだろう。

ポチッとしていた。

そんな行き当たりばったりで決まった旅だった。


しかし、出発の日が近づくにつれて現実がやってきた。給料日前なのだ。

所持金はちょっとしたホテルの一泊分の料金くらい。それで8日間をやりくりしなければならない。

あらま!

どうしよう?

まあ、行かないという決断もありだ。

一晩の飲み代分、一晩の飲み代分。


そんな僕の迷いを知ってか知らずか出発の5日には福岡を台風が直撃するかもしれないという予報が流れてきた。実際3日4日の沖縄行きは欠航していた。家を出る直前までホームページを覗く。

何も知らせがないので、収まりかけている暴風雨の中空港へ向かった。

そして、飛行機は……飛んだ。

午後には那覇空港にいた。


白い雲を見ながら機内で決めたことがある。

移動費、食費、宿泊費を節約する。つまりは、ほぼ10キロあるリュックを背負って歩き、高価な名物は食べず、野宿もするということだ。

ガイドブックには10月の沖縄はあったかいとあった。マラソンのトレーニングもかねて走るというのもいい。

OK、やれそうだ。いや、やるしかないのだよ、ワトソンくん。なにしろ飛行機に乗ってしまったのだから。


那覇空港に降り立ったときから、その決定事項を実行する。ゆいレールに乗ることもなく、僕は国際通りまで歩いた。

ひょんなことから北を目指すことになったが、どこという目的地もなく僕は国際通りを通り過ぎる。そもそも、この旅であらかじめ決まっていることは一つしかないのだ。12日の午前8時20分の便で帰る、ただそれだけ。


初日の夜は宜野湾市の野球場のスタンドで仮眠をとっただけで、夜通し歩き嘉手納町で朝日を見た。


そこから沖縄市を抜けて、勝連城跡を見て浜比嘉島へと夕方6時たどり着いた。

島の公園で寝るつもりだったが、蚊が沢山いるのと釣り人が近くにいたので、ここで寝るのは断念する。

島まで伸びる海中道路が始まるうるま市の公園が野宿になかなか良さそうだったので、海中道路をを戻ることにする。

海中道路はうるま市から平安座島まで海を突っ切る道路だが、その上で何人ものランナーとウォーキングする人とすれ違った。自分のことを棚に上げて言うようだが、こんなに道路しかないところを往復するってのはなかなか出来るものではない。そのストイックさに感心してしまう。

しかし、沖縄というところは、本当に歩く人を見かけない。見かけるのはランナーかウォーキングの人で、移動として歩く人をほとんど見ない。それは僕にスピルバーグの「激突!」を思いおこさせる。そう、車は見えてもドライバーの顔は見えないというあの映画だ。

そのせいか舗道の街路樹の草が野性的なまでに延び放題で、所によっては歩けずに車道を歩かざるをえないくらいだ。公園の草刈りの光景は何度も見かけたのに、ついぞ街路樹の整備は見かけなかった。あるいは街路樹草刈りのシーズンオフだったのかもしれないけれど。

そしてその夜歩いたうるま市には全く街灯がなかった。そのサディスティックなまでの暗闇の中を歩いていると、自分が深海魚になっておよいでいる気がしてくる。

突然現れるコンビニの明かりは、異次元からやってきたオアシスだ。

でも、その暗闇とその人気のなさのおかげで、僕は休息をとれたといっていい。

お目当ての公園で眠れなかった僕は、歩くのに疲れると(倦むとも言う)、舗道の端っこにそそくさと寄って、リュックを枕代わりにして横になる。もう二日間風呂に入ってなかったし、昼間の気温は30度もあって汗をかきまくっていたから、服が汚れることなんて気にならない。

真っ暗なだけに、横になると頭上に広がる星がくっきり見えた。

「ああ、キレイだな」と思った次の瞬間には意識がなくなる。30分くらいすると身体が痛くなって目が覚める。天然の目覚まし時計だ。

そんな仮眠を繰り返して、僕は沖縄市に入り、沖縄市総合運動公園の中で二時間ほど眠って夜明けを迎えることになる。

……

こうやってほんの少しだけでも思い出ただけでもけっこう大変だったな、と思う。特に9月に左脚の筋を痛めていたから、時折普通に歩くことすら辛かった時があっただけに。

しかしそんなことがあっても楽しかった。いや、単に楽しかったのではなく、断然タノしかった。

またやれるものならやってみたい(今度はもっと金銭的な余裕をもって行きたいけれど)。

だけど、その楽しさは沖縄だからこそ出来たように思える。

普段なら無茶だと避けてしまうようなことを、ふんわりと受け止めてくれるような雰囲気が沖縄にはあるのだ。

それはきっとリゾート地として見ているだけではわからない魅力なのだ。

論より証拠、若い時に典型的な観光客として来た僕が全く気づかなかったのだから。

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