道の真ん中に長ネギが落ちていた。
逢神天景
道の真ん中に長ネギが落ちていた。
道の真ん中に、長ネギが落ちていた。
なんでかは、知らない。だが、まあそんなこともあるんだろうと思って、俺はそれをスルーして、普通に通り過ぎた。
季節は、冬。この前雪も降り、暖房なしじゃいられないような気温になっている。
うちには炬燵は無く、ホットカーペットなので、一点に拘束されるということは無いが、ホットカーペットの範囲から出るのには、やはり多大な労力を使う。やはり、寒さは人からやる気を奪う。
「ん?」
そんな益体も無いことを考えていたら、また目の前に長ネギが落ちていた。
日に二度も、地面に長ネギが落ちている状況なんて、そうそう見ないだろうが……けどまあ、この通り道を進むと、スーパーがある。その帰り道に誰かが落としたんだとしたら、辻褄が合わないことも無い。無理やりだが。
なんにせよ。長ネギが落ちていた。
俺は、今度は拾って、道の端に避けておく。この通りは、車は少ないけど自転車は通る。地面に落ちた長ネギを料理に使いたいと思う人は少ないだろうが、それでも自転車に踏まれた長ネギよりはいいかもしれない。
落とした人が戻ってくるとも限らないけど。
「長ネギが落ちている状況に出くわすことなんて、そうそうないけどな」
けどまあ、落ちているんだから仕方がない。
さらに、テクテクと歩く。長ネギを何度も見たからか、今夜は長ネギが食べたくなってきた。
そうだ、今夜は鍋にしよう。1人じゃ寂しいから、友達でも呼んで。
長ネギと、白菜と、肉は何がいいかな。寒いから、キムチ鍋でもいいかもしれない。けど、辛い物が苦手なやつもいたな。だから、アイツが来るんなら別の鍋にした方がいいだろう。
何人くらい呼ぼうか。うちのワンルームじゃ、そんなに数は呼べない。せいぜい5人くらいだ。それでもすし詰めになってしまうけれど。
酒もいるな。俺はそんなに呑める方じゃないが、やはり友達同士で集まれば、酒が飲みたくなる。酒でも飲んで、今日のこの「二度長ネギ事件」でも話してやれば、案外盛り上がるかもしれない。
時刻は、午後五時ごろ。そろそろ俺以外のやつらも講義は終わっているだろう。グループに今のうちにくる奴を決めておいた方がいいかもしれない。
そう思ってスマホを開くと、生憎の充電切れ。ギリギリだと思っていたが、持ちこたえられず電源が切れてしまっていたらしい。
「……あー、講義中にゲームしまくっていたのがよくなかったか」
講義中にゲームをすると、異常なほど充電が無くなる。買い物に行くだけだから、と思って携帯バッテリーも持っていない。まあいい。だったら、人数分買って、個人で呼べばいいだろう。さすがに、全員に断られるなんてことは無いだろうから、多めに買っておいてもいいかもしれない。
スマホをポケットにしまって、ふと前を見ると、長ネギが落ちていた。
「またか」
もう三度目だから、驚かない。二度あることは三度あると言うが、長ネギが二度も落ちていることが珍しいのに、三度も落ちているなんて、今日はなんて長ネギデーだ。
ただ、今度は道の真ん中じゃなくて道端に落ちている。これなら避ける必要もないだろうと考えて、俺はそのまま通り過ぎる。
これはもう、今すぐTwitterにでも書きたいレベルの出来事だ。ネタと思われるだろうが、それでも面白い出来事であることに変わりはない。まるで、世にも奇妙な物語だな、いろんな意味で。
苦笑しつつ、さらに道を進む。道に長ネギが落ちているんじゃなくて、女の子とかが落ちていたら楽しいのにな。
ライトノベルよろしく、道端に女の子が落ちている、もしくは空から女の子が降ってくる。そんな状況だったら、二度三度起きても俺は楽しいんだが。
ぐぅ、とお腹が鳴った。そういえば、昼飯を食べてから結構経っている。これは、何かお菓子でも買ってから鍋の準備をする方がいいかもしれない。
お菓子といえば、この前のお菓子王決定戦みたいな番組で、一位をとっていたのは食べだしたらキリンがないやつだった。あの番組を見ていたせで、久々にアレが食いたい。アレも買おうか。
そうやって考えて歩いていると、長ネギが落ちていた。
「…………?」
さすがに、奇妙になって俺はその長ネギを見る。
誰かの悪戯だろうか。四度も長ネギが落ちているなんて、普通はあり得ないだろう。いや、三度長ネギが落ちている時点ですでにありえないことなんだが。
不気味になってきたので、俺は長ネギを掴んで――人の家の中に投げ込むのは気が引けたので、道端に立てかけておく。
タバコを吸うようのライターを持っているので、なんなら燃やしてしまおうかとも考えたが、さすがにそれは近所迷惑になりそうだ。
少し怖くなってきたので、俺は早足でスーパーに向かうことにする。そして、さっさと買って、帰ってしまおう。そして鍋パーティーをするんだ。大人数で騒げば、怖くも無くなるだろう。
そして早歩きでスーパーへ向かっていると……また、目の前に長ネギが落ちていた。
「なんなんだよ!」
五度目、こんなの、絶対にありえない。
誰かの悪戯に違いない。その長ネギを見ると、さっき俺がしたように立てかけられている。こんなの、さっきの俺の行動を見ていないとできないことだ。
「くそっ!」
誰が見てやがるんだ――そう思って辺りを見回すと、誰もいない。
そこまで来て、はたと気づく。
この通りは、確かに車はあまり通らない。
だけど、自転車は通るし、そもそも人通りがまったくないわけじゃない。
ゾッとして、さらに周りを見る。けれど、誰もいない。
「どうなってやがる!」
もうさっさと帰ってしまおう。俺はダッシュでスーパーへ向かおうと、走りだす。長ネギから逃げるように。
ダダダダ! と走ると、目の前に長ネギが落ちていた。
「なんでだよ!」
なんなんだ、この長ネギは。
俺はその長ネギを持つと、スーパーの方向に向かって投げる。もう、鍋なんて知るか。近くのコンビニで酒を買い込んで、そのまま部屋で飲みまくって寝てしまおう。
そう思って、来た道を引き返す。全力疾走で。
全力で走ると、やはり目の前に長ネギが落ちている。
もうこんな長ネギに惑わされてたまるか。
俺は長ネギを蹴飛ばし、さらに走る。
六度、長ネギを見た。つまり、六度長ネギを蹴散らせば、俺は家に帰れるはずだ。
さらに、走る。走って走って、走って、二度、三度、四度、五度長ネギを蹴散らす。
「あと一本だ……!」
最後の一つ、最後の長ネギを俺は踏みつけ、走る。
――一本目の長ネギがあったのは、家から出て数メートルのところだった。もうすぐ家が見えてくる。
誰が長ネギで悪戯していたのか知らないが――もう、家にさえ帰ってしまえば、何も手出しは出来ないだろう。
そして、目の前に長ネギが落ちている。
「なんなんだ、なんなんだよ!」
俺が数え間違えたか? 数を間違えたか? 本当は七本だったか? いや、そもそも蹴散らした長ネギが五本だったか?
しかし、その長ネギは……なぜか、踏みつけられた跡がある。
この足跡は、俺の靴だ。
「は……?」
がたがたと身体が震えだす。
もうわけが分からずに、その場にへたり込む。
「なんなんだ、なんなんだその長ネギはぁ!」
人生でもそうそう言わないであろうセリフを叫び、俺はその長ネギを何度も踏みつぶす。何度も踏みつぶし、今度はライターで火をつける。もう、近所迷惑なんて知ったことか。冬場で乾燥しているからか、よく燃える。
そして燃え残った燃えカスを、ゲシゲシと何度も踏みつけ、はぁはぁと肩で息をしながら、よろよろと家に向かって歩きだす。
「なんだ、なんなんだ、これは……」
そして目の前に現れる、長ネギ。
「なんなんだよ! 誰だよ! どうなってんだよ!」
知るか、知るか、知ったことか!
「もう、夢なら醒めてくれよ……!」
そう呟いて、立ちすくむ。
気が遠くなり、倒れこみそうになったところで――ハッ、と自宅の椅子の上で気が付いた。
「あ、あれ……?」
時刻は、午後4時40分。
どうやら、講義の疲れでうたた寝してしまっていたようだ。
「……なんか、不気味な夢だった気がするな」
伸びをすると、肩と腰がぽきぽきと言う。どうやら割と長時間眠ってしまっていたらしい。
少し腹が減ったな、と思い冷蔵庫を見てみると、生憎なことに空っぽだ。
コンビニで食べられるものでも買ってこようかとも思ったが、どうせすぐに夕飯の時間になる。少し遠いがスーパーまで行って、食材を買ってこよう。
俺は財布と、スマホをポケットにねじ込み、家を出る。
そういえば、スマホの電源がギリギリだったような気がするが……まあ、どうせ買い物に行くだけだ、別にスマホが無くても困るまい。
「ふぅ……もう寒いな」
白い息が、空に溶けていく。晴れ渡る空だからいいが、これで雨でも降られるとたまったものじゃない。
さて、今夜は何を食べようか――そう思って歩きだすと、
道の真ん中に、長ネギが落ちていた。
道の真ん中に長ネギが落ちていた。 逢神天景 @wanpanman
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