3話
赤い箱を家に迎えてからというもの、畑仕事を終えたらすぐに家に帰り、わたしはそれを修理する作業をするようになった。クリームで錆びを拭き取り、腐敗している箱の天井部分を取り替えたり、ニスを塗ったり、作業は一週間と三日ぐらいかかった。
完全に修復された赤い箱を眺めていたら、暖かく、輝いていた、懐かしい日々のことが脳裏に再生されてきた。
あの頃のわたしの世界には、あの人と僕しかいなかった。否、あの人と一緒にいる時間だけが僕の世界だった。その世界から外に出ると、僕は「わたし」になった。「わたし」は僕が行きたくない場所へと僕を運ぶ器、牢獄になり、僕を苦しめた。そんな「わたし」から僕を解放してくれるのが、あの人の弾くピアノだった。
そのピアノを自ら壊し、あの人の元を飛び出し「わたし」として呼吸を始めてから、五年という時間が経った。わたしは「僕」へと戻りたい願望を未だに捨てきれないまま過ごしている。しかし、その戻り方はわたしにはわからない。
匣の外へ 中山准次 @ToshikuzZ
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