第13話『さび色をした新天地』
その時からの5日間は一瞬のように過ぎていった。最前線で見た戦場の話、暴れる大型兵器から命からがら逃げ伸びた話、失った仲間への懺悔の言葉。そして体当たり攻撃で十数万の市民の命を救った隊長の話。彼が見てきた惨状は十分すぎるほどにワシに伝わった。最後に印象に残っているのは「自分は本当に表彰されるべき人間ではないと思っている。私よりも帰って来る事の無かった盟友たちの方がよほど素晴らしいのだ」と悔しそうに話した速水大尉…いや、速水の顔だ。右手を目頭に当てて子供のように大粒の涙をぼたぼたと流し、シーツと肌着をびっしょりと濡らしていた姿は今でもついさっきあったかのようにさえ感じられる。きっとそこに私がいなければあの涙は誰にも知られることが無かっただろう、本人も後々「恥ずかしいところをお見せした」と謝るくらいには気にしていたらしいが…な。
退院直前になって速水はワシに嬉々として報告した。
「サンディーさん、私これからどうしようか決まったんです。あなたが教えてくれたブローカーのお陰で十分な資金も確保できました。」
「そうか、しかしまぁあんなことして本当によかったんか?ワシは何か面倒ごとに巻き込まれるのは御免じゃからの。」
「機体を私の退職金代わりに払い下げする事自体は許可を得ました。その代りに搭載していた各システムや核融合炉系統の推進機関は全て取り払ってから渡すと。」
「しかしまぁ…どうやってそないな無理難題を了承させたんじゃ?何を言おうとあれは最新鋭機なんじゃろ?」
「ええ、そうです。ですが戦友の形見として地球に帰って飾るのだと言ったらしぶしぶ許可が出たんです。正式でない記録とはいえ、あれだけ嫌っていた英雄の称号のお陰でなんとかうまく運びました。」
「…まぁええ、あんたがどうしようがワシの知った事では無いしなぁ。でもこれだけは何度でも言う。アンタの売り払った機体はどこへ行くかわからん。それが闇ブローカーを利用するという事の代償や。これがバレれば正規の職に就くこともままならないどころか、処罰を受けるのも確実だ。それでも新しい自分を目指して生きるのならそれ相応の結果はついてくるだろうて。」
「覚悟は既に決めました。あとはこの火星で私なりに生き抜くだけです。」
「…と言うと?」
「コレクターをしようかと。」
「ほぉ?わざわざ死地に飛び込むって訳か。」
「はい。」
「戦場で破壊された兵器から再利用可能な部品を調達するのがコレクターの仕事、知識はワシが教えるとしてもアンタを誰も守りはしないぞ?その仕事…いや、仕事だと言っても良いのかすらわからんが…。とにかくそれは両軍から目の敵にされる上に間違いなく見つかり次第攻撃される。結局コレクターがいくら死のうがそいつらは犯罪者と同じだ。戦死者リストに数えられることもなく荒野で果てる。それでもいいのか?」
「私はそう簡単にくたばりませんよ。なんせ幸運なパイロットですから」
速水はそう自嘲気味に笑ってワシの工場を後にした。そこからまた幾日か経って都市開発担当と名乗る男が訪ねてきた。ぱりっとしたいで立ちは正に行政人という雰囲気にぴたりと合い、差し出す名刺には木戸直弥と書かれていた。
「で、ですね。このたびお伺いしたのは他でもありません。この工場の土地をこちで買い取らせてはいただけないかと思いまして。」
「買い取り?なんでまたそんな事が?」
「先の戦闘で大きな損害を被ったのは市民であるあなたであれば当然周知の事実でしょう。現に殆どの都市が攻撃によって破壊されています。」
「…それが買取と何の関係があるんじゃ?」
「サンディーさん、話は最後まで聞いて下さい。我々は攻撃を行ったそれを【DANT】と呼称する事になりました。現在被害を免れた2都市と連携を行っている最中ではありますが…あまり状況は良くありません。」
「その…ダントっちゅーのと3都市だけでやりあうのか?」
「ご安心ください、我々には国連政府からのバックアップがあります。地球産の技術や特異資源などが最優先でアスクレウス港に輸送されるでしょうから。いわばこれは地球と火星の戦争です。ここで我々が敗北すれば地球と火星はまったく別の2勢力が持つことになる。そうなればさらに長期かつ宇宙空間での無限の戦域拡大が待っているでしょう。」
「あぁ、なんとなく察したわい。戦争と土地とくれば…ここにも何か軍事関連施設を建てるとかそういう話じゃろうて?」
「その通りです。ここには新しく統合整備場が建設予定です。戦況はどれだけ長引くかわかりません。政府はここを軍事都市として再編成するように命じました。追加で防御隔壁を設置し、さらなる兵器増産体制を整えろと」
「じゃが…整備ならワシでも出来る。長年ここでその関連の仕事を請け負ってきたんじゃ。その為にこの場所を開けろとは…」
「残念ですがそれはできません。あなた方の技術と設備ではもはや最新機体の修理にはついていけません。何よりあまりに狭く非効率的だ。」
「なんじゃと!?」
気づいた時にはすでにそいつの襟を掴み、首を持ち上げているところじゃった。だがそうやってワシが大きな行動に出ようとも、ただただ見下したような目でこちらを眺めては「では、明日までに出ていく準備をお願いいたします。」と顔色一つ変えずに言い切りおった。これが慣れなのか、それともそういう人間だったのかまでは分からない。ただその翌日にまた来てみると全ての貨物が運び出された後の工場だけがそこにあった。もしよろしければとあの男はまた別の場所の地図をワシに渡した。「これが代わりに用意された工場だ。」そう告げられてその場所へ行ってみると、あったのは工場…いや、建物とすら呼べるかどうかもわからない廃墟のような場所。壁はほとんどが破壊され、落書きで埋め尽くされていた。錆びついた支柱は今にも折れそうで、肝心の車庫までもふきっさらしというひどい有様に仰天した。
「ここが新しいワシの家か…。」
そう呟いた声はすっとかき消されてどこかへと消えていった。誰に宛てた分けでもない小さな言葉、ただこの場所が郊外よりもさらにその末端に位置していたことがワシの運命を大きくこじらせた。そうこうしていると「どうも。」と後ろから声をかけてきたのは紛れもないあの男だった。
=The Wings on Mars= ネロヴィア (Nero Bianco) @yasou
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